第20話
「あのね、シャーリー、僕、君に謝りたいんだ。あのパーティーのこと」
コーネリアが笑いつかれてぐったりとしたころ、アンリはやっと言いたかったことを切り出した。
「へっ、もうコーネリアとは仲直りしたんだろ、あたいに謝ることなんかないずら」
「でも、僕、あんなこと」
「いいいい、久しぶりに会った幼友達に興奮しただけだっぺ、もういいずらよ」
そんなことはない、自分は本気で結婚したいのだ。その気持ちは今でも変わっていない。
そう言いたいアンリであったが、その自分の性急さがあのような事態を生んでしまったのだ。姉上にもコーネリア嬢にもシャルロッテはまだ恋というものがなんなのかわかっていないのだから徐々に距離を詰めていって意識してもらえるように頑張れと言われている。
「あぁ、でもね、僕が拙速すぎて君にあんなことを言ってしまったせいで、心ない人々から君を悪女令嬢呼ばわりされてしまった。本当に申し訳ないよ」
「いいっていいって、気にしてねぇずら」
あぁ、シャーリーはなんて心が広いのだろう。
アンリはシャーリーに惚れ直す、こうして会っている間にも一分いや一秒ごとに思いは募り、毎秒ごとに惚れ直してはいるのだが。
「それでね、僕、再会をやり直したいんだ。また君とずっとずっと一緒にいられるようになりたい、そうなれるようにお友達からやり直させてくれないか」
「何を言う、あのときは気づいてやれずにあんな反応しちまったが、アンはずっとずっと以前から変わらずあたいの大切な友達だよ、うん、コーネリアもな、三人でずっとずーっと仲良く一緒にいっぺ」
【違う、そうじゃないんだ。僕は君ともっとずっと、深く、あーでもこれを言ったらまたびっくりさせてしまうもんな】
「あー、でもよかった。あたい、アンとコーネリアが二人だけで仲良くなっちまって今度はちゃんと婚約したらあたいのことなんかいらなくなっちまって遊んでくれなくなって仲間外れになっちまうんじゃないかと心配してたんだ。どっちもあたいのお友達なのにさ」
【そ、それはやきもち、ジェラシーってやつじゃないですかーシャーリーさーん】
けらけらと笑い飛ばすシャーリーを前にアンリの胸は高鳴り、ばくんばくんと心臓が破裂しそうに苦しくなる。
「あははー、それってやきもちじゃないのー、ねぇ、どっちー、どっちにやきもちやいたのー」
【っコーネリア嬢余計なことを!】
そう思いつつも、アンリの胸はさらに高鳴り息が苦しくなってくる。
【どうか、僕、僕の方に、僕と遊びたいって言ってー】
そう願わずにいられなかったのだ。
「へっ、二人ともだっぺよ。当たり前ずら」
【はい、予想していました。それは重々承知していましたけどね】
少々がっかりした。しかし今はそれでいい、これでいいのだ。
あの色気より食い気、結婚どころか恋についても全く眼中になかったシャーリーが、自分とコーネリアにやきもちをやいてくれたのだ。これはいい兆しだ。
こうやって、こうやって、一歩ずつ、じりじりと距離を縮めてゆく。
そしてゆくゆくは帆船に乗って七つの海を渡る大航海のハネムーンへと船出するのだ。
新たなる決意を胸に秘めるアンリであったが、友達から始めましょう大作戦のほかにも今日は大事な目的があった。
来月、八月の一日はアンリの十七歳の誕生日で、その日は王宮でパーティーが開かれる。
そこにパートナーとして一緒に参加してほしいと頼むのだ。
友達としてでもいい、パートナーとして一緒にいてくれるなら。
アンリはテーブルの下のこぶしをぎゅっとにぎりしめて、えいっと勇気を振り絞った。
「しゃ、しゃーりーお願いひますっ!僕の十七の誕生日パーティーにパートナーとして一緒に参加してくださいっ!」
「いいずらよ、友達だっぺ」
「えっ、本当に!」
【こんなあっさりと了承してもらえるとは、これは船出もそう遠くない日でもないかもしれないぞ。】
「コーネリアも一緒にな」
「えっ!?」
「三人でパートナーとしてパーティーに参加してはいけない決まりでもあるんかい?」
「い、いや、そんなことは」
「じゃあいいっぺ」
「えっ、でも、コーネリア嬢がなんていうか」
「あら、わたくしは構わなくってよ、わたくしたち三人がそろって登場したらみんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔をするのではないかしら、見ものよね、想像すると可笑しくってたまらないわ、ふふっ、うふふふっ」
コーネリアは実に楽しそうに、にまにまとしている。
醜聞ですら楽しむ余裕、様々な経験を経てコーネリアはすっかり鋼のハートを身に着けてしまったようだ。いや、元々だったのかもしれないが。
かくして、運命の八月一日、右にコーネリア・グィネヴィア・スノーブ嬢、左にシャルロッテ・セラ・ワープリン嬢という元婚約内定者とされそれを破棄した女性、そしてそのすぐ後にプロポーズして拒否された女性という不思議な組み合わせの二人の女性をエスコートして現れたアンリ王子は、王都中の話題をさらった。
三人とも実に楽しそうに笑顔で歩いていて、女性に決して恨まれない稀代のプレイボーイ、そう称されることになるアンリ王子の誕生日を祝って、その日は王都中で祝いの菓子が配られた。本島だけでなくあのウイリアム近衛隊長が守った北方の島でも、そして本島と海をはさんだ西の大陸の国境付近でも。
菓子は国民でも旅行者でも平等に配られたため、西の大陸の国境付近では国境の向こうの子供たちも押し寄せて、すぐになくなってしまった。
「えーっ、もう無くなっちゃったのー」
今か、今かと自分の番を待っていた子供たちは、がっかりして唇を尖らせる。
「うーん、わりぃなぁ、あんな上等なケーキや焼き菓子じゃねぇけど、ほら、俺の弁当なら分けてやれるぞ」
「うわーパンケーキだぁ」
国境警備団の差し出したライ麦のパンケーキに、子供たちは我も我もと飛びついてくる。
こちらもすぐに売り切れてしまい、追加の菓子が国境の向こう側でも配られることとなった。
ライ麦のパンケーキ、これが共和国と王国、双方を揺るがす大事件、そして革命の火種となることを今はまだ誰も知らない。
パンケーキ、そして、ビスケットを美味しそうにほおばる子供たち、海の向こうで楽しく輪になって踊っているあの三人も。
麦角菌に汚染されたライ麦、ずっと先の未来に合成麻薬のLSDとして世界にはびこる毒性の強い麦角アルカロイドによる中毒。
西の大陸中を襲うこの麦の病気が、ひたひとたとすぐそばまで近づいて来ていた。
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