第19話

 コーネリア主催のティーパーティーの会場は、離宮のすぐそばにあるアパートメントの一室だった。

 田舎の農園から川べりへ行くよりも近く歩いてもすぐではあったが、コーネリアの手配により離宮の裏門には馬車が迎えに来ていた。

「外出許可をとってはいるそうだけれど、また誰かに見られてシャルロッテ・セラ・ワープリンがふらふらふらふら徘徊していたなんて噂の的になったら嫌でしょ」

 そうはいっても歩いても十分もかからない距離をわざわざ馬車に乗るなんて、シャルロッテには不思議でならなかった。

「王都に来てからあのパーティーで一回外出しただけで、後は離宮にこもりっきりだったからこの辺りの並木道をコーネリアと並んで歩いてみたかったなぁ」

「もうっ、こうして一緒に馬車に乗っていても景色は見えるでしょ!それにまたあの悪夢のパーティーのこというのー」

「あー、ごめんなさいでも」

 アンと仲直りしたんだから、もういいでしょう。そう言いかけてシャルロッテは言葉を飲み込む。

 ブリッター女史とは約束したが、やっぱりこうして本人を目の前にするとはっきりとさせてしまうのが少し怖い気もしたのだ。

 離宮の廊下で何を話していたのかは知らないが、二人で過ごした大切な時間を自分が何故か知っているということを明かすのもどこか気まずいような気もする。

 こつん、こつん、こつん、言えない、言えない、飲み込んだ言葉たちが小石になってお腹の中にどんどんたまっていくような気がする。

 どうして自分はこんなに意気地なしになってしまったんだろう。

 いつだって、何だって、言いたいことは全部全部口から勝手に飛び出して言ったのに。

 重い、重い、飲み込んだ言葉はずしりと重い。

「はぁっ」

 思わずついてしまったため息にコーネリアがすぐさま反応する。

「ちょっとーそんなに歩きたかったのー?それなら今から歩く?もうアパートメント見えてるけど」

「う、ううん、気にしないで」

「もー元気がないわね、シャルロッテらしくもない、まぁティーパーティーが始まったらため息なんてついている暇は一度たりともないわよ!サプライズを用意しているのだから」

「えっ、えっ、何?何なの?」

「それを教えてしまったら、サプライズじゃなくなるじゃないの」

「えーっ、えーっ、何なのかしら?ひょっとしてとんでもない御馳走がまっているとか?」

「もぅっ、元気になったのはいいけど、結局食べ物のことなの?あなたって本当に食いしん坊よねぇ」

「コーネリアだって食べること好きでしょう?いつもビスケットを美味しい美味しいって何枚も食べているじゃないの」

「うぅっ、そりゃ好きよ。好きだけどあんなに食べるのはシャルロッテのところに行ったときだけよ」

「えーどうして」

「だって、太りたくないもの」

「ええっ、そんなにほっそりとしているのに、背も高くてすらっとしていてすっごくスタイルがいいじゃない」

「そうよ、そのよいスタイルを維持するために、普段は節制しているのよ。でもシャルロッテがむしゃむしゃ食べているのを見ると我慢できなくなるのよ、あなたって大口開けてとっても美味しそうに食べるのだもの」

「うん、だって王都のお菓子って本当に本当に美味しいんだもの」

「はいはい、それはよかったわね、あっ、ついたわ」

 レンガ造りのアパートメント、その二階がティーパーティーの会場だ。

「ねぇ、コーネリア、この場所どうしたの?今日のためにわざわざ借りたの?」

「そうよ、お兄様の勉強部屋でね。鍵を借りたの」

「へぇ、わざわざ勉強のために、部屋まで、コーネリアのお兄様って勉強家なのね」

「はぁ、そうね、何の勉強なんだかね」

 コーネリアの苦笑交じりのその言葉を、シャルロッテはきっと何が何だかわからないようなとんでもなく難しい勉強をしているんだろうなと思った。

 そして、がらんとしていて机とベッドしかなかったこの部屋にコーネリアが運び込んだダイニングテーブルの上に、今日のティーパーティーの主役たちが並んでいる。

 王都の令嬢たちに人気のきゅうりサンド、そして桶で冷やされたごろんと不格好なきゅうりにトマト、この形には見覚えがある。

「これ、田舎の農園で家族用に作っていた野菜と似てる」

「そうよ、シャルロッテの田舎の農園の野菜だもの」

「えっ、わざわざ取り寄せてくれたの?ひょっとしてこれがサプライズ?」

「いいえ、サプライズはこの野菜を買いに行ってくれた人のことよ、ほら、もう出てらっしゃい。夢にまで見た愛しの愛しのシャーリーよ」

 コーネリアが呼びかけると、奥の小部屋からおずおずと出てきた人影があった。

 縮こまった首の上にふわふわの黄金色の綿毛。

「アン!」

 シャルロッテはそれをめがけて駆け出し、丸まって自分と同じ高さになっているその頭に思わず飛びついた。

「アン、アン、アン、会いたかった。ずっと会いたかったんだよーなして会いに来てくれなかったんだーあたい昨日も今朝も、お日様が昇ったらすぐに外を覗いていたずらよー」

 縮こまって丸めた背中が窮屈で、頭にしがみつかれて息が苦しくて、それでもアンリは今まで感じたこともないくらいの幸せの絶頂にいた。

「僕も。僕もずっと会いたかった。昨日もおとといも本当は行きたかったんだ。でも爺やと野菜を買いに行ったら途中で馬車の車輪が故障しちゃって、やっと帰ってこれたのが今日だったんだよ、うぅ、でもうれしいうれじいよぉー」

「あたいもだよー」

 ぽた、ぽた、ぽた、頭の上に垂れるシャーリーの暖かなしずく、そして自分の両目からあふれ出るもの、アンリの頭は上も下も大洪水だ。

「はい、はい、感動の再開はそこまでっ!折角冷やしてあるきゅうりやトマトがあなた方の湯気でぬるくなっちゃうわ、さ、食べましょ」

 手をパンパンと叩くコーネリアは呆れ口調で、けれどその声は楽し気に弾むような音色を奏でる。

「はびー」

「ありがどぉー」

 涙の塩味交じりで食べたきゅうりサンドと丸のままのトマトときゅうり、それは王都で食べたものの中で一番おいしくて、懐かしい田舎の味で、でもそれだけではないどこか特別な味をシャルロッテに、そしてアンリとコーネリアの舌と心にもたらしてくれた。

 三人がそろった。

 その時、はたとシャルロッテはあのことを思い出した。

 馬車の中で聞きたくても聞けなかったあの話だ。

「あのね、二人に聞きたいごとがあるんだけど」

「えっ、何?」

【あっ声がそろった。やっぱり仲好しなんだな……】

「あの、この前コーネリアが離宮に来た時、二人で楽しくしゃべってたんだろ?仲なおりしたんだよな、それで二人はまた婚約をするっぺ?」

 ほんの少し前まであんなに聞くのを躊躇していた問題をズバリと二人に突きつける。

 これでこそ、いつものシャルロッテなのだ。

「えっ、えっ、なんでそんなこと!」

 アンリは慌てふためいて椅子から転げ落ちそうになっている。

「えぇ、ご覧の通り仲直りはしているわ、婚約―うーん、どうかしらね」

 コーネリアは、ふふっと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょっと!変なこと言わないでよ。違います!違います!僕はコーネリア嬢にどうやって君と、シャーリーとすぐに仲良くなれたのか聞いていただけ!」

「えっ、アンともすぐに友達になったっぺ」

「そうだけどー、もう、誤解しないでよー」

 慌てるアンリとぽかんとするシャルロッテ、やっぱりこの二人はかみ合わない。けれど、その様子が可笑しくて微笑ましくて、コーネリアは初めて腹を抱えて笑い転げるという経験をしたのだった。


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