第15話
「ねぇ、わたくしがあなたの恋路のお手伝いをして差し上げてもよくってよ」
コーネリア嬢の口からは、思わずそんな言葉が飛び出していた。
しまった!と思ったが後の祭り「えっ!よろしいのですか!それは、それは、素晴らしいお申し出です。有難くお受けさせていただきますっ!」すっかりその気になってしまったアンリ王子はその思い付きにすぐに飛びつき「わぁ、うれしい、これで百人力だ!」などと、もう意中の人シャーロッテのハートを射止めたかのようなはしゃぎっぷりだ。
「あ、あぁ、そうですわね、百人力、いえっ、そんなものではありませんわ!わたくしを誰だと思いコーネリア・グィネヴィア・スノーブですのよ!」
乗り掛かった舟、そう、この挑戦は今までコーネリアが乗り越えてきた数々の挑戦よりも難しいものになるかもしれない。
何しろ、相手があのシャーロッテ・セラ・ワープリンなのだから。
こいのこの字も知らない、色気より食い気、あの混迷極まる婚約披露内定おひろめパーティー会場で耳目を集めていた自分とアンリ王子のことなどまったく気にも留めず、目の前のオレンジエードのことだけ考えていたというのだから。
「あー、あのオレンジエードは今まで飲んだどんな飲み物よりもおいしく感じたっぺー」
などと言われたときは、もう呆れ笑いすらできない心境だった。
あのシャルロッテに、この目の前のどーんと上に上にでっかいのにどこか弱弱しい小動物のようなアンリ王子を異性として意識させることなどできるのだろうか。
これは本当に難しい、難問中の難問だ。
幼き日に苦手だった算術に取り組んでいた時のことを思い出す。
初めは数字を見ることも辛く、吐き気をもよおすほどだった。
けれど、先生からのアドヴァイスだけでなく自分で考えに考え、昼食をとるのも忘れるほどにのめりこんで考えた末に難しい計算式を解いてゆき答えがわかったときの爽快感、あれほどの快感を感じたのは初めてのことだった。
【シャルロッテはあっけらかんとしていて、胸の内に秘めた思いなんて一つもないように思える。思っていることをすべてぺらぺらと口に出してしまっているのだろう。単純明快なようにも思える。けれど、人の心というものは一筋縄ではいかないわ、シャルロッテだって自分でも気づいていない恋へのあこがれのようなものを胸の奥底、見えない部分に抱えているかもしれないし、いや、でもあの子ですものねー奥の奥、底の底までまるっきり丸見えにしているような気もするし、うーん、それならば、わたくしがその種をまけばいいのではないかしら。あるいはあるいは、これはとてもやりがいのあることかもしれないわ】
さっきまでは余計なことを口にしてしまった。失敗したと自分の口から飛び出した言葉に後悔を覚えていたコーネリアであったが、今は不可能だと思えるようなその挑戦に胸を躍らせていた。
【山は高ければ高いだけ登りがいがあるものよ!この挑戦をやり終えたとき、わたくしは今までにないほどの達成感を味わえることでしょう!】
コーネリアは生まれて初めて母に微笑んでもらいたい、両親を喜ばせたいという目的ではない、自分自身を満足させるための挑戦をすることに決めた。
「このコーネリア・グィネヴィア・スノーブにすーべーてお任せになって!大船に乗ったつもりでお待ちになっていて!」
自信満々のコーネリア嬢の態度に、アンリは本当に大きな帆船に乗って暖かな風に髪がそよそよと揺らいでいる自分を想像した。もちろんその横ではシャーリーが楽しそうに笑っている。
「うん、本当にありがとう。シャーリーと帆船に乗って航海したらきっと楽しいだろうなぁ、七つの海を渡って新しい大陸を見つける旅に出るんだ。ふふっ、ハネムーンで、ってちょっと気が早いかな。うふふっ」
大船で連想してしまったのか、自分たちのハネムーンの妄想をしてぽっと頬を赤らめてくねくねもじもじと体を動かすアンリ王子。
【うーん、やっぱり失敗したかも。大船ってねぇそういう意味じゃないのよ、この人ちょっとっていうかかなりのおとぼけさんよね……うーん、あの能天気なシャルロッテとお似合いといえばお似合いかも。延々と二人でかみ合わない会話をし続けそうだけど】
しかし、そのかみ合わない二人をどうやってこれから近づけていけばいいのか。
コーネリアの胸には、またしても後悔と不安がよぎる。
しかし、自分から言い出した上にあんな大口を叩いてしまったのだ。今更後戻りすることなどできようはずもない。
それにこの挑戦を始める前に断念してしまったら、自分はとても悔しい思いをすることだろう。
放っておいたらこの二人は、ずっと同じ迷路をぐるぐるぐるぐる回っていそうだ。
アンリとシャルロッテ恋の迷路脱出大作戦!やはりこの難問を解けるのは、サンセット連合王国一の努力家、そしてただ努力するだけではなくそれの成果を上げ続けてきた自分しかいないのかもしれない。
負けず嫌い、挑戦好きのコーネリア・グィネヴィア・スノーブの胸についた火はめらめらめらめらと激しく燃えだした。
【それに、シャルロッテとアンリ王子がくっついて地団駄踏む父上の姿もちょっと見て見たいわ】
母上ほどではないが、今までは利用されたとしても喜んでくれると嬉しかった父のスノーブ卿への反抗心も芽生えてしまった。
家名に箔をつけるための駒でしかなかった自分が反撃してくるとは、思ってもみないことだろう。どうせ今頃はちょっとでもスノーブ家の得になるような新しい自分の嫁入り先でも探し回っているのだろう。
良いところに嫁いで家名を上げるのが、貴族の令嬢として生まれた一番の使命である。
そんな扱いを今まで疑問に思ったことはなかった。
自由恋愛など絵空事、自分たち貴族にとっては物語の中だけの話だと思っていたから。
兄はそんなことないというかもしれないが、士官学校の寄宿舎、タウンハウス、それ以外に王都にもう一つの拠点を持っている兄がやっていることは自由恋愛とは大いに違うとコーネリアは思う。
寄宿舎では落ち着いて勉強ができない、タウンハウスは遠いなどと言って借りてもらったアパートメントには数多の女性が出入りしている。
入れ代わり立ち代わりいつも違う顔。
そのはかなげな甘いマスクで踊り子や女学生を篭絡し、蝶のように花から花へと渡り歩き、飽きたら去ってゆく。あれでは恋愛とは言えない。
まぁ兄の友人たちはみな同じようなものだが。
もう選り好みはできない。あの友人たちの中から嫁ぎ先を選ぶなどと言われたら嫌だなとコーネリアは思う。
いくら親が決めた相手とはいえ、複数の女性と夫をシェアするだなんて自分には耐えられないことだろう。
【たった一人の女性をずっと思い続けている人もここにいるというのに】
おとぼけで自分の経歴に傷をつけた相手ではあるが、恋を知っているアンリ王子のことをコーネリアはうらやましく思う。
人を好きになる。会いたくて会いたくて毎日毎日その相手の近くまで来てしまう。
会えないどころか顔をちらりとも見られない可能性の方が高いのに。
それでも足を止められない。
その人のことを思うと、胸の鼓動が早くなる。
一瞬たりとも考えないことはない。
そんなときめきをコーネリアは知らない。
婚約が内定していると思っていた時も、アンリ王子のことを考えてときめいたことなど一度たりともなかった。
それを知っているアンリ王子がうらやましい。
そこまでに思われているとシャルロッテにも知ってほしい。
自分にはこの先ありえないであろう、自由な恋愛、親ではなく自分で見つけた相手と、コーネリアはその成就がどうしても見たくなった。
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