第6話
かくしてシャーロッテ・セラ・ワープリン公爵令嬢は将来の女王であるマーガレット王太女殿下のメイドオブオナー候補として、家庭教師のブリッター女史とともに離宮で暮らすこととなったのである。
最終的にメイドオブオナーに選ばれるのは、サンセット連合王国で古くから縁起がいいといわれている数字の五人、候補として離宮にやってきたのは十四人だ。
本来は十五名選ばれてそうなのだが、王太女の弟君であるアンリ王子の婚約者に内定したスノーブ家の長女であるコーネリア嬢が辞退したらしいと離宮の侍女たちが噂していたのをブリッター女史が小耳にはさんだ。
王都へと上る折、王都視察のついでに付き添いでやって来たワープリン卿は実に上機嫌だった。
「あー、スノーブの娘は選ばれてないんだな、まーそうであろうな、あの家は我がワープリン家に比べればいわば新興貴族、国の成り立ちに関わっていないのだから」
嬉しそうに髭をなでながらほくほくとした笑みを見せる父に、シャルロッテはどこか決まりが悪い思いになっていた。
スノーブ嬢なる人のことは全く知らないし、候補者の中にいないとなれば今後会うこともないのだろうが、そんな縁もゆかりもない人ではあるのだがその人の不運を実の父が喜んでいるのを聞くというのは何とも気まずいものだ。
父親同士が仲が悪いのであろうということは言葉の端々から感じ取ることはできるが、それと娘とは関係がないではないか。
自分にはピンとこないがどうやら名誉なことであるこのメイドオブオナーとやらの候補者になれなかったというのは、スノーブ嬢にとっては不名誉なことなのかもしれないしひどくがっかりしていることだろう。
見知らぬスノーブ嬢の身の上を案じるシャルロッテであったが、そんな心配はご無用なのだとブリッター女史は侍女たちのうわさを教えてくれた。
「あーそういうことなのねー、あらー女官を飛び越えて王子妃とはすごいじゃないの。でもお父様は悔しがって歯噛みするかもしれないわね、ふふふ」
「おやシャルロッテ嬢、内容はさておきずいぶんお言葉がしっかりなさってきましたわね。訛りも出ていませんし、いっぱしの御令嬢みたいなお口ぶりですわよ」
「あらまぁいやだぁーうふふっ」
「それは少々違いますね」
「えー」
「いやですわーうふふ。こうでございます」
「えー同じじゃん」
「違います!それに同じですわです!」
「あーややこしい!」
「ふふふ、シャルロッテ嬢は仕方ないですね」
こんな風に冗談めかした軽口が叩き合えるくらいその時のシャルロッテにとって、そしてブリッター女史にとってもアンリ王子とスノーブ嬢の婚約の話題は一切かかわりのない正に他人事の話題であった。
まさかこのたった半月後にシャルロットの身の上に災難となって降りかかってくることになろうとは、当の本人も領地にいるワープリン公爵も誰しもが思いもよらないことであったのである。
そして、ときは戻り現在。
シャルロッテの居室には今日もまた客人が訪れた。
しかし、それはいつもの招かれざる客、渦中の人アンリ王子ではない。
よもやの訪問客は、マーガレット王太女の親書を携えた王太女付きの侍女であった。
そこには弟の不始末に巻き込んでしまい面倒をかけた。内密に話をしたいのだが、王太女の私室や謁見室だと人目についてあらぬ噂をまた広められかねない。よって、王室のものだけが使用している中庭の東屋に案内させるので侍女に案内させる。
と記されてあった。
内密にということだったのでブリッター女史にも詳細を告げず侍女に連れられて向かった中庭は、離宮の廊下の奥まった部分から秘密の隠し扉を抜けてまた細い通路を抜けた先にあった。
「あちらでお待ちです。では私はここで」
侍女と別れ小さな東屋に向かうと、そこにはシックなパンツスーツ姿で亜麻色のつややかな髪をきゅっと一つに結んだ王太女の姿があった。
【わー、なんだかアンリ王子よりずっと王子様みたい。うーんそれよりも既に王様のような貫禄かも】
以前ちらりと見たドレス姿と違い、きりりとしたマーガレット王太女の凛々しい立ち姿に見とれていると、その視線に気づいたのかマーガレット王太女はくすくすと楽しげに笑う。
「やぁ、よく来てくれたね。我のこの扮装はおかしいかな?」
「いえ、いえ、とてもお似合いですわ」
「はははそれなら良かった。供の者たちに気づかれぬように執務室を抜けだしてきたものでな、身軽な格好で失礼した」
「とんでもない。とても素敵です」
「ふむ、動きやすいからな。居室にいるときはいつもこのような格好をしておるのだ。ところで久しいなシャルロッテ嬢、いや、シャーリー以前のようにこう呼んでもいいかな?」
「え、えぇ、それはもちろん結構ですが」
【久しい?こうやって面と向かって言葉を交わすのはこれが初めてのはずずらに。誰かと間違えてるんかな。あっ、そういえば挨拶まだだった】
「マーガレット王太女様、離宮に滞在させていただきながらご挨拶が遅れて申し訳ございません。初めまして、シャルロッテ・セラ・ワープリンでございます」
ドレスのすそを持ち恭しくお辞儀するシャルロッテの姿を、マーガレット王太女は笑いをかみ殺したような顔で見ている。
「なんだ、さっきの様子では覚えていそうだったのに、やはり忘れてしまっていたのか?仕方ないな、一度きりの対面でそなたはまだ幼かったからな」
一度きり……しかしシャルロッテは王都に来るのは今回が初めてなのだ。
農園のある田舎にマーガレット王太女が訪れたとも考え難い。
やはり人違いなのだろうか。
「いえ、でも、わたすは田舎育ちで」
【しまった!うっかり訛ってしまった。あの大立ち回りの後にブリッター女史にまたみっちり話し方の稽古をみっちり仕込まれてたんずらに】
「ははっ、わたすか。あたいの方がいいな。昔みたいに」
やはり、昔の自分のことを王太女は知っているようだ。
しかし、どう考えを巡らせても自分が王室ご一家の人々と対面した記憶もない。
何しろ田舎で道も悪いため、王室の慶事があったときのパレードも農園のある村は飛ばされていたくらいなのだから、遠目にでも見る機会などただの一度もなかったのだ。
何度も何度も首をひねりうんうんと考え込んでいるシャルロッテを見て、マーガレット王太女はたまらずにふき出す。
「ぷぷっ、我のこの格好を見たら思い出すやもしれんと思っておったのだがな、ふむ、軍服の方がよかったかな」
「はぁ、軍服」
「まだ思い出してはもらえぬのか、忘れられるというのはことのほか切ないものだな」
俯いたマーガレット王太女の肩は小さく震えている。
その様子を見てシャルロッテの胸はしくしくと痛みだした。
【あぁ、あたいったらとんでもないことをすてしまった。王太女にあっているのにそれをすっかり忘れてしまっているだなんて、とんでもない大罪だ。しかもさっきまであんな楽しそうに笑ってなすってたってのに、今は泣いていらっしゃる。こんな下々のものに忘れ去られるなんてどんなにか屈辱に思ってるんだっぺか】
「あの、あの申し訳ねぇです、マーガレット王太女様。あたい、ちんまい時に川べりの桃の木の身を取ろうとして落っこちでしまってそのまんまずるずる滑ってどぼーんって落っこっちまったごとがあって、それで記憶が抜けちまったのかも。だから泣かねぇでおくんなまし」
失礼と思いつつも心配で顔を覗き込むと、マーガレット王太女は泣いてなどおらず顔を真っ赤にして肩を震わせて笑っていた。
「はっははは、記憶喪失とは笑いすぎて涙が出てきた。いやすまないね、しかし君は相変わらず優しい子だね」
その白く綺麗な歯をむき出しにして豪快に笑う姿には、確かに見覚えがあった。
田舎のゆったりした空気を切り裂くように颯爽と白馬で現れた凛々しい軍服姿のあの記憶……
「あっ、白馬の女騎士」
「ご名答!」
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