第17話 書かずにはいられない
私の頭の中では、この小噺みたいなことが起こっているのかもしれません(笑)。ときおり「書きたいスイッチ」が入ります。
***【小噺】「書きたいスイッチ」が入ったら***
僕の目の前には流路がある。いつもの朝の風景。
今は穏やかに水が流れ、ときおり水面にチラリと見えるのは
……言葉の小片たち。
僕は「言葉」が流れてくるこの流路の管理人だ。チームリーダーを務めるようになって、まもなく2ヶ月になる。
——突然。
壁の赤色灯が点滅して、サイレンが鳴り響いた。
また「書きたいスイッチ」が入った。その警告だ。
まもなく、ゴオッという音とともに、上流から流路に水が勢いよく押し寄せてきた。あっという間に水かさが増して、大量の言葉が流れてくる。
「言葉の海」の言葉ではなく、「言葉沼」から迷い込んだ言葉は水路を濁らせてしまう。一本釣りで取り除くのは、ベテランメンバーの技だ。
まだ慣れない新人は、水路の淀みに溜まった言葉を網ですくい上げている。
流路の形は自在に変形して、スコープを覗いて確認しているメンバーが指差した。
「チーフ。あそこ!途中で引っかかっている文字『が』があって、流れが悪くなってます」
「あれは…、あの主語には『が』じゃなくて『は』だろう?パーツ交換だ」
「了解しました」
『テニオハ』交換キットを手にすると、メンバーは飛び出していった。
「チーフ、大変です!『の』と『が』の部品パーツが足りなくなりそうです」
僕は急いでスコープを覗く。
「の」や「が」が必要以上に連続して、多用されている箇所はないものか。
……見つけた!細く長く幾重にも折り重なるようになった箇所。
「あれだ!あそこから外してくるんだ」
流路の形は重要だ。言葉がスムーズに流れていくようにするために。
僕は、とんでもない箇所を発見してしまった。
絡まり合った毛糸玉のようなもの、そしてどんどん大きくなっている。
何人ものメンバーが取り付いて、ほぐそうと躍起になっている。
「主語はどれだよ」
「なんだ、この説明文の長さは……!」
「何が言いたいのか、さっぱりわからねぇ」
僕も愛用の『句点と読点セット』を手にして、そこに加わった。
水の勢いが止まらない。
水温が上がって来たのを感じる。顔にかかる飛沫が熱い。
時間があまりない。
過去には、修復が間に合わず、完全に詰まった流路が暴発して、使用不能になったことがあったという。僕の師匠、定年退職した前任のリーダーが若い頃に起きた事故では、何人ものメンバーが巻き込まれた。
「そこは受身形に変えたらどうでしょう」
「体言止めも効果的なのでは」
「この文は幾つかに分解してみますね」
僕には優秀なメンバーたちがいる。少しづつ流路がほぐれていく。
上流の水の勢いが弱まってきたようだ。
直した箇所の流れを、何度も何度も確認する。
やっと流れがスムーズになって、流路は穏やかさを取り戻した。
——今回の任務も無事完了した。
***** 終わり *****
勢いに任せて一気に書いた文章を読み返すとき、
「何か違う気がする……」
実生活を送りながらも、片足を言葉の海に浸したまま、頭の片すみでずっと考えています。
ああでもない、こうでもないと何度も推敲し、ふさわしい言葉が見つかった時の嬉しさ。ピタリとパズルのピースがはまったような快感。
文章がスムーズに流れ出す瞬間です。
だから、書くことをやめられないのかもしれません。
書かずにはいられない。
書きたいことがあるというのは、幸せなことだと思います。
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