まだ終わらない

於田縫紀

まだ終わらない

 窓際の俺の席から見える雲一つない青空。

 そこに突如、白くて四角い巨大な物体が出現した。


 えっ! という事で見直してみる。

 消えない。確かに浮かんでいる。


 俺以外の奴も気づいたようだ。教室が騒がしくなり始める。他の教室かららしいざわめきも広がり始めた。


「ラ行変格活用は以上の四語……どうしたのかね」


 古文担当の松尾先生は黒板から振り返った後、生徒の視線を追って外を見た。


「何だ、あの白い箱は……」


 確かに松尾先生が言うとおり、四角というよりは箱だ。

 数学の原田先生なら直方体と言っただろうけれど。


「何か出てきたぞ」


 巨大な白い箱の一部が開いた。そこからゴミ屑のように小さい白い何かががわらわらと出てくる。


 様々な方向へ散らばって飛んでいく。そのうち幾つかがこちらにも飛んできた。

 

 近づくにつれて形も見えてくる。白い箱だ。

 形は直方体に見える。大きさは比較するものがなくてまだわからない。


 この白い箱はグラウンド上空に到達すると、急激に下へと向きを変えた。

 グラウンドぎりぎりまで下降すると、体育の授業でグラウンド上にいた男子生徒の方へ急接近する。

 

 グラウンドの生徒達が気づいたようだ。走り始め、いや逃げ始めた。

 しかし箱の飛行速度は人間が走る速度よりずっと速い。


 箱の一つが逃げる男子生徒の一人に近づく。

 これでようやく大きさがわかった。この箱は大体一辺2mくらいの大きさだ。


 箱は進行方向の面をパカッと開いた。まさに箱を開くような感じで。


 次の瞬間、箱は急加速した。開いた面が男子生徒1人を飲み込む。

 箱はぱかっと閉まった。そして上へと急上昇。


 その箱から何かが垂れた気がした。あれは……血か!


「何だあれ!」


「C組の加藤だろ、今食われたのは」


 授業どころの騒ぎではなくなった。

 更に状況を見る為に窓ガラス側へ行く者、逆に離れる者。

 一気に教室内は混乱する。


 ピンポンパンポン、教室前方のスピーカーからチャイム音が流れた。


『教務室から一斉。生徒はそれぞれ窓を閉め、校庭側の窓から3メートル以上離れるように。繰り返す。生徒はそれぞれ窓を閉め、校庭側の窓から3メートル以上離れるように。

 なお職員は至急、第一職員室に集合。繰り返す。職員は至急、第一職員室に集合』


「それでは授業はここまでとします。放送であった通り、窓を閉めて机を校庭側に寄せて待機」


 松尾先生が部屋を出ていく。教室内は混乱状態のままだ……


 ◇


 後にスマホで見たニュースでは、こんな感じで書かれていた。


『新治県真鍋市上空に出現した白い箱のような物体について、新治県知事は本日10時11分、緊急避難警報を発令しました』


『上空に浮かぶ白い箱のような物体は全長およそ2kmで、真鍋市立田町の上空およそ1,500メートルに留まっています。またこの物体から出てくる小型の箱のような物体は人や自動車を襲うという情報が入っています』


『真鍋市を中心とした30km圏内ではは外出禁止命令が出されています。現在までのところ、建物内にいる人間が箱に襲われたという報告は入っておりません』


『この箱による被害は現在のところ、行方不明者34名、乗用車が7台ということです』


 外出禁止命令が出たので家に帰れない。

 つまり俺達はそのまま学校内に閉じ込められた状態だ。


 一応ニュースはスマホで手に入るし、家との連絡も取れる。

 電気は来ているので教室のコンセントで交互に充電すれば問題ない。


 食事や寝袋などは地域用災害時非常用資材という形で校内にストックされていた。

 だから生きていくには問題ない。


 しかし風呂も入れないし着替えもない。

 生徒の犠牲者も1人出ている。

 そもそも動けないだけでもストレスは結構たまっていく。


 一晩明けて、皆さん結構限界という感じの朝7時。

 教室内に段ボールを敷いて、その上に寝袋を並べて雑魚寝状態という中で。


 机を積んでバリケード状態にしている窓側から声があがった。


「消えた! 消えたぞ!」


「あの白い箱がない!」


 なんだって! 一気に教室内が騒ぎ出す。


「本当か!」


「待て、反対側も見てみよう」


 元気な奴らが動き出す。

 積んである机を下してベランダに出ようとする奴。

 廊下から反対側の窓を見ようとする奴。


「本当だ、無いぞ!」


「こっちも無いぞ。真上か」


「真上もない。これは消えたか!」


 更にざわめきが広がる。

 ほとんどは歓声だ。

 あとは安堵の吐息。


「これで帰れるんだ」


「シャワー浴びたい」


 ほとんどはこんな感じだ。


 俺としてもこれで家に帰れればうれしい。

 まずは自分のベッドでしっかり眠りたい。

 段ボールマットと寝袋では寝心地が今一つだ。


 あとは着替えたい。昨日の朝から同じ服を着たままだ。

 本当は着替える前に風呂に入るべきなのだろう。

 でもとにかく眠い。しっかり眠れていない。だから寝るのが優先だ。

 

 とりあえず俺も外を確認してみようか。

 なんて思ったその時だった。


「うおっ!」


「何だありゃ!」


「なんでだよ!」


 窓の外からそんな声。

 まさかまた、箱が出現したのだろうか。

 俺も行って、隙間から外をのぞく。


 球だった。この前の箱と同じくらい巨大な球が青空に浮かんでいる。


 ビンポンパンポン。校内放送のスピーカーから流れたチャイムの音。


『教務室から一斉放送。上空に不審な物体が出現した。生徒にあってはただちに校舎内に入って窓を閉めるように。繰り返す。上空に不審な物体が出現した……』

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