神様は最凶害悪オタク。
猫寝
向こうの話。
「―――どこだここは?」
男は困惑していた。
目が覚めると真っ白な空間で、辺りは光と靄に包まれている。
それはまるで―――
「まるで、あの世みたいな……」
まだ状況を受け入れられないでいると、突然背後から声をかけられる。
「あのー……魚谷先生ですよね?」
その声に驚きながら振り向くと、そこには白い髭を生やした白髪の高齢男性。
見覚えのないその顔に警戒しつつも、
「そう、ですけど……あなたは?」
男は自分が「魚谷先生」であることを肯定する。
「やっぱり!!ワシ大ファンなんじゃよ!!サインください!!」
おもむろに色紙とペンを差し出される。
男――――魚谷は世界中で大人気の漫画家で、サインを求められることも多い。
普段はこういう突然の申し出は断っているのだが……周囲を見回しても他に誰も居ない。助けてくれる身近なスタッフも居ないし、断って逃げるにしてもどこへ向かえばいいのかもわからない。
この目の前の高齢男性がなにかヤバい人間である可能性も捨てきれないこの状況では、ことを荒立てないようにサインに応じよう、と考えるのは自然な事だった。
魚谷は恐る恐るペンと色紙を受け取ると、慣れた手つきでイラストとサインを描き始める。
「おお、おおー!!凄い凄い!!」
高齢男性はまるで子供のようにはしゃいでその様子を見ていて、その笑顔はとても幸せそうで無邪気さすら感じさせる。
それほど悪い人ではなさそうだな?と魚谷は少し安心して問いかける。
「サインには名前を入れる事にしてるんですけど、お名前を聞いてもよろしいですか?」
「おお、そうなのですな。では―――神様へ、と入れてくれますかな?」
ニコニコと笑いながら、しかし冗談を言っている風でもなくそう言い放つ男性。
「……かみさま、というのはその……どういう字で?」
「どうって、神様は神様じゃよ。万物の神、天にまします……とかみんなが祈るあの神様じゃ」
「……変わったお名前ですね、あっ、名字かな? 神 なんとかさん?」
「なんじゃさっきから、何を言っておる? ワシが、正真正銘の神様じゃよ。皆が崇める、全知全能の存在・創造主――――神じゃ」
言葉と同時に、自称神の体がふわりと浮かび、その背後から後光がさす。
その神々しさは、本物と信じるに値するものであつた。
「本当に、神様……なのですか?」
「ああそうじゃ」
魚谷は目の前の現実を受け入れるべく脳をフル回転させる。
そして、一つの結論に辿り着く。
「……もしかして、私は死んだのですか?」
「そうじゃな」
あっさりと肯定されて、全身から力が抜ける。
まだまだ書きたい作品もあったし、やりたいこともあった、残された家族や友人やスタッフはどうなるのだろう……作品を待ってくれている読者は?
様々なことが脳裏を巡るが、どうしても気になる事が一つある。
「どうして死んだのですか? 私は病気では無かったし、事故にあった記憶もない……年齢はそれなりにいってましたけど、基本は健康体だったと思うのですが……」
その問いに、神様は少し考え込むような仕草を見せる。
「……話せば少し長くなるのじゃが……」
「お聞かせください。どんな長い話だとしても、私は自分の最後を知りたいのです」
その真っ直ぐな瞳に、ゆっくりと頷き話し始める神様。
「うむ……実はな―――――ワシは最近になって、漫画やアニメにドハマりしたのじゃ」
「………はい?」
なんだかよくわからない角度から始まったその話に、魚谷は眉をひそめる。
「何と素晴らしいエンターテイメント、なんと美しい芸術、そして圧倒的に面白い作品たち……長く生き続ける日々の退屈を忘れさせるそれらに、ワシは夢中になった!!」
熱く語る神様を見ながら、それがどう自分の死因と結びつくのかと首を傾げながら聞いていた魚谷だったが、その答えはすぐにやって来た。
「なので、どうしてもこれを作った人間に直接会いたい!!と思うてな……つい、こっちの世界に呼んじゃったのじゃ!」
「――――――――はぁ!?!?!!?!??」
呼んじゃった……?
その言葉の意味を噛み締めて、咀嚼する魚谷。
「それは、つまりその……会いたかったから殺しちゃった、っていうことですか?」
「簡単に言うとそうじゃな。神様の力でちょちょーい、とな」
「なにしてくれてんの!?!?!?ちょっと会いたかったくらいの理由でなにしてくれてんの!?」
「だって、出来ちゃうんじゃもん。神様だし」
「出来るからって何でもやっていい訳じゃないよ!?」
「いやぁ、たまにやっちゃうんじゃよなぁ。歌にハマってた時は有名な歌手を呼んじゃったし、お笑いにハマってた時は好きな芸人さんを呼んじゃったし、映画にハマってた時は俳優と監督を呼んじゃったし―――」
「反省が欠片も見えない常習犯だ!?呼んじゃったとかいう言い方で罪を軽くするの止めようか!?殺してるから!!命奪ってるから!!」
「ええじゃろ、人間一人の命くらい。こちとら創造主じゃぞ?」
「神様らしさ溢れる倫理観……!!ちっくしょう人間の存在はちっぽけだ!!」
自分の身に起こった事のあまりの理不尽さに、力が抜けてへたり込む魚谷。
「ああもう……どうしたらいいんだ……もう創作活動は出来ないのか……読者に、作品を届けられないのか……」
魚谷は根っからのクリエイターだった。
常に何かを生み出し、そしてそれを人に届けて、楽しんでもらう。
それが彼の生きがいであり、彼の人生だった。
しかしもう、それが叶う事は―――――
「読者は居るぞい」
「……え?」
「この天界には、全ての時代で死んだ人間が集まる場所……所謂『天国』が存在する。そこには、地上以上に多くの人間たちに作品を届ける事が出来よう」
「創作活動を続けても良いのですか……?」
「もちろんじゃ、むしろやってもらわないと困る!!そのために呼んだのだし、その為に、ほれ、自らの肉体を見るがいい」
言われて、自分の体を確認する魚谷。
「……これは―――若い!20代の頃の若い身体だ!」
「そうだとも、こちらの世界で存分に創作が出来るように、頭脳と記憶だけはそのままに、若く健康な体を与えたのだ。しかも不老不死じゃぞ?これで健康状態も気にせずに存分に創作に打ち込めるじゃろう?」
「それは……確かに理想的ではありますが……」
「なんじゃ、まだ何か不満か?」
「ここで書いても、地上の読者に作品を届けることは出来ないのでしょう? 今まで支えてくれた人たちに私は――――」
「いやいや、考えてもみよ。全ての人間はいつか死ぬのだ。こちらの世界で作品を作り続けておれば、死んだその時に、もう読めないと思っていた魚谷先生の新作がこっちの世界にはたくさんある!!という喜びに打ち震えるのじゃ!それは幸せなことだとは思わんか?向こうで生き続けるより、よほど多くの作品を残せるぞい」
……なんだかこっちの世界もそんなに悪くないような気がしてきたけど、これ凄く言いくるめられているのでは……?
そう思いつつも、もう戻れないのならこっちでやるしかないか、と覚悟を決め始めた魚谷。
長年一緒にやって来た信頼できるスタッフたちが居ないのは痛手だけれど、身体も若くなったことだし、デビューしたころを思い出して一からまた始めればいいか……うん、そうだな。
「もしスタッフが必要なら、指名してもらえればその者も呼んじゃえるが?」
「絶対やめて!?絶対に!!」
この神様は本当に……!!
その時、魚谷の頭に一つのアイディアが浮かんだ。
「こっちの世界でのデビュー作が決まりましたよ」
「本当か!?どんな話じゃ!?」
「神様は、酷く身勝手で理不尽な害悪オタクだった……って話ですよ」
「へぇー!!凄い面白そうじゃな!!」
自分の事だと理解しているのか居ないのか、嬉しそうな神様にため息を吐きつつも、新たな世界での新たな始まりに、少しワクワクしている魚谷。
こうして、地上で多くの人が悲しむたびに、天界のエンターテイメントは充実していくのでありました……。
「さーて、次は誰を呼んじゃおうかのぅ……?」
「もうやめとけって!!!!!!!!」
神様は最凶害悪オタク。 猫寝 @byousin
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