夜の訪問者 5

 半年前のあの日。

 芝崎に仕事を頼まれたツカサは、いつもより早く店を閉めて出かけていた。

 彼の車で送迎をしてもらい、店へ帰ってきたのは夜の十一時を過ぎた頃だった。

「誰だ、あれ」

 ハヤミ時計店のドアの前で座っている人影に、先に気づいたのは運転していた芝崎だった。

 車は店のそばでとまった。

 降りたツカサがドアのほうへ近づくと、座り込んでいたのは同じ歳くらいの若い男だった。だらしなく伸びた髪は、耳の辺りで黒色と金色に分かれていた。梅雨入りが発表されたばかりの今夜は、長袖を重ね着したくなるくらいの肌寒さだというのに、彼は半袖シャツ一枚だった。

 男は目を閉じたままで、動く気配がなかった。

「中條?」

 車から降りてきた芝崎が、彼の顔を見て言った。

「知り合いですか?」

「まあな。おい中條……酔ってるな、こいつ。こら、起きろ」

 芝崎が容赦なく肩を揺すると、男が目を開いた。

 風が吹いて、微かにアルコールの匂いがした。

「……あれ? 芝崎さん……どうかした?」

 男は寝起きの子供のように目をこすった。

「どうかした、はこっちのセリフだ。何やってんだ、こんなとこで」

「俺? 俺はほら、ここが鍵屋だって聞いたからさあ」

「鍵屋じゃない。時計屋だ」

「え、ほんと? おかしいなぁ、ここで鍵開けてくれるって聞いたんだけどなあ」

 へらへらと笑う彼に、芝崎がため息をついた。

「どっちにしても営業時間外だ。また日をあらためて……」

「その人、このお店の人?」

 男が、ツカサを指さした。

 彼は首にかけていたシルバーのチェーンをつかむと、服の下に隠れていたアンティーク調のロケットを引っ張り出した。

「これ、開けてくれない?」

 彼が見せたロケットには、たしかに鍵穴がついていた。今までに依頼された中で一番小さな鍵穴だった。

「開けることはできると思いますが」

「ほんと? ほんとに開けられる?」

「絶対とは言えませんけど、お時間をもらえれば」

「じゃあお願い」

「明日は朝の十時から店を開けますので、その時に」

「今じゃだめ?」

 お願いされることに弱いツカサだが、時刻はすでに夜の十時を過ぎている。

 さすがに引き受けることはできない。

「すみませんが、今からというのはさすがに」

「そこを何とか。ね? 割り増しでお金払ってもいいから」

「お金は別に」

「おいこら中條、いい加減に……」

 見かねて割って入った芝崎が、黙った。

 ロケットを握りしめている彼の手が、小刻みに震えていた。

「頼むよ鍵屋さん。じゃないと俺、また開けられなくなる」

 俯いている彼の表情はわからなかった。

 だけどたぶん、彼は心の奥から漏れ出しそうな感情を、奥歯をかみしめてこらえている。

 そんな気がした。

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