夜の訪問者 3

 店の中に戻ったツカサは、応接スペースのソファに座り込んだ。

「さっきは助かったよ、類」

「どーいたしまして。ま、何事もなくてよかったよかった」

 類も向かいのソファにごろんと寝転がった。

「けど貸金庫の鍵って、そんなもの入ってたの?」

「なかったと思うけど、箱のどこかに隠してあったりするのかな」

「やめときなよ」

 ソファから腰を上げようとしたツカサを、類が止めた。

「見つけないほうがいいよ、そんなの」

「なにが?」

「貸金庫の鍵。面倒なことに巻き込まれそうじゃん。指輪以外入ってませんでしたって言って、あとは関わらないほうがいいって」

「探すつもりはないよ。指輪をしまうだけ」

 時計のケースに入ったままの婚約指輪は、ツカサの上着のポケットに入ったままになっている。

 あらためてソファから立ち上がったそのとき、コンコンと店のドアをノックする音がした。

「誰だろう、こんな時間に」

「待ってツカサさん。俺が出るから」

 類がソファから起き上がった。

 彼がそっとドアを開けると、現れたのはよく見知った顔だった。

「よ、お疲れさん」

「なんだ、芝崎しばさきさんかあ」

「なんだとはなんだ」

 芝崎が、不満げに口をとがらせた。

 刑事である彼は、ツカサの祖父が店長だった頃から、鍵開けの仕事を依頼するためにこの店をよく訪れている。

「もっと早く来てくれればよかったのに」

「なんかあったのか?」

 芝崎はカバンを床に放って、ソファにどっかりと座り込んだ。

「さっきお客さんの家族が怒鳴り込んできてさ」

「そりゃ大変だったな」

「大変なんてもんじゃないよ。殴りかかってきそうな勢いだったんだから」

「暴力沙汰なら呼んでくれたってよかったのに。ま、すぐに来られるとは限らんが」

「俺、芝崎さんの連絡先知らないもん」

「なんでだよ。前に教えたろ」

「そうだっけ」

 類も、芝崎とは長い付き合いだ。

 深夜に町をうろついていた中学生と補導した警察官、という間柄から始まった関係だ。そしてそれ以来、芝崎は類を見かけるたびに声をかけるようになり、こうして親しく会話をするまでになったという。

「芝崎さんは何の用だったんですか」

「例のごとく鍵開けの依頼だよ。窃盗犯のアパートにある金庫を開けてほしくてな。なるべく早いとありがたいんだが」

「いいですよ。今からでも明日でも」

「今からでも? そりゃありがたい」

 さっそくと言わんばかりに、芝崎がカバンを持って立ち上がる。

「ちょっと待ってください。すぐに準備しますから」

 ツカサは引き出しからジュエリーボックスを出して作業台に置くと、時計の箱から婚約指輪を出した。

「すごいダイヤだな」

 指輪の目を引く輝きに、芝崎が思わず寄ってきてのぞきこんだ。

「キュービックジルコニアでしたけどね」

「てことは偽物か。見ただけじゃわからんもんだな……ん?」

 ふと作業台の上を見た芝崎が、首を傾げた。

 彼の目にとまったのは、時計の箱と一緒にポケットから出した名刺だった。

「その箱、豊田鉄工の社長からの依頼か?」

「いえ、依頼してきたのは社長のお姉さんなんですけど、その名刺はさっき……」

「その社長のお兄さんだよ、さっき怒鳴り込んできたの。で、社長さんが止めに来てくれたってわけ」

「兄ってことは豊田隆一とよだりゅういちか。なるほどな」

 芝崎が納得して頷いた。

 どうやら彼は、隆一と会ったことがあるらしい。

「豊田鉄工の社長さん、なにかあったんですか」

 警察に世話になっている。

 隆一が航平にそう言っていたのが、ツカサは気になっていた。

「社長がっていうより、会社がな。会社の金が横領されてるっていう告発があったんだよ。で、今捜査中だ」

「その捜査が始まったのっていつ?」

 たずねたのは類だった。

「昨日だ。だからアパートの金庫の件は早く片づけちまいたくてな」

 ふうん、と類は小さく呟いた。

「じゃあ行ってくるよ。もし店に誰か来ても出なくていいからね」

「はいはーい、いってらっしゃい」

 再びソファに寝転がった類に見送られて、ツカサは芝崎とともに店を出た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る