夜の訪問者 1
開店時間の前に一度電話をしたが、豊田美佐子は出なかった。
折り返してかかってきたのは正午過ぎのことで、彼女は電話の向こうでもおどおどとしていた。
『そうですか』
ジュエリーボックスの鍵が開いたこと、中に指輪が一つ入っていたことを伝えたが、とくに喜んでいる様子はなかった。
それどころか、相変わらず暗い声をしている。
『あの、他には何か入っていませんでしたか』
「他ですか? 見たところ何もなかったですが」
『……そうですか』
暗い声がさらに落ち込んで聞こえた。
指輪以外に、箱の中に入っているはずのものでもあったのだろうか。
「お預かりしているジュエリーボックスですが、いつ取りに来ていただいても大丈夫です。今日お見えになりますか」
『あ、あの、それがちょっと、すぐには取りに行けそうになくて』
「明日以降でも大丈夫ですよ。いつ頃来ていただけそうですか」
美佐子からの返答はなかった。
しばらく待っていると、彼女がためらいがちにたずねてくる。
『……あの、入っていた指輪が本物かどうかって、わかったりしますか』
「それは僕では何とも言えないですが」
類は、たぶん偽物じゃないかと言っていた。
だが専門家に見てもらったわけでもないのに、偽物だと思います、などと無責任なことは言えない。
『鑑定とかって、お願いすることは』
「うちの店の近くに貴金属店がありますので、そこにお願いすればわかると思いますよ」
『あ、じゃあ、お願いします』
「え、いやお客様が引き取りにこられた際に、持って行っていただければ」
『すみません、お願いします』
プツ、と、一方的に電話を切られてしまった。
「お願いしますって……」
手元のスマートフォンを見つめて呟くと、壁際のイスに座っていた類が本から目を離して顔を上げた。
「なんかあった?」
「話の途中で切られちゃって」
「怒らせちゃったの?」
「そんなことないと思うけど、なんか、すぐには取りに来られないから指輪の鑑定をしておいてほしいって」
「昨日のやつ?」
「そう」
来店したとき、娘の日菜子はジュエリーボックスを大事そうに抱えていた。だから、すぐに引き取りに来るものだと思っていたのに。
「行くの? 鑑定しに」
「店を閉めてからね」
「間に合う?」
「近くの貴金属店なら午後七時までやってるから」
いつもどおり午後六時に時計店を閉めてからでもじゅうぶん間に合う。
「断ってもよかったんじゃない?」
「断る前に切られちゃったんだよ」
「もう一回電話すれば?」
「いいよ。すぐそこに持っていくだけだから」
お人好しだね、と言わんばかりの類の視線に気づかないふりをして、ツカサは預かっている懐中時計を作業台に出した。
すぐには取りに行けない、と言っていた美佐子の様子は少し気になるが、こちらの作業も進めなければならない。
暖房がほんのり効いた暖かい店内で、ツカサは目の前の仕事に集中した。
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