幕間3
早餐
呉天翔と彼の軍勢が、都へ入城する直前のこと。
目指す都を前に、周碧海は苛立っていた。
夜明け前の厨房に、鍋を振る小さな背中があった。じゅわっ、じゅわっと音が爆ぜ、新鮮な油の香が漂ってくる。煽られた人参と
目覚めたばかりの腹が、空腹を訴えてくる。欲を覚える己自身に、碧海はさらなる苛立ちを覚えた。
ふと、腹が鳴ってしまった。少年が碧海を振り向く。
「あっ、碧海さん。おなかすいたの?」
屈託のない笑みで、少年は目を細める。
「でもごめん、これ辛くするつもりだから。それでもよければ分けてあげるけど」
邪気のかけらもない表情が、ますます腹立たしい。
白虹居士なるこの道士、あどけない子供のふりをしつつ、いったい何を企んでいるのか。
「碧海さん、辛いの嫌いだよね。悪いけど、これ天翔
「……あなた、何を企んでいるのです」
碧海は、低い声に脅しの色を籠めた。だが白虹は動じない。
にこにこと笑ったまま、白虹は傍らの小鍋を取った。中の汁を大鍋に注げば、激しい音と共に湯気が湧いた。
「答えなさい、白虹居士とやら。あなたは何のために、呉太守に取り入ろうとしているのですか」
「取り入ろうとなんてしてないよ?」
「食事と怪しげな術で、太守の歓心を買おうとしているでしょう」
「おいしいご飯を作ってあげて何が悪いのか、僕にはちっともわからないよ」
碧海は無言で佩剣を抜いた。
刀身が、白虹の頬へ押し当てられる。白虹は何も言わないまま、ひとすくいの
「その
剣を突きつけたまま問えば、笑い混じりの答えが返ってきた。
「『おいしく食べる』以外の使い道、あったら教えてほしいんだけど。碧海さん、そんなに僕のこと嫌い?」
あはは、と、愉快げな笑い声が上がる。
一瞬怯んだ隙に、剣は奪い取られていた。白虹は刀身をこともなげに手で掴み、頭上に高々と掲げてみせた。唖然とする碧海へ、少年道士は屈託ない笑みを浮かべた。
「だよね、嫌いだもんね碧海さんは。天翔
満面の笑顔には、一切の邪気が感じられない。
だからこそ言葉を返せない。絶句した碧海へ、白虹はさらにたたみかけた。
「でもだめだよ。
「何が……言いたいのです」
碧海がうめき混じりに言えば、白虹は表情を曇らせた。目つきが、少しばかり険しくなる。
「碧海さんこそ何がしたいの。
反論せねば、と思った。
だが言葉が出てこない。苛立ちをこめて白虹をにらみつければ、またも、楽しげな笑い声があがった。
「碧海さん、ほんとはわかってるんでしょ。このままじゃいられないってこと」
笑いながら、白虹は碧海に剣を返した。刃を握っていた掌に、傷ついた痕はまったく見えない。
「僕はただ、籠の中の
鍋の中身を器へ移し、盆に乗せ、白虹は厨房を出ていった。
あとにはただ、抜き身の剣を携えた碧海だけが残された。頭を数度振り、剣を鞘にしまえば、出るのはただ溜息ばかりであった。
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