ダストボックス・ラブ

ゴットー・ノベタン

ダストボックス・ラブ

 周囲にマグマの煮え滾る火山地帯。

 およそ生物の住まう場所とは思えないそこで、二つの影が激しい戦闘を繰り広げている。


 片や、岩の如き鱗で全身を鎧う巨大な竜。

 片や、骨の鎧に身を包み大槌を構えた男。


 突進、熱線、尾の薙ぎ払い。竜が振り撒く死の暴威をギリギリで躱しつつ、隙を見付けては大槌を叩き付ける男。

 そうした交錯が幾度も続いたのち、ふいに両者の足がピタリと止まった。

「グォォォウ……」

 軽く地を蹴り、威嚇の唸り声を上げる竜。

「ゴクッ……ぷはぁっ!」

 白色の液体を瓶から飲み干し、余裕を見せ付けるかのように両手を振り上げる男。


 その沈黙を破る様に、カァン! という音が響いた。


「ちょっとネコさん!? 掘るならコイツがいないエリアでって言ったよねえ!?」

 男の声に、『ネコ』と呼ばれた女は振り返りもせず答える。

「他の、エリアは、掘り終わっちゃった、から! そのまま、タゲ、取っといて!」

 言葉の合間にカァン! カァン! と、ピッケルで岩を叩く音が混じる。

「いや、タゲ取れったってそんな堂々と掘ってたら……あっ」

「へ?」

 振り向いた竜が、女に向かって熱線を発射した。




 『クエスト失敗』の文字と共に拠点へ戻され、ため息を吐く。

 僕とネコさんは、数年前にSNSで知り合ったネトゲ仲間だ。休日は良くこうして、チャットを繋ぎながら色んなゲームの協力プレイをしている。

「いやー、失敗失敗! やっぱ人間、欲を出すもんじゃないね!」

「どの口で……」

 ……『協力』というより、『介護』と言った方が正しいかもしれない。

 彼女も決して下手ではないのだが、とかく目先のアイテムに目が眩みがちで、よく今日みたいな失敗をする。


「もうひと狩り行くには遅いですし、今日はここまでですかね」

「だねー。あ、そうだタカさん」

 タカ、というのは僕のハンドルネームだ。

「なんです?」

「………」

 

 無言でデスクトップの隅を見る。

 そこには先日彼女から届いた、とあるファイルがあった。


「……まだです」

「えー! なんでさ!」

「なんでって……」

 あまり長引かせたくない話題だが、なんと言ったものか……


「……開いたらネコさん、死んじゃうかもしれないじゃないですか」




 『ドッペル』というアプリがある。

 個人の思考や知識、顔や声、喋り方などのデータをAIに学ばせて、ネットや電話など非対面での応対を任せる……という物だ。

 最初はコールセンターなど、対人関係でストレスの溜まりがちな職場で使われていたのだが、が追加されてから使用者が急増した。


 その機能とは、本人へのフィードバック。


 ドッペルAIが体験した様々な出来事を、寝ている間にコピー元の脳へと送りなおす事で、本人も夢として体験できるようになったのだ。

 忙しい社会人にとって、娯楽に割く時間はいくらあっても足りない。映画を倍速視聴するような連中、或いは積ん読や積みゲーの消化をしたい人々を中心に、ドッペルは大ヒットした。

 それから10年ほど経った去年。そんなドッペルに関して、ある噂が立ち始めたのだ。


 曰く、SNS


 ドッペルの挙動は、本人と全く見分けがつかない。ならばネット上の知り合いの何割かは、もう既に本人がこの世にいないのではないか?

 オリジナルになり替わって永遠に生き続けるなんて、まさに『ドッペルゲンガー』だ……


 そんな噂が広まった頃、ドッペルと同じ会社が新しいアプリを発表した。


 『シュレディンガー』


 特定の相手に、自身の死亡を通知するアプリである。




 先日ネコさんが送って来たのは、シュレディンガーのIDが書かれたメモファイルだった。

 アプリをダウンロードしてこのIDを入れれば、彼女が死んだ際に通知が来るようになる。

 逆に言えば、という事だ。


「んー、別にタカさんが開けようが開けまいが、私の生死はその前から決まってるでしょ? なんなら、開けずにいる間に死ぬかもしれないよ?」

「現実的にはそうですね。これは、僕の心の問題です」

 マウスを弄り、ポインタをメモファイルの方へ持って行く。

「僕、結構薄情な奴なんですよ。クラス替えや進学で一度交流が途絶えると、その相手との関係性を、心の中の『ゴミ箱』フォルダに入れちゃうんです。

 もし、いま話してるネコさんが本当は既に死んでいて、ドッペルしか残っていなかったら。僕はきっと、ネコさんの事も『ゴミ箱』に入れてしまう。それが嫌なんです」

 メモファイルのアイコン上を、ポインタがうろうろと行き来する。

「シュレディンガーの猫は、箱を開けさえしなければ、生きてる可能性が残るんです」

 ファイルを右クリックし、『ゴミ箱』に放り込む。うん、これでいい。


「いや、でもほら。開けた所で、別に死んでるとは限らなくない?」

「……死んでるか死にそうじゃなかったら、わざわざこんなものID送らないでしょ」

「まあ確かに……あっ、というかこれ、答え言っちゃった?」

「もぉぉぉお~~!!」

 思わず、眼鏡の上から顔を覆ってしまった。

「だからこの話続けたくなかったんだ!! ネコさんの事、好きだったのに!! 僕の恋心を返して!!」

「わーお大胆な告白」

「どうせドッペル相手なんだからもういいよ!!」


 さらば僕の恋。さらばネコさん(オリジナル)。貴女の事は、きっとそう遠くない内に忘れます。


「失恋してる風なところ悪いんだけどさー。ちょっといま画面共有するから、これ見てくれない?」

「なんだよぉ……」

 眼鏡に付いた手油をシャツの裾でふき取り、画面を見る。

 ……いやこれ、シュレディンガーのマイページじゃないか!? ネコさんの!

「追い打ちするとか趣味悪いぞ!」

「性格の問題は本人に言って下さーい。それよりほら、見てここ」

 共有画面上で、彼女のマウスポインタが『ある場所』をぐるぐると回る。

「『死亡年月日』……? ってあれ、これ……」


 そこに書かれていた日付は、のものだった。


「私の事、どうする? 『ゴミ箱』に入れる?」

 僕は苦笑し、まずはさっき放り込んだメモファイルを取り出す事にした。

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