シュレディンガーのTS娘・改

中島しのぶ

シュレディンガーのTS娘・改

 わたし、TS娘です。

 ご存知とは思いますけれど、TS娘というのは「可逆・不可逆を問わず少女になった男性」のことで、しかもほとんど美少女なんです。

 そして私立TS学園出身のTS娘には、義務――年一回の更新と身体検査――があるんですよ。

 TS学園はTS娘が多いことで有名で、TS市では珍しい男女共学の中・高・大学の一貫教育校です。

 あ、更新というのは「TS証明書」の年次更新で、女子化能力がある限り卒業後も所持していなければいけなく、登録情報の更新が義務付けられているんです。

 検査は身長体重と各サイズの測定。採血と身体のMRIスキャンと採卵です。

 在校中は寮生活を強いられますけど、寮費と授業料は無償ですし、卒業後もこれぐらいは仕方ないのかもしれませんね。


 女子化時の外見は、赤目金髪。身長は百四十八センチ、足のサイズは二十二センチ。

 スリーサイズは……もう少し胸が欲しいと言っておきましょうか。これは初女子化した十五年ほど前からほとんど変わらず、歳も老けて見えないのが最大の謎らしいんですけど……。

 でも、自分で言うのもなんですけど御多分に洩れず美人ですわよ。


 あ、自己紹介が遅れました。中島しのぶと申します。

 女子化の要因――トリガーといいます――はネイルを塗ること。出現率はかなり低く、ジェルネイル以外では女子化せず謎の多いレアスキルとされていて、現在TS市では五名が確認されています。

 ネイルをオフすれば男性に戻ります。

 その能力と、ご縁があって今はネイルサロンの店長をしています。


 それで、昨日母校で更新手続きと検査を受けたんです――。


***


 お店をスタッフに任せ、検査結果を聞きに再び学校を訪れました。

 守衛さんに新しいTS証明書を提示し、TS学園大学生物学部本館地下三階の生体検査室へ向かいます。


「こんにちは〜中島です。検査結果をお聞きにまいりました――」と入室します。

「お〜中島さんいらっしゃい」と一条教授が挨拶を返してしてくれます。

 教授とは十数年来の顔見知り。この人もなぜか老けません。

 そして変人――というかマッドサイエンティストです。


「まぁゆっくりして行きたまえ――ときに中島さん、『シュレーディンガーの猫』というあまりにも有名な量子力学に関する思考実験は知っておるじゃろ?」

「まぁ一応一般常識としては知っていますよ?」


 釈迦に説法になってしまい失礼かもしれないですけど、皆さんはご存知ですわよね?

「シュレーディンガーの猫」はオーストリアの物理学者シュレーディンガーが考案した量子力学に関する思考実験でラジウムがα粒子を放出すると毒ガスが発生する装置を猫とともに箱に収め、α崩壊の半減期を経過した後に猫の生死を問うもの。言い換えれば、箱の中の猫は生死を観測されるまで、生きている状態と死んでいる状態が重なった状態で存在する――。


「で、その実験が何か?」とわたしは教授に聞きます。

「まぁお遊び程度にわしも考えたんじゃが、ずばり『シュレディンガーのTS娘』!」

「はぁ?!」

「じゃから『シュレディンガーのTS娘』じゃ」

「それは聞こえましたが、何ですの?」

「え〜い、分からんTS娘じゃな!」

「……で?」


「この『箱』の中に、この子を入れる……」

「ちょいちょいちょいちょい! そのTS娘、どっから連れて来た! それにその『箱』! 安全なのか?」ふだんはおしとやかなわたしですけれど、慌ててしまい男言葉になってしまいます。

「大丈夫大丈夫。この子は可逆性として、三十分経ったらしたらどうな〜るか? わっかるかな〜?」

 はぁ? なんだこのぢぢいは?


「ほら、答えてみぃ!」

「――可逆性なら『男』に戻ってますよね。ただし三十分でトリガーが解けなければ『女の子』のまま……」

「じゃ、実験するのじゃ」

「ね、これ何の実験なんですの?」

「じゃから、『シュレディンガーのTS娘』とさっきから言っとろうが」

「あ〜はいはい」

 呆れて言葉も出ません。


***


「で、教授。三十分経ちましたよ〜」

「おお、そうじゃ。忘れとった」

 なんだかなぁ。


「で、この『箱』を開けると……」

「開けると……?」

「は〜い、女の子のままじゃ。しのぶよ、これをどう解く?」

「え、だから観測されるまで『TS娘』か『男』かわからない状態。三十分後に観測すると『TS娘』のまま……って解ですね?」

「ブブ〜」

「へ?」

「わしゃ、一言もこの子が『TS娘』とは言っとらんぞ、『この子』とは言ったがの」

「あっ!」

「この子が『TS娘』と勝手に思ったのはしのぶじゃよ、ほっほっほ〜! 引っ掛かりおったの〜! あ〜愉快愉快!」


「う〜、なんか知らないけど頭にきたから帰る!」

「おいおい、検査結果は聞かんのか?」

「そんなの、聞・き・ま・せ・ん! では!」


 頭に来たのでその日は帰りました――。


Fin.

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シュレディンガーのTS娘・改 中島しのぶ @Shinobu_Nakajima

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