其処は箱庭

亜未田久志

この壁の向こう


 世界は大きな箱なのだと賢者は言う。

 果てには大きな壁があり、世界はそこで行き止まりなのだと。

 信じられなくて僕は旅に出た。

 長い長い旅になった。

 山を越え。

 海を越え。

 砂漠を越え。

 森を越え。

 さまざまな町を通った。

 これら全てが箱の中だなんて信じられなかった。

 雪に包まれた最果てと呼ばれる地に着いた頃。

 少年は青年になった。

「おいお前、ここら辺の人間じゃないな」

 と声をかけられる。

 口調こそ荒いが同い年くらいの女の子だ。

「ああ、旅の者だ」

「旅……こんなところまでなにをしに」

「果てを見たくてね」

「壁のことか?」

 壁。

 やはりあるらしい。

 世界を囲う箱の壁。

 信じたくなかった。

 世界はどこまでも続いていて。

 それが当たり前なんだと思っていた。

「君は不思議じゃないの? 世界に壁があるだなんて」

「それが生まれつきあったんだ。不思議も何もない」

 生まれつきの常識に人が疑問を持つ事は少ない。

 異常者なのは僕の方なのかもしれない。

 でも僕は問う。

「この旅で色んなものを見た。様々な景色、町々、それら全て美しくて果てが無いように見えたよ」

「見えただけだろうよ。何事にも果てはある」

「……その壁っというのはすぐに見られるのだろうか?」

「一番高い雪山の向こうだ」

 装備を整えなくては厳しいだろう。

 天候も見なくてはいけない。

「滞在できる場所はあるだろうか?」

「金はあるのか?」

「ああ、いろんなところで稼いだからね」

 本当に色んな仕事をした。

 どれもが綺麗な思い出だった。

「じゃあウチに泊めてやるよ」

「いいのかい?」

「ああ」

 ご厚意に甘える事にして。

 雪山攻略の準備をした。

 そして当日。

「本当に行くのか?」

「それがこの旅の目的だからね」

 少女はつまらなそうにそっぽを向いた。

 そして僕は雪山を越える。

 天候に恵まれ、少女に教えてもらった登山コースは非常に楽だった。

 そしてその先に見たものは――


「ははっ、確かにこれは『壁』だ」


 雪山より巨大な山、いや屹立する岩。

 世界四方をこれに囲まれているというのなら確かに世界は箱庭なのかもしれない。


「この岩壁を越えた先には何があるのだろう」


 青年の心はまた少年に戻っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

其処は箱庭 亜未田久志 @abky-6102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ