第9話 解読
しかし、私はお手上げと言うように、両手を上に挙げて見せた。
「結城。暗号となると、我々、素人には手に負えないぜ」
結城は首を振った。
「いや、古代に作られた暗号だ。そんなに難しいものではないと思う。きっと、現代から見たら初歩的な暗号だよ」
私は結城に聞いた。
「初歩的な暗号と言うと、どんなものがあるんだ?」
結城が歌詞を見ながら言った。
「例えば、この歌詞で気になるのが、1行ごとに改行して書いてあるということだ。こういった場合、各行の先頭の文字だけを抽出すれば意味の通った文章になることがある」
「えっ、どういうことだ?」
「やってみよう。美咲さん、この歌詞の各行の先頭の漢字を抽出してみてくれないか?」
「はい。分かりました」
美咲がパソコンを操作すると、たちまち、三枚の紙を印刷した。私たちは、それぞれ、その紙を手に取った。紙にはこう書かれていた。
********
九・・九里きて、九里行って、九里戻る。
朝・・朝日輝き、夕日が照らす。ない椿の根に照らす。
祖・・祖谷の谷から何がきた。
恵・・恵比寿大黒、積みや降ろした。
伊・・伊勢の御宝、積みや降ろした。
三・・三つの宝は、庭にある。
祖・・祖谷の空から、
先・・先なる車に、何積んだ。
恵・・恵比寿大黒、積みや降ろした、積みや降ろした。
祖・・祖谷の空から、
中・・中なる車に、何積んだ。
伊・・伊勢の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした。
祖・・祖谷の空から、
後・・後なる車に、何積んだ。
諸・・諸国の宝を、積みや降ろした、積みや降ろした。
三・・三つの宝をおし合わせ、こなたの庭へ積みや降ろした、積みや降ろした。
九朝祖恵伊三祖先恵祖中伊祖後諸三
********
美咲が言った。
「各行の先頭の漢字を、各行ごとに一番左端に書いています。で、それらを集めたのが、一番下の『九朝祖・・・』です」
結城が首をひねった。
「これでは意味をなさないな。では、美咲さん。今度は、各行の先頭のひらがなを抽出してみてくれないか。例えば、『九里きて』だったら『く』というようにね。・・・あっ、暗号を作った時点では、『祖谷』は『おや』だったわけだから、『祖谷』の行は、『おや』の『お』になるよ」
「分かりました」
美咲が再び、三枚の紙を印刷した。
今度は下のように書かれていた。
********
く・・九里きて、九里行って、九里戻る。
あ・・朝日輝き、夕日が照らす。ない椿の根に照らす。
お・・祖谷の谷から何がきた。
え・・恵比寿大黒、積みや降ろした。
い・・伊勢の御宝、積みや降ろした。
み・・三つの宝は、庭にある。
お・・祖谷の空から、
さ・・先なる車に、何積んだ。
え・・恵比寿大黒、積みや降ろした、積みや降ろした。
お・・祖谷の空から、
な・・中なる車に、何積んだ。
い・・伊勢の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした。
お・・祖谷の空から、
あ・・後なる車に、何積んだ。
し・・諸国の宝を、積みや降ろした、積みや降ろした。
み・・三つの宝をおし合わせ、こなたの庭へ積みや降ろした、積みや降ろした。
くあおえいみおさえおないおあしみ
********
美咲が説明する。
「各行の先頭のひらがなを一番左端に書いています。で、それらを集めたのが、一番下の『くあおえ・・・』です」
私は頭をひねった。どう考えても、一番下の『くあおえいみおさえおないおあしみ』の意味が分からない・・・
「結城。どうも違うみたいだぞ。この歌詞には、暗号なんて隠されていないんじゃないか?」
結城も印刷された紙を見ながら言った。
「いや、いくら古代でも、こんなに簡単な暗号は使わないよ。で、初歩の暗号でよく使われる手なんだが・・・各文字を1字ずつずらすと言うやり方があるんだ」
「各文字を1字ずつずらす?」
「例えば、『あいうえお』順にずらすというやり方だよ。『あ』だったら『い』、『お』だったら『か』というように、『あいうえお』順に1文字ずらして、文字を置き換えるんだ。この歌詞で言うと、『九里きて』の先頭は『く』、それを1文字ずらして『け』というようにね。試しに、各行の先頭のひらがなを『あいうえお』順に1文字ずらしてみようか」
私は言った。
「でも、『あいうえお』というのは、そんなに昔からあったのかい?」
結城が、我が意を得たりとでもいうように私を見た。
「現在の『あいうえお』はもっと後世になって確立されたものなんだ。でも、『あいうえお』の起源は古代インドにあるんだよ。『あいうえお』は、インドの梵字の字母表の配列に従ったものだと言われている。また、『あかさたなはまやらわ』の行順も、調音位置が口の奥から前へという順番で並んでおり、これもサンスクリット語の子音の配列に従ったものなんだ。このため、古代インドでは、現代日本の『あいうえお』に極めて近いものがあったと考えられるんだ。日本に来た古代イスラエル人が、途中古代インドに立ち寄って、『あいうえお』に極めて近い、古代インドの語順表を入手していて、それを日本語の暗号作成に使用したと考えることは、そんなに不自然ではないんだよ」
「なるほど」
私が納得したのを見て、結城が笑いながら美咲に言った。
「考えるよりやってみよう。美咲さん、ボクが言ったように、さっきのひらがなを『あいうえお』順に1文字ずらしてくれないか?」
美咲は「はい」と返事をすると、たちまち、三枚の紙を打ち出した。
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