第8話 暗号

 私は大きく息を吐いた。


 こんなことはあり得ないと思っていたが、実際にこうして調べてみると、この祖谷の民謡の歌詞が、古代イスラエル王国の三つの宝を表していたのだ。・・・


 しかし、結城は浮かない顔をしていた。結城が私と美雪の顔を交互に見ながら言った。


 「ボクには、まだ何か肝心なものが欠けているような気がするんだ。実は、最初から気になっていたんだが・・・『祖谷』という地名はどうして『いや』と読むのだろうか?」


 結城の思わぬ指摘に、私は声を上げた。


 「結城。それはどういうことだい?」


 「だって、藤堂。おかしいと思わないか。『祖谷』の『祖』という字は、『祖先』の『そ』だろう。『祖』という字に『祖谷(いや)』の『い』と読む読み方があるんだろうか?」


 美咲も首をかしげながら言った。


 「そう言えばそうですね。では、調べてみましょう」


 美咲がパソコンを操作したが、すぐに顔を上げて言った。


 「分かりました。『祖』は音読みで『そ』、訓読みでは『おや』です。『祖』には『い』という読み方はありません。で、この『祖谷(いや)』という地名なんですが・・・もともと『祖(おや)』と呼ばれていた地名が、『いや』と呼ばれるようになったので、『祖』に『谷』という漢字をくっつけて、『祖谷(いや)』と書くようになったということです」


 結城が首をひねった。


 「すると、『祖谷(いや)』という地名は、普通は誰もそう読めないわけだ。呼び名が『祖(おや)』から、誰も読めない『祖谷(いや)』に変わったというのは実に興味深いね」


 結城は少し何か考え込んでいたが、思いついたように美咲に言った。


 「そうだ。美咲さん。ヘブライ語で『オヤ』と『イヤ』の意味を調べてもらえないだろうか?」


 美咲がパソコンを操作して、すぐに答えた。


 「結城先生。ヘブライ語には『オヤ』という単語はありません。で、ヘブライ語には『イヤ』という単語もないのですが・・・『イヤーサカ』という言葉があって、これは『イ』と『ヤーサカ』の合成語です。『イ』というのは、英語の『Oh!』のような掛け声で、『ヤーサカ』は神である『ヤハウェ』を示す言葉です。ですから、『イヤーサカ』で、『おー!神よ』とか『神に幸あれ!』といった神を称賛する言葉になるようです」


 結城が眼を見張った。


 「本当かい。では、こう考えられるね。・・・伊勢神宮から『契約の箱』などの宝が、現在の『祖谷(いや)』に運ばれたとき、地名は『祖谷(いや)』ではなく『祖(おや)』だったんだ。その後、住民が地名を、『おー!神よ』とか『神に幸あれ!』という意味の『イヤーサカ』と呼ぶようになった。それが、『イヤ』に変化し、『谷』という字を当てて、現在の『祖谷(いや)』に変わったと考えられるね。・・・しかし、どうして、住民が『祖(おや)』を『イヤーサカ』と呼ぶようになったのかが重要だな」


 私は驚いた。またもヘブライ語だ。しかし、結城は何を言っているのだ?


 「結城。どうして、それが重要なんだい? 『契約の箱』などの宝が運ばれたので、住民が神をたたえる地名にしたんじゃないのかい?」


 結城が私の顔を見た。


 「藤堂。それはおかしいと思うんだ。『契約の箱』などの宝を運んだことは秘密にしなければならない。わざわざ、剣山とか祖谷といった僻地に宝を運んだのは、宝のことを隠すためだろう。なのに、地名を神を称える『イヤーサカ』に変えたんなら、宝がここにありますよって、わざわざ宣言することになるじゃないか」


 「・・・」


 「だから、ボクはこう思うんだ。この一連の地名変更は、何かを暗示しているじゃないのかなって。つまり、『祖(おや)』を『イヤーサカ』と呼ぶようになり、さらに『祖谷(いや)』にして・・・こうして、誰も読めない『祖谷(いや)』という地名を使うことで、何かを暗示しようとしているんじゃないかな」


 美咲が結城に聞いた。


 「結城先生。その暗示している何かとは?」


 結城が笑った。


 「きっと、宝の場所を示す暗号があることだよ」


 私は飛び上がった。


 「宝の場所を示す暗号だって?」


 美咲も驚いた顔で結城を見つめている。


 私はワクワクしながら結城に聞いた。


 「で、どこにその暗号があるんだ?」


 結城が手に持った紙を振った。


 「この歌詞だよ。ここに暗号が隠されているからこそ、さっきボクたちが読み解いたように、歌詞の中に宝に関するヘブライ語が含まれていたんだよ」


 一瞬、私も美咲も言葉に詰まった。教授室の中に、薪ストーブの薪がパチパチとぜる音が聞こえていた。

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