第7話 御龍車

 すると、結城が私を見て笑った。


 「藤堂。そうでもないよ。きっと、『恵比寿大黒』は『アロンの杖』だよ。『アロンの杖』は、モーセの兄アロンが使用したとされる不思議な杖のことだが、アロンはこの杖を、敵を侵略するために用いたのではないんだ。むしろ、敵から防御するために使ったんだね。海を割ってみせたのも、エジプト軍に追われたイスラエル人を救うためだったんだ。『エビス』が意味する『砦』、『要塞』、『島』は全部、敵から身を守るためのものじゃないか。だから、『エビス』は『防御するもの』である『アロンの杖』を表すんだよ。その『エビス』が日本語の『恵比寿』に転訛して、後から、それに『大黒』がくっ付いたんだと思うよ」


 私はポンと手を打った。


 「なるほど・・・すると、『諸国』が、残る『マナが入った金の壺』を表すということになるね」


 美咲が張り切った声を出した。


 「では、『諸国』を調べてみますね。え~と、『ショ』、『ショコ』・・・」


 美咲は最初、首をひねっていたが、すぐに答えが出たようだ。


 「あっ、分かりました。ヘブライ語では『ショコ』あるいは『ショコラ』が、『チョコレート』や『甘いデザート』を指す言葉です。でも、『マナ』が『甘いデザート』というのはおかしいですよね」


 結城が首を振った。


 「いや、美咲さん。それでいいんだよ。『マナ』は旧約聖書では、『蜜を入れたせんべいのような甘い味がした』と書かれている食物なんだ。『甘いデザート』という表現はピッタリじゃないか」


 私は唸った。


 「う~ん、見事だ。では、三つの宝を総称する『御龍車ごりゅうしゃ』というのは何だろうか?」


 結城が再び歌詞を見た。


 「この歌詞には『ごりゅうしゃ』とフリガナが打ってあるが、当然、ヘブライ語の元の言葉は、別の発音だろうね・・・こりゃ、『ごりゅうしゃ』に似た発音のヘブライ語を手当たり次第に当ってみるしかないなぁ」


 美咲が張り切って言った。


 「先生。私、やってみます」


 美咲は結城の役に立てるのがうれしくて仕方がないといった感じだった。20分ほど楽しそうにパソコンを触っていたが、やがて顔を上げた。いい点数を取ったテストを褒めてもらいたい子どものように、笑顔で結城に言った。


 「結城先生。分かりました。多分、これだと思います。『御龍車』は『アタシャイ』が転訛したものではないでしょうか? ヘブライ語で『アタ』は『あなたたち』という意味です。で、『シャイ』は『贈り物』や『プレゼント』という意味です。つまり、『アタシャイ』で『あなたたちへの贈り物』です」


 私は首を傾げた。


 「でも、ヘブライ語の『アタシャイ』がどうして『御龍車』になったのかな?」


 美咲が私を見た。クスリと笑って言った。


 「藤堂先生。きっとこうですよ。

  『アタシャイ』・・・

  『アタッシャイ』・・・

  『アタッシャ』・・・

  『オタッシャ』・・・

  『御龍車(オ タツ シャ)』・・・

 それが時代を経て、現代では『御龍車(ごりゅうしゃ)』と呼ばれるようになったのではないでしょうか?」


 結城も私も思わず、パチパチパチと手を叩いた。結城の顔が紅潮している。結城が言った。


 「すばらしい。きっと、そうだ。『御龍車(ごりゅうしゃ)』は『アタシャイ』に間違いない。・・・では、これで、全て分かったね。すると、あの歌詞全体はどうなるのかな?」


 「私が変換してみましょう。元の歌詞と、ヘブライ語と、そのヘブライ語を訳した日本語を一緒に並べて書いてみましょう」


 美咲はそう言うと、パソコンで何か操作して、たちまち印刷した紙を三枚打ち出した。


 その印刷された紙を見るとこう書かれていた。


********

祖谷いや地方に残る民謡 「みたからの歌」


・九里きて、九里行って、九里戻る。

・朝日輝き、夕日が照らす。ない椿の根に照らす。

・祖谷の谷から何がきた。

・恵比寿大黒、積みや降ろした。

  →『エビス』、積みや降ろした。

  →『アロンの杖』、積みや降ろした。

・伊勢の御宝、積みや降ろした。

  →『イシェ』の御宝、積みや降ろした。

  →『モーセの十戒が刻まれた石板』が入った『契約の箱』、積みや降ろした。

・三つの宝は、庭にある。

・祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る。

  →祖谷の空から、『アタシャイ』が三つ降る。

  →祖谷の空から、『あなたたちへの贈り物』が三つ降る。

・先なる車に、何積んだ。

・恵比寿大黒、積みや降ろした、積みや降ろした。

  →『エビス』、積みや降ろした、積みや降ろした。

  →『アロンの杖』、積みや降ろした、積みや降ろした。

・祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る。

  →祖谷の空から、『アタシャイ』が三つ降る。

  →祖谷の空から、『あなたたちへの贈り物』が三つ降る。

・中なる車に、何積んだ。

・伊勢の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした。

  →『イシェ』の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした。

  →『モーセの十戒が刻まれた石板』が入った『契約の箱』も、積みや降ろした、積みや降ろした。

・祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る。

  →祖谷の空から、『アタシャイ』が三つ降る。

  →祖谷の空から、『あなたたちへの贈り物』が三つ降る。

・後なる車に、何積んだ。

・諸国の宝を、積みや降ろした、積みや降ろした。

  →『ショコ』の宝を、積みや降ろした、積みや降ろした。

  →『マナが入った金の壺』を、積みや降ろした、積みや降ろした。

・三つの宝をおし合わせ、こなたの庭へ積みや降ろした、積みや降ろした。

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