第6話 ヘブライ語

 私は、勢い込んで結城に聞いた。私は、いつの間にか、この都市伝説に夢中になっていた・・・


 「そうか、そう考えると、全てが繋がってくるな。と言うことは・・・『伊勢』をヘブライ語の『イシェ』に置き換えて解釈したように、この不思議な民謡の歌詞もヘブライ語に置き換えて考える必要があるわけだな?」


 結城が我が意を得たりとばかりにうなずいた。


 「藤堂。そのとおりだ。そして、考えるべきなのは、きっと名詞だよ。この歌詞の中のヘブライ語の名詞が、長い年月が経つうちに、発音がよく似た日本語の言葉に置き換えられていったんだ。だから今度は、それを逆に、日本語をよく似た発音のヘブライ語に置き換えれば、昔の本来の意味が読み解けるはずだよ」


 私は手の中の歌詞を覗き込んだ。

 

********

祖谷いや地方に残る民謡 「みたからの歌」


九里きて、九里行って、九里戻る。

朝日輝き、夕日が照らす。ない椿の根に照らす。

祖谷の谷から何がきた。

恵比寿大黒、積みや降ろした。

伊勢の御宝、積みや降ろした。

三つの宝は、庭にある。

祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る。

先なる車に、何積んだ。

恵比寿大黒、積みや降ろした、積みや降ろした。

祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る。

中なる車に、何積んだ。

伊勢の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした。

祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る。

後なる車に、何積んだ。

諸国の宝を、積みや降ろした、積みや降ろした。

三つの宝をおし合わせ、こなたの庭へ積みや降ろした、積みや降ろした。

********


 「名詞と言ってもいっぱいあるなぁ」


 結城も自分が持っている歌詞を見ながら言った。


 「いや。考えるのは、『宝』に直接つながる名詞だけでいいだろう。つまり、『恵比寿大黒』、『伊勢』、『御龍車ごりゅうしゃ』、『諸国』だな」


 美咲も歌詞を覗き込んでいる。美咲が言った。


 「この歌詞からすると・・・

  『恵比寿大黒、積みや降ろした、積みや降ろした。』

  『伊勢の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした。』

  『諸国の宝を、積みや降ろした、積みや降ろした。』

 ですから、三つのお宝が、『恵比寿大黒』、『伊勢』、『諸国』で表されていますよね。そして・・・

  『祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る。』

ですから、それらの三つのお宝を総称して『御龍車ごりゅうしゃ』と呼んでいるんですよね」


 結城が大きく頷いた。


 「うん。美咲さん、見事な分析だよ。それに違いない」


 結城に褒められて、美咲の顔がパッと明るくなった。だが、結城はそれに気づかない様子だった。結城が続けた。


 「では、今の美咲さんの分析を頭に置いて・・・『伊勢』から考えてみようじゃないか。『伊勢』は『イシェ』、つまり『焼き尽くす犠牲』という意味で『焼かれたエルサレム宮殿』を表す言葉だったね。すると、この・・・

『伊勢の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした。』

というのは、『焼かれたエルサレム宮殿』にあった宝ということになる。


 つまり、こういうことじゃないのかな。


 さっきも言ったように・・


 もともと、『契約の箱』には、『モーセの十戒が刻まれた石板』、『マナが入った金の壺』、『アロンの杖』の三つが入っていた。


 しかし、ソロモン王の時代にエルサレム宮殿が出来たときは、『契約の箱』の中には『モーセの十戒が刻まれた石板』のみが入っていた。そして、この『モーセの十戒が刻まれた石板』が入った『契約の箱』はエルサレム宮殿に置かれた。つまり、『マナが入った金の壺』と『アロンの杖』はエルサレム宮殿ができる前に、『契約の箱』から出されて、どこか別の場所に置かれていたわけだ。


 一方、『伊勢の宝も、積みや降ろした、積みや降ろした』の『伊勢』というのは、『イシェ』つまり『焼かれたエルサレム宮殿』を指している。


 だから、『伊勢の宝』というのは、『モーセの十戒が刻まれた石板』が入った『契約の箱』以外は考えられないことになる。なぜなら、『マナが入った金の壺』や『アロンの杖』は、『焼かれたエルサレム宮殿』以外の場所にあったわけだからね」


 私は結城の推理に驚いた。確かにその通りだ・・・


 結城は学生時代から、頭の回転のよさで、友人たちから一目置かれていた。それは今も変わらないようだ。美咲は眼を輝かせて、結城の説明に聞き入っている。


 私は結城に言った。


 「なるほど。ということは、『恵比寿大黒』と『諸国』が、残る『マナが入った金の壺』と『アロンの杖』を表しているんだね。でも、どちらがどっちなんだろう?」


 すると、結城が美咲に言った。


 「まず、『恵比寿大黒』から調べてみよう。・・・美咲さん、ヘブライ語で、『エビス』または『ダイコク』という言葉はあるだろうか?」


 美咲がパソコンを操作していたが、少しして、顔を上げた。


 「結城先生。ありました。『エビス』はヘブライ語で『砦の島』または『要塞の島』を意味する言葉です。『エ』が島を意味し、『ビス』が要塞や砦を指すようです。で、この『エビス』という言葉は、地理的な特徴や重要性を表すのに使われることがあったそうですね。一方、『ダイコク』という言葉はヘブライ語にはありません」


 私は腕を組んで、天井を仰いだ。


 「う~ん。『砦』、『要塞』、『島』かぁ。・・・どれも『マナが入った金の壺』と『アロンの杖』とは違うなぁ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る