第4話 伊勢神宮

 薪ストーブの熱気が私を包み込んでくる。結城が手の中の歌詞を見ながら口を切った。


 「では、まず、先ほどの疑問の・・・何故、祖谷の民謡に伊勢が出てくるのかを考えてみよう。この歌詞を読むと、伊勢から祖谷に宝が渡ったように書いてあるね。その宝が都市伝説で言われるように、『契約の箱』だとしたら、『契約の箱』はイスラエルから伊勢にわたって、伊勢から祖谷に移動したことになるわけだ。では、美咲さん、手始めにパソコンで祖谷と伊勢の関係を調べてもらえないだろうか?」


 美咲が「はい」と答えて、パソコンを操作した。しばらくすると、美咲が首をひねった。どうにも浮かない顔をしている。


 「祖谷と伊勢を結び付けるものは何も出てきません。三種の神器の一つである『草薙剣』が、祖谷から伊勢神宮まで運ばれたという話もありますが、もちろん、これは伝説の域を出ません」


 結城も首をひねった。


 「伊勢神宮? では、歌詞の伊勢というのは、伊勢神宮のことかもしれないね。では、今度は、『契約の箱』と伊勢や伊勢神宮の関係を調べてみよう。『契約の箱』と伊勢とか伊勢神宮は何か関係があるのかな?」


 「調べてみましょう」


 美咲が再びパソコンに取り掛かった。少しして、今度は明るい顔を見せた。


 「伊勢と『契約の箱』の間には、特に関係は見られませんが・・・伊勢神宮と『契約の箱』の間だったら、いろいろと言われていることがあるみたいですね。


 まず、古代イスラエルでは、『契約の箱』を納める場所を幕屋まくやと言ったそうです。これは、聖書に登場するもので、幕を張って仕切った移動式の神殿を指しています。幕屋は、イスラエルの民がモーセに連れられて、エジプトから出て放浪の旅をしている間、『契約の箱』を納める場所として、礼拝の中心を成すものでした。このため、幕屋は、イスラエルの民が放浪しながら場所を移動するたびに、解体、移設を繰り返してきたわけです。


 一方、伊勢神宮では20年ごとに式年遷宮しきねんせんぐうが行われます。これは古い社殿を取り壊して、神様に隣接地の新しい社殿にうつっていただくというものです。この20年というのは、古代イスラエルでの大きな区切りの年数だったと言われています。このため、式年遷宮は、古代イスラエルの『移動のたびに幕屋を解体し移設すること』を踏襲したとする説があります。


 また、ラビと呼ばれる『ユダヤ教の教師』だった人が、伊勢神宮の警備の仕方を見て、古代エルサレム神殿で行われていた警備の仕方とまったく同じであることに驚いたという話もあります。


 さらに、古代イスラエルでは『契約の箱』を『アーク』と呼んでいました。『アーク』とはヘブライ語で『舟』のことです。一方、伊勢神宮では、御神体を納める箱を『御船代みふなしろ』と呼んでいます。


 このように、『契約の箱』と伊勢神宮の間には、共通点がいくつも見られるのです。このため、『契約の箱』はイスラエルから伊勢神宮に移されたという説があるそうなんです」


 私は、結城と美咲を交互に見ながら言った。


 「すると、その、『契約の箱』がイスラエルから伊勢神宮に移されたという説を信用するならば・・・この歌詞に書かれている『伊勢の御宝、積みや降ろした』の『御宝』というのは、やはり『契約の箱』のことで、伊勢神宮にあった『契約の箱』を何かに積んで運んで、祖谷で降ろしたというように読めるね」


 すると、美咲が私を見ながら反対した。


 「でも、藤堂先生。この歌詞には、『三つの宝は、庭にある』とか、『祖谷の空から、御龍車ごりゅうしゃが三つ降る』とありますよ。ですから、宝は三つあったと思うんです。『契約の箱』だけだったら、宝は一つでないとおかしいように思いませんか?」


 私が「う~ん」と唸っていると、結城が答えた。


 「その三つの宝というのは、たぶん、『モーセの十戒が刻まれた石板』、『マナが入った金の壺』、『アロンの杖』の三つじゃないかな。この三つは当初、『契約の箱』の中に入れられていたと言われている。


 ここで、『マナ』というのは、イスラエル民族がエジプトから脱出する途中、荒野で神から与えられた食物のことだよ。この食物は『マンナ』とも呼ばれ、神の恵みとして毎日提供されたらしい。


 一方、『アロンの杖』は、モーセの兄アロンが使用したとされる不思議な杖のことだ。この杖は、様々な奇跡を起こす力があったとされている。例えば、エジプトのファラオに対する十の災いの際に使用されて、ナイル川の水を血に変えたり、あるいは、海を割ってイスラエル人を救ったりしたと言われている。


 しかし、『契約の箱』とこの三つの宝は行方不明になってしまったんだ」


 私は結城に聞いた。


 「結城。それら、『契約の箱』と三つの宝は、どうして行方が分からなくなったんだ?」

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