第三章 孤独な挑戦者

第15話 退職

あれから、2週間が経った。

今は有名チェーン店の焼肉店で週3日8時間のフルタイムでバイトしている。


〈2週間前〉

俺は、図書館で覚悟の一件から翌日、会社へ行き、課長の机へ退職届を提出した。突然の退職希望に座っていた課長は驚愕というより心配の表情が勝っていた。

「……陽介。何か、あったのか?あっ、っ、えっ、、もしかして、俺が何か悪いことをしてしまっていたのか?」

「いえ、自分の為です。課長は、この会社の人達は何も悪くありません。むしろ、これまで支えて頂き感謝しています。」

「じゃあ、どうして…。」

「単刀直入に申します。……自分は、夢を諦めていました。具体的には言いたくないですが、とにかく、いざ行動して振り返ったら自分が思っていた人生ではなかったんです。」

そう、俺はずっと抜け出せない海の中に沈んでいたんだ。薄々抱いていた大切な夢のために自ら動き出したわけでもなく。

でも、その深い深い海の中から引き上げてくれたのは健太だった。彼は天にも、地にも、海にも、対応し、本来人間として必要なエネルギーを導いてくれた。

「2週間後、ここを辞めます。それまで、今ある仕事を全て片付けます。」

課長は目を瞑り、一呼吸して落ち着かせた。

「…わかった。理由はどうあれ辞めるんだな。自分の意志で決めたなら誰も責めることは出来まい。去る者追わず、だな。」

課長は理解したのか、肩の力を抜いた。

「よしっ!2週間後だな。それまで徐々に陽介の担当物件を減らしていく。もちろん、辞めた後の引き継ぎを他の者へ回せるよう手配しとくよ。ゆっくり準備して夢を目指せよ。」

「ありがとうございます!」

深々とお辞儀をする。本当に良い上司に恵まれたんだな。

「あー、ま、お前の性格上、賑やかな退職記念飲み会は嫌だろ?だから、やらないことにしとくよ。」

「マジで感謝します。」

課長は笑顔になる。

「いいのいいの。本当、陽介は生真面目で、今年なんかは一番社内で優秀だったから寂しいよ。今後は大変だなぁ。」

「ま、…応援してるよ。」

課長は真剣な眼差しで答えた。


それから2週間が経過して無事退職した。働いてた年数は浅いから退職金は少ないけど。バイトを励み、残りの時間は勉強や絵描きに充てている。無論、毎日6時間は要している。不安定なら尚更本気で望まなければ。でないと空虚な時間で自分が潰されそうだ。

さて、あと少しで午前10時になる。よしっ!絵を描くぞ!袖腕を捲り机に腰掛ける。

窓から見える空は快晴そのもの。他のマンションや一軒家が光に照らされて建ち並ぶ。和室の狭い部屋で1人、木の机に白紙を置いてパソコンの画像から模写を始めた。ただひたすら紙のなぞる音が響く。

そういえば、あれから健太と連絡交換して別れたけど、以来全く連絡なしだ。どうしたんだろう?次回の日時もまた後で連絡すると言っていたはずだ。普通なら1週間以内に連絡が来るはずだが。けど、何故だか電話する気にはなれなかった。連絡をしようとすると妙に嫌気が指したからだ。別に彼を軽蔑して批難してるつもりではない。プライドが許さないといった子供染みた真似は普段からしないし。

俺の勘は昔から全く当たらない。

でも、今回だけは当たって欲しくなかった。

まさか、あの健太が…。




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