第7話 鑑賞という踏み出し

受付に歩む。

50代程の女性従業員が笑顔で受け答える。

「本日はどちらを鑑賞致しますか?」

おっ。どちら?受付テーブルには案内表記がされた紙があり、目をやると2つの作品内容があった。一つは全くわからない戦前の外国作家とその作品。一つは聞いたことのある日本の有名屏風・絵巻だ。大体平安時代のだ。

さて、どちらにしようか。この場合、屏風・絵巻を選ぶのが定石だ。よし!じゃあそれで!

と、決めた矢先、間髪入れるよう健太が口を開く。

「では、こちらの作家さんで。」

なっ!即答!

受付人が俺を笑顔のまま見る。「貴方はどちらにしますか?」ぐっ!どうしようか。んー。よし!有名絵巻はまたの機会だな。来週1人で行くか。これなら来週の休日での楽しみになるし。

「じゃあ、自分も同じく。」

「かしこまりました。値段は…。」

受付を済ませて鑑賞スペースへ。

作家の一番有名な作品がチケットの柄に施されていた。チケットを持ちながら鑑賞スペースを見渡す。壁には作品が額縁に納められて展示されていた。3m以上の物や手の平サイズまで大きさは様々だ。「はー。」

油絵とデッサンが主だ。隣の健太は…。あれ?いない。健太は先に歩き始めて所々ゆったりじっくり鑑賞していた。

俺も健太に真似てまじまじと眺めて鑑賞してみる。

当初はじっくり一つの作品を鑑賞しても何が面白いのかわからない。油絵でぐちゃぐちゃに描かれた街の風景。「何か変だなぁ。」

ふと、視界の端っこにある説明文が目に映る。おっ。ありがたい。…なるほど。これは作家が欧米在中に戦争が起き、その時の街並みの雰囲気を模って作成したのか。それを踏まえてもう一度眺めてみる。

「確かに!空が青黒く、人が黒く塗られている。争いをする人間の醜さ?作者はそう感じたからこんな風に描いたのだろう。かも。」

へーーー。他のも鑑賞してみる。

まるで人形のような少女が描かれていたり、音符が宙を舞っていたり、姿勢正しく社交的な見た目の叔父さんが堂々と立っていたり、娼婦が2人ベットに裸で寝そべっていたり、船と草木が描かれていたり、当時の競馬を写していたり。さらには理解不能な下書きっぽい黒鉛筆で薄く書かれた物も。幼児でも描けそうだ。まさに、綺麗から汚く描かれた物まで、多種多様だ。

不思議だ…。観た作品がヒシヒシと伝わって脳に浮かぶ。

絵って魅力がいっぱいだ。

全ての喜怒哀楽をこの展示会のみで感じられた。

「漫画に活かせそうだなぁ。」

あれ?今俺なんて?漫画に活かせそう?思わず口に出していたことに自分で驚愕した。

作品を全て見終えた。

いや〜、面白かったーーーーーーーー!

全身を縦に伸ばしながら出口に進み時計を見る。えっ!!もうこんな時間!?どうやら長時間鑑賞し滞在していたようだ。

健太は出口付近の休憩スペースの黒いベンチに先程の展示会の一部の作品がクリアファイルにされた物を持ちながら紙コップで暖かいお茶を飲んでいた。俺は健太の向かいに座る。

「おっ。観終わりましたね。」

「ああ!じっくり眺めてると色々発見できるし、知識も得られるから面白いね!」俺は高揚していたのか笑顔でハキハキと答えた。健太はフッと笑い目を合わせる。

「良かったです。僕もこれだから鑑賞がやめられません。一見興味のない、日常と関わりのない作品程、これまでの既成概念を崩され、最悪自分の捉えてきた概念が大きく変化します。いや、変化されちゃいます。ましてや、多種多様で面白いですし。」

「だな!わかる!面白い!何で鑑賞する気無かったのか、過去の自分が嫌になるわー。」

健太は頷きお茶を飲み、ふーっと一息つく。

「そうですね。やっぱり何事も踏み出す、ですね。例え、僅かな形から入っても。」

健太はお茶を目の前のテーブルに置き、右手の人差し指を上に、左手の人差し指を下に、お決まりのポーズをして述べた。

「人生は、物事の豊かさで決まる。それを決めるのは純粋な好奇心なのである。」

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