第5話 乗せられるエネルギー

公園を抜けて歩道に走入る。

さて、あとは目的地まで走るのみ。街中の規則正しく並ぶマンションに囲まれながら、2人はただゆっくりと走る。ペースは一定のまま。俺にきっちり合わしてくれてる。「一つ後の信号のある交差点を右に曲がります。右に曲がったらあとは一直線に進めば到着です。では、僕はお先に。」「はあ、えっ!?あっ。はあ、ちょっと!?」健太は飼い主から指示された餌を食べる前のお座り犬のように我慢していたのか、格段にペースが速まった。いや、速っ!足音がテンポ良く刻んで遠くの交差点を右に曲がっていった。それも歩行者の気配を上手く察知して事前にかわしながら。「ハァ、ハァ、なんて、ハァ、やつ。」

俺も全身から流れる汗を噴き出しながら交差点を右にようやく曲がる。もはや曲がる方向転換すらしたくない。今はそれ程へとへとだ。さっきから薄々感じていたが、これは衰え過ぎだ。明日筋肉痛間違いなしだな。すると、遠くに健太が立ったままこちらを見ていた。その背景には美術館があった。どうやら目的地はこの銀色で大きな美術館らしい。俺は何とか健太の側まで辿り着く。両膝を地面に着き四つん這いのまま息を整える。周囲の反応なんて関係なし。まさしく40キロを走り終えたランナーそのものの姿である。健太は何食わぬ顔で俺を上から見て話す。

「お疲れ様です。ゴールまで走り続けるのは大した根性です。」健太は右手の人差し指を上に。いやもうお決まりのポーズで言う。

「貴方は今日、自らの苦難を一つ乗り越えました。」

俺は顔を上げる。「ハア、ハア、ハア、…どうも。ハァ、ハァ。」

ひとまず休憩を挟む。

美術館に入る前にすぐ近くのコンビニへ寄る。

涼しい〜。飲料水コーナーに歩いて近付く。さて、コーラでも…。コーラを手に取りそのままレジへ向かおうと後ろに振り向いた時、健太が目の前にいた。「うおっ!びっくりしたー。」健太は物怖じせず、無表情のまま。いや、よく見たら懸念そうな表情だ。表情を変えて見せたのは初めてだ。「砂糖水。」「砂糖水?」いきなり何なんだ。相変わらずわからん。「陽介さん。今貴方が手にしている飲み物は苦労を無に帰します。否定はしませんが。失礼します。」「あ、おう…。」健太はそのまま俺と同じコーナーのとこから端にある500mlの水を取り出す。何だろう。説教されたわけじゃないのにされた気分だ。途端に自分が恥ずかしく思えた。もう一度手に持った冷えたコーラを見つめる。

「…………。」

買い終わり、健太は先に出入り口前に立って待っていた。

「おや?良いんですか?僕と同じので。」「ああ。誰かさんのおかげで。」

「フッ。」ん?今笑ったのかな?「いえ、別に陽介さんを煽って嘲笑った訳じゃありません。僕は感心したんですよ。まさか本当にコーラから水に変更するなんて。」「ほう。」健太は真剣な眼差しになる。

「今まで色んな人に注意しても真剣に考え直す者は数少なかったです。目先の欲に溺れ、結局後戻り。普通の人はそういうもんなんです。いつしか、僕の周りには誰も居なくなりました。長年の親友ですら。」「そうなんだ。」まあ、元々変人だし、心読めるしなぁ。

「でも、陽介さん。貴方なら、きっと今の現状を打破して自ら豊かになれるでしょう。コーラから水に変えたように。」明らかに本音、だな。ふっ。何だろ。初めて会ってから健太の活力に乗せられてるようだ。

「ああ。変わりたいさ。勉強以外で、今度こそ何かに打ち込んで大金稼いでやるさ!」

「いいですね。その域です。」

暑い日差しが2人に影を落とす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る