動く宝箱

 そうして二人は洞窟の中に入る。歩きながら、少年は気になっていたことを尋ねる。


「そういえば……おじさんこそ、どうして勇者がクリアしたダンジョンに今更来たの? あ、もしかして……勇者たちが取り損ねたお宝を狙いにきた感じ?」

「お宝? そんなものには興味がないね!」

 ロジャーはそう言って鼻を鳴らす。

「俺が欲しいのは、宝箱だからな」

「…………?」

 一体その二つの何が違うのだろう、と少年は小首を傾げる。


「お、早速お出ましだ。見ろ」

 ロジャーはそう言うと、前方を指さす。ロジャーの指さす方を見ると、確かにロジャーお目当ての宝箱があったが――箱は開いていて、その中身は既に、取り出されているようだった。

「うん……。でもあれ、からの宝箱だよ?」

「ああ、そうだな。だが、それがどうした?」

 ロジャーはからだというのも気にも留めていない様子で、宝箱を見て目を輝かせている。

「ど、どうしたって……」


 ロジャーは宝箱にゆっくりと近づくと、それを前にして立ち止まり、うっとりとした様子で眺めまわす。

「ほほう……。まだまだダンジョンの入口だからな、一見すれば何の変哲もない、簡易な木の宝箱だが……この側面の彫刻はどうだ。素晴らしいじゃあないか!」

「そ、そう……かな……?」

 突然宝箱について熱く語り出したロジャーを、少年は面食らった様子で見ている。


 しばらくの間、じっくりと宝箱を見つめていたロジャーだったが、ようやく宝箱から目を離すと、来た道を振り返り、大声を出す。

「おーい、バク! どこほっつき歩いてんだ! 宝箱があったぞ!」

「……バク?」

 少年は再び首を傾げる。


 すると、洞窟の入り口の方から何やらガタンガタンという音が聞こえてくる。

 かすかにハッハッハッというような息遣いも聞こえてきて、少年は一体何がやって来たんだろうと、音のする方に向けて目を凝らす。

(なんだろう、犬みたいな息遣いだけど、その割には足音がなんか違う感じだし……)


 そのまま目を凝らしていると、少年がまず目にしたたのは――――動く宝箱であった。

 それがガタンガタンと音を鳴らし、信じられない話だが――まるで地面を駆けているように見えた。


 そして、次に目に飛び込んできたのは――――宝箱の隙間から時々覗く、紫色の長い舌と、大きな白い牙であった。


「うわあああああっ! 化け物⁉」

 少年は顔を青くして、さっとロジャーの後ろに隠れる。そんな少年の様子を見て、ロジャーは笑って言う。

「ああ、悪い悪い……ビビらせちまったか。だが心配ない。あいつは俺の相棒のバクだ」

「あ、相棒……? あの化け物が……? あれ、確かミミックっていう、宝箱の中を住処にしてるモンスターなんじゃ……」

「お、ボウズ、流石は冒険者の姉がいるだけあって、よく知ってるな。その通り、あいつはミミックのバクだ。ダンジョンに潜る際にはいつも放し飼いして、ダンジョン内のモンスターなんかを好き勝手に喰わせてる。まあ、たまに貴重なものまで喰っちまうのが玉にきずだがな」

「で、でもなんであんなモンスターなんかを……」

「ま、宝箱を探してたらミミックってよく遭遇するものなんだが、あいつともまあ、そんな感じで出会ってな……いろいろあって今に至る」

「い、いろいろ……って」


 少年はミミックのバクを見る。バクは宝箱の口をかぱっと開けると(鋭い牙が宝箱の中にずらりと生えているのが見えて、少年は思わず身震いした)、ガラガラ声で挨拶をする。

「おいらはバク。そんじょそこいらの動かないたからばことは一緒にするなよ? それよか……おいロジャー。今日はなんでまた、こんなガキなんか連れてやがんだぁ?」

 少年はそれを聞いて、それならなんでまた、ミミックなんかを連れているのか聞きたいよ、と思ったが――ロジャーはどちらの質問もはぐらかす。

「ま、いろいろあってな……。それよりバク、モンスターやら死骸ばっか食ってねぇで、仕事しろ、仕事」

「なんだよぉ。せっかく勇者どもが荒らしてったダンジョンの中を、キレイにお掃除してやったのによぉ」

 バクはそう言って舌なめずりをする。少年はその大きな舌を見て、再び身震いする。


「ボウズ、こいつには、モンスターを掃除してくれる以外にも使い道があってな。むしろこっちがメインなんだが……見てろ」

 ロジャーは少年にそう言うと、再びバクに向かって言う。

「おい、今回のブツはこいつだ。木の箱だからってぞんざいに扱うな、傷一つ付けねぇように丸呑みしろよ。もし歯型なんかつけやがったらぶっ殺すからな」

「へいへい。重々承知ですよーだ」

 バクはそう言うと、宝箱の口をあんぐりと大きく開ける。少年は自分一人、楽に丸呑みできそうなその大きな大きな口を見て恐れおののき、慌ててバクから離れる。


 バクは、ばくん、と宝箱を丸呑みする。バクの宝箱の口の中に本物の宝箱が吸い込まれる様子を、少年は呆気に取られた様子で見ている。


 そうして宝箱を飲み込むと、やがてバクは口を閉じ、元の口の大きさに戻る。


「こいつの口の中は無限の空間になっているからな。そん中に俺の莫大なコレクションを収納してるってわけだ。どうだ、見かけとは違って便利なヤツだろ?」

(え、でもミミックの口の中って、汚くないの? さっきからモンスター食べてたみたいなのに……。 大事な宝箱みたいなのに、大丈夫なのかな……)

 少年はロジャーの言葉を聞いてまずそう思った後、もうひとつ別の疑問を口に出す。

「ところで、コレクション……? それって、もしかして……」

「そ、宝箱のことだ。さっきも言ったが、宝箱の中身なんかは俺にとっては興味が無い。俺が欲しいのは、宝箱なんだ」

「そ、外の宝箱って……空っぽの宝箱ってこと?」

「その通り。俺はからの宝箱の収集家なんだよ。人呼んで、宝箱ハンター。それが俺の二つ名だ」


 ロジャーはそう言うと、白い歯を覗かせてニカッと笑う。


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