空っぽの宝箱

 ロジャーはバクを再びダンジョンに放つと、少年と共に歩き出す。


 少年は先程からロジャーに対しいろいろ聞きたいことがあったが――その中でも一番に浮かんだ疑問を尋ねてみる。

「よくわかんないんだけど、おじさんって……どうして空っぽの宝箱なんかが欲しいの? 普通、宝箱の中に欲しいものがあるんじゃないの?」

 少年の問いかけを聞いて、ロジャーは逆に問いかける。

「じゃあ聞くが、ボウズは、どうして宝箱の中身が欲しいと思うんだ?」

「え、それは、宝箱の中に入ってるのは、お宝だから……? 宝箱の中には、役に立つものだったり貴重なものが入ってるから……」

「じゃ、その宝箱は、どうしてダンジョンの中にあるんだと思う?」

「え? それは、わかんないけど……モンスターとか、ダンジョンの主が大切に隠し持っていたものとか……なのかな?」

 少年の言葉に、ロジャーは手をあごに当て考える素振りを見せる。

「ふむ、確かにそういう説が一般的なのかもしれない。だが実際のところ、宝を保管するなんて知能すらないようなモンスターしかいない……そんなダンジョンにすらも、等しく宝箱は存在するんだぜ?」

「そ、そうなの?」

「それに、ただのモンスターなんかが、自分が持つ宝を保管するために大層立派な箱をわざわざ用意してるってのも、おかしな話だろ?」

「た、確かに……」

「……そこから考えるに、俺は、この世界にダンジョンが発生する……それと同時に宝箱も発生し、その後、ダンジョンに住み着く魔物がやってくる――――ダンジョンの成り立ちについては、そうではないかと考えている」

「そ、そうなんだ……」

 ダンジョンの成り立ちについてまで話のスケールが大きくなるとは思っていなかった少年は、なんとか話についていきながらも、きょとんとした顔をしている。


「仮にそうだとすると……さあて、ダンジョンに宝箱を用意したのは、そもそも誰だと思う?」

 突然そう問われた少年は、まごつきながらも答えを探す。

「えっ……? 宝箱を置いたのがダンジョンの主じゃないなら、そもそものダンジョンを作った……つまり、この世界を作った主……ってなると、えと、神様……とか?」

「……そう、宝箱とはすなわち、神から授かりし芸術品なのだよ!」

 ロジャーは頬を紅潮させそう訴える。少年はロジャーの突然の主張にぽかんとしている。

「え、宝箱が……? 宝箱の中身が、じゃなくて?」

「考えてみろ。宝箱の中身だけを、神が用意する……そんなことが、あると思うのか?」

「……あ……」

「否。宝箱の中の宝が神からの授かりものならば、外の宝箱も同様に神からの授かりもののはずだ。それなのに、勇者どもは神から賜りし宝箱はダンジョンに置き去りにし、中身だけを持って帰ろうとする。不思議だとは思わないか?」

「そ、それは……宝箱の中身は役に立つものだけど、外の宝箱は使えないし……それに箱まで持ちだすとかさばるし、荷物になるからじゃ……?」

「ま、無限収納を持つバクを連れた俺とは違い、持ち帰られるものに制限がある中じゃ、一般的にはそう考えるんだろうがな……。だが宝箱を何よりも愛でる俺からすれば、全くもって理解できないことなんだよ。……しかしまあ、そんなのおかげで、俺は宝箱を楽に手に入れられるんだし、感謝すべきなんだろうがな」

「ぽ、ポイ捨て……?」

「ポイ捨て系勇者、つまり宝箱をダンジョンに放置したまま、中身だけ持っていく勇者のことだ。ま、先程も言った通り、宝箱をダンジョン内に残してってくれる、俺からすればありがたくもある存在でもあるがな」

 ロジャーはそう言った後、眉をしかめる。

「それよりも迷惑なのが、功績自慢の……。宝箱が欲しいからではなく、『宝を持ち帰った』ってわかりやすく自らの功績を自慢したいがために、見栄えの良さを重視して宝箱ごと持ち帰る勇者のことだ。ったく、宝箱そのものを愛でるわけでもなく、その価値もわからず、見栄えがするからというだけで無駄に持ち帰るとは、迷惑極まりないぜ!」

 そうやって鼻息荒く文句を垂れているロジャーに、少年は疑問を投げかける。

「じゃあ結局おじさんは、宝箱が好きだから集めてるんじゃなくて、神様の贈り物だからって理由で、持って帰ってるの?」

 少年にそう突っ込まれたロジャーは、きまり悪そうに頬をポリポリと掻く。

「ああ……ま、その……なんだ。神からの授かりものだとか色々偉そうには言ったものの、実はそういうわけじゃねぇかもな。俺も最初は、宝箱そのものに魅了されて、持ち帰ったクチだからな」

(じゃあ、やっぱり宝箱の収集はただの趣味なんじゃ……?)

 少年はそう思ったが、口には出さないでおいた。


 ロジャーはそう思われたのを悟ってか、話を続ける。

「確かに、俺がただ宝箱が好きだってのは、紛れもない事実だ。だが……集めてるのはそれだけが理由じゃねぇ。今では俺は、神が宝箱をダンジョンに設置したのは、必ず何らかの意味があると思っている。だから俺は、宝箱の謎を解明しようとしているんだ。いわば、宝箱は貴重な研究材料でもあるんだよ」

「宝箱の……謎?」

 首を傾げた少年の耳元に口を近づけ、ロジャーは囁く。

「……実は、宝箱の中にあるお宝は、宝箱の持つ力によって誕生したものだという可能性があるのではないか……と、俺は睨んでいる」

「ええ⁉ 宝箱が、何か力を持っているって……?」

「そうだ。それが真実だとすると、本当に価値があるのは、中身のお宝じゃなく、それを入れている宝箱……。宝を生み出す宝箱にこそ価値がある、と俺は考えているんだ」

「ええ……そんな話、聞いたことないよ。本当なの? おじさんは、宝箱が好きだから無理やりそう考えるだけで、やっぱりただの箱なんじゃ……」

「そんなことはない。少なくとも俺は……集めた宝箱から力を得ている。宝箱がなければ、俺の命はとっくの昔に尽きていたはずだ」

 ロジャーは神妙な面持ちでそう言うが、どこか有り得ないと感じてしまうような眉唾ものの話に、本当なのかな……と少年は訝しむ。


「まあ……わかったよ。だからおじさんは、中身のない、空っぽの宝箱でも集めてるんだね」

「そういうこった」

 ロジャーはそう言うと、前方に見えている分かれ道を見つけ、足を止める。


「それより……ボウズ、姉さんの気配はまだ感じるか?」

 ロジャーの言葉に、少年は頷く。

「うん。むしろ、だんだん気配が近づいてきた感じがするよ」

「じゃ、この先分かれ道のようだが、右と左……どっちに進めばいいと思う?」

「ああ、えっと……。うん、こっちだよ」

 少年は分かれ道の左側を指さす。ロジャーはそれを聞いて、少年ににやりと笑いかける。

「助かるぜ。こっからもそんな感じで案内を頼む。ボウズの姉さんのいる場所までは、勇者も一緒に通った道のりだろうからな。それを辿っていけば、勇者ががっぽり持ち帰ったお宝が入っていたはずの宝箱を、ごっそり回収できるって寸法だ」

 そう言いながら得意げな様子のロジャーを横目で見て、少年は呟く。

「なるほど、おじさんが僕を連れてきたのは、そういう理由があったんだね……。なあんだ。僕が困ってたから助けてくれた、いい人なのかなって勘違いしてた」

 それを聞いたロジャーは笑う。

「まあそう言うなよ。持ちつ持たれつ、行こうじゃねぇか。お前は姉さんを助ける。俺はそこに至るまでの道中、宝箱を回収する。そうして無事、ボウズの姉さんが見つかった時にゃ……」


 ロジャーは目をぎらりと光らせ、舌なめずりをする。


「そこには、あの勇者が情けなく逃げ帰っちまうような、大物がいて――――大抵そういう奴の近くには、ダンジョン内で一番のお宝であり、最高の宝箱が眠っているはず……だろ?」


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