美しき白の醜悪

雨丹 釉

第一話 美しき白の醜悪(一話完結)

 これは彼女と、彼女を取り巻いた人間達の話です。なんのことはない、ただの平凡な女に身を破滅させた者どもへのレクイエム、いいや、そんなご大層なお題目など要らない、ゴシップ記事の陳腐な見出しにも劣る、腐敗政府が謳うプロパガンダ、あるいは僧侶の酒臭い口から吐き出される経典の一節のような、聞くに堪えない醜悪な言葉の羅列に過ぎません。


 彼女の白い肌に散った鮮血は、穢れでもって彼女を魅力的に飾り立てるのです。彼女の持つ、繊細なまぶたに縁取られた琥珀色の瞳。その奥から放たれる無色透明の視線は、何も考えていません。そこに意味を見いだすのは、いつだって彼女に囚われた人間達のほうです。


 彼女は白痴です。


 どうしようもなく、空っぽの頭を首の上にくくりつけているだけの、案山子にも劣る存在です。


 それだというのに人間達は、その顔面から生えた唇に触れようと躍起になり、そこから漏れ出る言葉を聞くために、耳の穴を丹念に掃除するのです。しかし彼女の華奢な喉の奥には、声帯の形をした腫瘍があるだけだ。毒だ。彼女の声は猛毒で、それが生み出される喉は病巣だ。


 ああ、彼女のためにこんなに言葉を尽くすだなんて、なんて愚かな行為に時間を費やしたことだろう。


 ひとりの男は、会えない彼女を夢想しつづけ餓死しました。その妻は、彼女よりよほど美しく知性に満ちたかんばせを、嫉妬に歪めて憤死しました。彼らの幼い子どもは彼女を目にして以来、悪夢に苦しむようになりました。


 彼女のことを語るより、彼女の餌食となった人々を語る方が、まだ有意義というものだ。彼らには素晴らしい生い立ちと、輝かしい未来があり、それらが塵のように崩れ去ったさまは実に悲劇的、百年先まで語り継がれるべきだ。


 いやしかし、つまらないのだ。彼らのような実直で、まともで、知性を蓄えた、賞賛と同情を一身に受けるべき人々の話など、まるで味のないスープ、蹴飛ばす価値すらない路傍の小石、木の根にへばりついた粘菌、女郎蜘蛛が体液を吸い尽くした餌の死骸、とにかくそういった類いのものに近しい。


 さて、語っているうちに時間が経ってしまった。


 この白い大理石の床は、彼らの墓標なのだ。

 いや、彼女の足に踏みつけにされるだけの、ただの舞台装置だ。

 


 私の話はここまでだ。

 ええ、これで終わりますとも。

 

聞こえるだろう、ほら、彼女の足音が近づいてくる。

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美しき白の醜悪 雨丹 釉 @amaniyu01

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