第2話 雇われ魔法使い

「やーっと見付けたぁ……全く、なんだって年寄りと魔法使いは好き好んで僻地に籠るんだよ。どいつもこいつも」


「どちらも偏屈者の終着点であって、必ずしも一般的なご老人や魔法使いに当て嵌まるわけではないね。お孫さん」


 とはいえ……と手庇てびさしを作り鬱蒼と茂る森を見渡す。魔法使いとしては若輩者ながら、完全に人里離れた僻地の自由度には心惹かれるものがある。

 ここまで人を避けた場所に居着くとは、何かを隠匿したいからでは。そんな邪推をしたくもなる。私を雇った青年も祖父について多くは知らないそうだ。


「正直なとこ、手紙が届くまで存在を忘れてたくらい。自分の死期が近いから後を頼むって言われても困るよ。まあ遺体を放置出来ないし、仕方ないけどさ」


「雇って貰えて感謝しているよ私は。かつて大陸に名を馳せた癒しの魔法使いが晩年を過ごした屋敷を、生で見学させて頂けるんだからね」


「あー、本当に助かりましたよ。もし魔法のかかった部屋とかあっても、俺には対処出来ないんで」


 魔法が使えないというお孫さんには、ここまで来る術もなかったのだ。

 確かに砂漠も山越えもしたからね。空を飛べないとしんどいだろうね。


「ゴミ? いや目印かな、紙屑が落ちてる」


「つまりここなのか」


 緑の中に佇む古びた屋敷。無駄を削ぎ落とした平屋建てはあまりに素っ気ない。

 広いだけの箱か牢……いやリボンをかけられるだけ箱の方が洒落ているかな。

 蔓草の這う外壁には罅、窓ガラスは割れている。経年劣化した建物にありがち歪んで開け難い扉。下の方に鼠穴があった。ブンブンと煩い羽音もする。

 これはもう取り壊すしかなさそうだ。お孫さんの苦労が偲ばれるね。


「うわっ……やっぱ臭うな」


「死後幾日経過したか分からないしね。当然こうなってても不思議じゃないさ」


 蜘蛛が巣を張った天井を見上げ、チラチラと光って舞う埃っぽい廊下を進む。

 異臭の元凶は屋敷の主のご遺体、その腐敗臭だ。弔いの為にも外へ出さないと。

 しかし癒しの魔法使いの屋敷らしく、研究用に収集された標本は種々様々に。

 ガラス瓶の中で薬液に浸かり時を止めている物、骨格標本に至っては自ら骨組みをしたんじゃなかろうか。欲しいなぁ。


「じいさん、お邪魔するよ」


 踏み込んだ部屋の中、椅子に座ったまま心臓を押さえて息絶えた亡骸がある。

 短く祈ってから二人でご遺体を弔った。土を掘り、魔法の火で焼いて埋葬を。

 今は蠅と腐臭を散らすべく、全ての窓を開け放っている。ついでに検分だ。

 お孫さんが不思議そうにガラス瓶を手に取った。環境再現の箱庭かな。


「これは何を研究していたんだろう」


「さあ、私にはただの箱庭に見える。ああいや、この容器が魔法の産物なのかも」


「中身じゃなく容器を調べてたのか。この蜘蛛の巣とガラス片は一体……」


「窓ガラスが割れていたから、破片を入れておいたのだろうけど……最早迷宮入りだね」


「あの、俺魔法ってよく分からないんですけど。これに何を入れたかったんでしょうかね」


「それこそ彼の研究資料を漁ってみないことには、なんとも」


 やばいことしてなきゃいいけどなぁ、とぼやくお孫さんの願い虚しく、故人の研究テーマは非人道的と言わざるを得ない。見付け出した日記にはこう記述されていた。


「人造生命体……彼は母体を介さず人間を生み出そうとしていたようだね」


「悪魔の研究じゃねーか! あのジジイ、人の心ってモンがねーのか!」


「ふむ、中々強烈に胸糞悪い経過を辿っている。けど流石……最終的に成功したらしいな」



***


 ──遂に成功した。この新たな命をクルスと名付ける。

 世界でただ一つの命、この小人はいずれ全く新しい魔法の形を宿すだろう。


 クルスが生きていられる環境を保つ箱庭の魔法も、副産物であれ有用だ。

 箱庭の魔法があれば貴賎を問わず赤子の生存率が上がることだろう。

 犠牲は払ったが、その数を上回る子供達が育てば。それが唯一の償いだ。


 クルスの生育は順調、既に魔法を使えるようだ。

 空を飛ぶ姿は妖精のよう。もしや私は妖精を生み出したのか?


 クルスは非常に知性がある。外に出られず退屈だと言うから材料を揃えた。

 箱や瓶の中を庭にしてはどうかと。被造物に創造性は宿るのか、興味深い。


 箱庭遊びが気に入ったらしい。クルスは中で寛いでいる。

 藁を重ねハンカチで覆ったベッドが好きだと言う。

 次は糸と綿でもやろうか、工夫次第で枕になるだろう。


 最近の箱庭は凝った物が出来ている。遂にはインテリアまで考え出した。

 藁や草を敷き詰めただけの処女作とは比べ物にならない完成度だな。

 磨かれて行くのが目に見えて分かる。子供と同じだ、クルスは成長している。


 家の中が箱庭とガラス瓶に占拠されてしまった。瓶詰めだらけは元々か。

 だが小さな景色を見るのが楽しみになって来たかもしれない。

 クルスには庭師の才能があるのか。なんとも皮肉なことに。


 近頃心臓が悲鳴を上げている、随分身体にガタが来た。

 寝る間も惜しんで研究に明け暮れた頃のようには行かんな。

 私に天命が訪れた後クルスをどうすべきか……


 手紙を出した。だが魔法の使えぬ縁者に相続させても手に負えまい。

 どうにか自分で片を付けられるよう、一工夫するとしよう。


 私が死ぬと同時に屋敷の魔法が全て解けるようにしておいた。

 箱庭の魔法も。整えた環境でなくばクルスは長く生きられぬ。

 それで幕引きとしよう。野に解き放つよりは、まだ……


「もういいよ!」


 ばさりと日記が払い落とされた。お孫さんには酷な話だったろう。

 私としては管理出来なくなった以上、処分はやむなしと思うけれど。


「やめてくれ、そんなの見たくもない! 命と神への冒涜だ!」


「……癒しとは、命や神の創り出したもうた奇跡を、最も理解する必要がある魔法さ。ただ闇雲に遠ざけるべきでないと思うよ」


「ならどうぞお好きに引き継いでくれ。この中のどれでも五つ好きに持って行ってくれ。それが報酬の約束だから」


「本当に構わないんだね。偉大な魔法使いの遺産で、貴重な研究資料だけど」


「ああ……八つ当たりして申し訳ない。約束は守るよ。あなたにはお世話になったし……どうぞ、どれでも選んでくれ。俺は外の空気を吸っているからごゆっくり」


「ではお言葉に甘えて。お孫さん、物事には良い面も悪い面もあるものさ。気を落とさないで」


「……ありがとう」

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