[箱入り娘の庭作り]

波津井りく

第1話 箱入り娘

「苔はふかふか柔らかでー、ぐるぐる茎を植えましょねー」


 ご機嫌な鼻歌で私はくるんと一回転。まだ足元はツルツルと味気ない。

 これから綺麗に整えて緑溢れる景色にしてくの。お庭作りは重労働なんだから。

 でも博士が元気を出してくれるように、今日も頑張らなくっちゃ。


「博士ー、見て見て。ハウススパイダーの糸があってね、これでたくさんキラキラを吊るせば、きっとお部屋もお庭も明るくなると思うの!」


 サンキャッチャーって言うの? 光が床や壁に当たって宝石みたいに見える。

 あれなら綺麗だし博士も喜ぶはず。だからしっかり作るのよ。

 透明だったり白くなってたり、いろんなガラスを蜘蛛の糸で繋いで行く。


「名付けて宝石集めのお庭。どうかな博士!」


 博士はいつもの場所で椅子にかけ胸に手を当てている。穏やかで物静かな博士は駄目なんて言わないのは分かってるけどね。

 だって好きなことをしなさいって許したのは博士だもん。お庭作りの材料だって博士が用意してくれたし。まあ私が毎日励み過ぎて、材料ほとんど使っちゃったけど……


「使えそうな物を探して自分で調達すれば大丈夫。何かを生み出すのは創意工夫だよ! 博士も言ってた!」


 私はお庭を見回す。緑は増えたけど彩りを増やしたい。赤い木の実とか白い枝の木とか、そういうのが欲しい。うーん悩ましい……


「ちょっとだけ外に出て材料を探そうかな」


 家の外には出ちゃいけないって止められてるけど、危なくないようにそーっとなら平気だよね。勿論博士に黙って行ったりしないけど。心配させたら悲しいもの。


「……博士、私お庭作りの素材がないか、ちょっと外で探して来るね。すぐ戻るからね」


 ちゃんと伝えれば博士は駄目とは言わない。私は生まれて初めて外に出た。

 穴を通り日差しのある向こうへ踏み出せば、世界は途端にお喋りと化す。新鮮だ。

 風の音しかしない部屋の中と違って、葉の騒めきも鳥の囀りもくっきりしている。


「うわあ」


 青い空に浮く雲をお庭に敷き詰められれば、きっとお昼寝が楽しいのに。

 大きな草を踏み越える。傘にぴったりなレースのキノコ、これ欲しいなぁ。

 あっちに花が咲いてる、黄色なのが良い。パッと明るく見えるもんね。


「うふふ、素敵なお庭が出来ちゃうなー! 博士吃驚しちゃうかも!」


 博士ってば、ずーっと椅子に座ったままなんだもの。研究中はずーっと……


「博士も一緒に来てくれたら良かったのに」


 危ないからお外に出ちゃいけないって。どうしてかな。

 私が小さいから? 博士としか会わなくて何が危ないか分からないから?

 どうして私は博士と全然違うんだろう。どうして博士は何も言わないんだろう。


「えいしょ、よいしょ……」


 たくさんの素材を集めて私はお屋敷に戻った。お庭作りの続きしよ。

 ツルツルだった底に少しの土と苔を敷いて土台は出来てる。後は彩り。


「素敵なお庭が出来たら、博士もまたお喋りしてくれるよね」


 外から戻ると微かに変なにおいに気付く。部屋の中ってこんな臭いだったっけ。

 そんなの知らなかった。もっと外に出て比べたら、また違う発見があるのかな。

 博士はいつも通り椅子にかけたまま。研究って大変だね、博士だもんね。


 夜になって窓から満天の星明かりが見えた。あの星をたくさん花壇に敷き詰めたら、花の蕾の中まで光で透けて綺麗なのに。どうして空には手が届かないんだろう。


「鳥になったら届くのかな……あ、届ける。そうだ手紙!」


 私は閃いた。手紙ならここにいたままでも外の誰かと話が出来るの。

 お庭作りに手紙で友達作り……私大忙しだなぁ。出来たら博士にも教えてあげよう。

 明日も外で材料を集めて、実物の虫とか花とか色々観察してみようかな。


「遊ぶんじゃないよ、これは勉強! 博士の真似するだけだもんね!」


 ぴょんと窓辺を離れてベッドに入ると、博士にお休みなさいと言って眠った。

 風の吹き抜ける音がする。でもこの中はいつでも居心地良く出来ているの。

 博士が昔かけてくれた魔法、覚えてるよ。だってずっと一緒にいるんだもん。

 外は楽しい。いつか博士も一緒に……行こ……ね…………




 ブーンと聞こえて目が覚めた。どうして虫の羽音って神経にぞわっと来るんだろう。

 でも気付くと蜘蛛の巣に引っかかっていた。近頃よく見るね、不思議。


「じゃあ、ちょっと行って来よ。木の実とかあるかなっ」


 お庭が出来た何日か後、私は手紙を書いた。宛先はない。ただ誰かに届いて欲しい。

 遠くまで飛ぶように鳥の形に紙を折って、屋根からえいやと飛ばした。

 比べればもうはっきり分かる。部屋の臭いと風は全然違うなって。やっと分かったの。


「いつ届くのかな。手紙、博士はどうやって届けるんだろう」

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