揃わないルービックキューブを君に渡す
床の下
揃ったら付き合ってあげる
そんなふざけた事した彼女の首をへし折ったのはこんな事が何度もあったからだ。
二人で住むはずだった部屋は今では見る影もない。俺は揃わないルービックキューブに苛立ちをぶつけるようにガシャガシャ動かし続ける。最初の方は楽しかった。意地悪な彼女のそういう所が好きだった。
だけどこれが付き合ってからもだと流石にこっちも気が滅入ってくる。俺はお前の冗談に付き合わないといけないのか?
ガシャガシャ、速度が増していく。揃わないルービックキューブ、そんなの見れば分かる。こんな事何度もあれば流石にこっちも少し切れてしまう。そうすると彼女は酷く怯えるのだ。
まるで許しを請うように謝ってくるのだ。それもたまらなく嫌になっていた。俺はお前のプレイに付き合う道具じゃない。
ガシャガシャ、俺はそれを壁に投げつける。壊れない。頑丈すぎる、俺は近くにあった箱を蹴り飛ばす。小学生の時貰ったびっくり箱、彼女とは幼馴染。昔からいたずらが好きだった。
ルービックキューブを弄くり倒す。合わないのは分かっている。それでも弄らずにはいられない。俺はおかしくなっている。仕事も増えた、年を取れば責任も大きくなる、だが彼女はずっと彼女のままだった。
いつも大学生みたいな彼女の無邪気さは俺が騙される事で成立している。だけどそれが対等な人間関係か?ましてや結婚を明日に備えた花嫁のすることか?深夜、すっかり暗い中で俺は自分の怒りをぶつけるようにルービックキューブを回し続ける。
現実は少しずつ変わっている。変わらない事は美しい。でも、変わらなすぎるのは気持ち悪い。一貫性なんて適当で良いんだよ。その場しのぎで立ってるように見えれば良い。でなければどこかに歪みが生まれるだろ?そして俺はその歪みを受け止め続けたんだ。たまらない。
揃わない、全く揃わない、一面どころか全面揃わない。こんなの狂ってる。頭がおかしくなる。俺は速度を上げて更にルービックキューブを弄くり倒す。徐々に加速する手が震えていると気づいたのはルービックキューブ再度ぶんなげた後だった。
彼女は…おかしくなっていた。彼女の記憶が続いてないと気づいたのは数年前だった。元々、いたずら好きだったがそのいたずらが少しずつ子供の頃の繰り返しになっていたのだ。
『箱は開けてみるまで分からないでしょ?びっくり箱じゃないかも?』
幼い頃の彼女の口癖だった。俺は自分の頭を掴んで何度も掻き毟り、再度ルービックキューブを回す。部屋中に転がっている無数のびっくり箱。このルービックキューブをプレゼントされる前に渡されたびっくり箱。原因は分からない。でも分かることは一つだけ。彼女のおかしさに俺が耐えれなくなったという事である。
『へへ、また騙されちゃった』
幼い頃の俺はそんなふうに騙されることが楽しかった。過去の中にいる彼女はそんな俺の顔だけを思い出して生きていた。でも、俺は…普通に生きていきたかった。劇的な人生、そんな事は他の誰かがやればいい。俺はただ彼女と普通に生きたかった。なんでこんな目に。
「箱は…」
声、それは聞こえるはずのない声。びっくり箱の一つに記録されていたであろう録音装置が作動したのだろう。こういう工作が昔から好きだった。
「…開けてみるまで分からないね、これはびっくり箱じゃないよ」
へ、と思いながら俺はそのびっくり箱に近づく。去年貰ったそれの底から何かが転がって出る。それは…一枚の手紙だった。文字は幼い子供が書き殴ったような文字。でも内容は大人が書くような文章。それが彼女の正気の限界だった。
『ずっと頭にモヤが掛かってます。生きているのか死んでるのか分かりません。どうかあなたの手で…』
ひひ、変な笑みが溢れてしまう。自分は最後まで彼女に踊らされていたらしい。俺はひひとまた変に笑いながら彼女のそばに歩み寄る。壊れない揃わない
早く揃えないといけない、俺は
揃わないルービックキューブを君に渡す 床の下 @iikuni98
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