箱庭世界の管理者

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話

「うざってぇんだよ! このクソ野郎!!」


「ぐあっ!?」


 勢いよく蹴っ飛ばされて、俺は尻餅をつく。


「死ね!!」


 追撃の蹴りが顔面に叩き込まれる。

 衝撃で地面に倒れこむと、馬乗りになってきた女の拳が俺の顔を殴り続ける。


「お前なんか、生きてる価値ねぇんだよ! ゴミが! せめて、私のストレス解消の役くらいには立て!!」


「うぐっ……!?」


 相手の拳は固くて、殴られるとかなり痛い。

 口の中が切れたのか血の味がする。

 でも、俺は抵抗しなかった。

 抵抗したらもっと酷いことになるからだ。


 そう、今日のようなことは初めてではない。

 俺は日常的にイジメられていた。


「ふんっ! 今日のところはこれくらいで勘弁してやる!! 次、私に逆らってみろ。今度は、もっと酷い目に遭わせてやるからな!!」


 女は言いたいことを言い終えると、満足したように立ち去っていった。

 その背中を見送った後、俺はゆっくりと立ち上がる。


「……痛ぇ」


 殴られた場所に触れると、少し血が出ていた。

 ……あぁ、痛ぇなぁ。

 俺って本当に生きてていいのかな?

 こんな地獄みたいな世界で、なんで生きているんだろう?

 考えても答えなんて出ない。

 でも、考えずにはいられない。


「……帰ろう」


 俺は家に向かって歩き始める。

 そのときだった。


『ストレス値が規定値を超えました。箱庭世界の管理者権限を復旧させます』


「……えっ?」


 突然、目の前に青い画面が現れた。

 まるでゲームやアニメに出てくるような、近未来的な感じの画面だった。


「なんだ……これ?」


 戸惑いながらも、俺は画面に触れようとした。

 しかしその前に、頭の中に大量の情報が流され始める。


「ぐあっ!?」


 頭が割れるように痛い。

 あまりの痛みに俺はその場に膝をつく。

 激痛が収まる頃には、全てを思い出していた。


「――そうか。俺はこの箱庭世界の管理者だったな」


 今や、高度に発展したAIやコンピューター技術により仮想世界の構築が可能になっている。

 世界中の人々と共有された仮想世界もあれば、数十人規模の仮想世界もある。

 そして、中には1人で仮想世界を構築して楽しむマニアもいるというわけだ。

 現実世界の俺は普通の大学生だが、この仮想世界においては神に等しい権限を持つ。

 俺以外の人間は全員がAI。

 自分が人工知能に過ぎないということにも気付いていない、哀れな存在である。


「……ははっ」


 思わず笑いが零れた。

 どうやら、仕込みは上手くいったらしい。

 記憶を消した状態で、AIたちと共に学園生活を送る。

 自身の能力値を低めに設定しておき、周囲からのイジメを誘発させる。

 そしてストレス値が限界に達したところで、こうして記憶と管理者権限を取り戻すという筋書きだ。


「くくっ……。ただのAIをいたぶったところで、楽しくも何ともないからな……。やっぱり、人間はこうじゃなくちゃ……!」


 俺はニヤリと笑う。

 高度に発達した現代のAIは、人と遜色ない思考力を持つ。

 昨今では、人工知能にも人権を認めようなどという風潮すらあるほどだ。

 しかしもちろん、まだ法整備には至っていない。

 この箱庭世界で俺を邪魔する者など、誰もいない。


「ふふっ! 楽しませてもらおう。まずはさっきの女からだ……!!」


 現実世界の夏休みが終わるまで、まだまだ時間はある。

 まずはあのムカつく女をイジメ返して、ストレス発散でもさせてもらおうか……!!

 俺は笑みを浮かべつつ、歩き始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱庭世界の管理者 猪木洋平@【コミカライズ連載中】 @inoki-yohei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ