Kapitel 1
Folge 1 仕事人間の夢
(表示の都合上分かりにくいようですが、第一章の前に序章がありますのでどうぞご注意下さい)
アルマブリーク連邦共和国。
それは面積が四十五万平方キロメートルの国で、人口は約九千万人。その内の約二割が中心都市の一つであるベイエルク市で生活を営んでいる。規模としては全世界の真ん中より上位にランクインする位のものだ。ベイエルク市は中心都市というだけあって、日々大勢の人が出入りしている。無論、人の数と動きが多ければ多いほど、それだけ犯罪発生率も多くなるのは言うまでもない。
この都市にも、警察は存在している。その中でも、この国にとって表に浮上するとまずい事例に対処する専門部署は、〝
所属するメンバーは実戦慣れした凄腕揃いの顔触れが揃っていた。職業柄、
悪い言い方をすれば、普通の警察では対応出来ない事例が発生した際に、出動要請が出される「便利な掃除屋」だった。
◇◆◇◆◇◆
シュヴェールト本部がある建物の屋上の戸を開けたダーニエール・ロイスは、一人の同僚──薄いブルーのシャツの上から、ネイビーブルーのダークスーツの上着を肩掛けにしている男──に声をかけた。二重の切れ長のまぶたに覆われた、澄み渡る空のような色合いの瞳は、爽やかさと冷徹さを兼ね備えた光を帯びている。鼻筋が通り、彫りの深い顔立ちである彼は、立派な体躯にも恵まれており中々の美丈夫だ。そんな彼は金属製の柵にもたれかかりながら、タバコをゆっくりとふかしていた。
「おいラリー? ここにいたか」
ラリーと呼ばれた男は、声がした方向へと顔を向けると、眩しそうにアイスブルーの目を細めた。青く澄んでいる割にはどこかくすんだ色合いを見せる空に向かって、紫煙が一筋の糸のように立ち上ってゆくのが見える。ロレンツは額に落ちた金色に輝く何本かの前髪をかき上げると、薄い唇の間に挟んでいたタバコを、人差し指と中指の第一関節あたりで軽くつまんだ。その瞬間、風にあおられてブラウンのネクタイが翻った。どこか影を帯びた低音ヴォイスが唇をこじ開けるかのように押し出される。
「……何だ。お前か。ダニー」
「何だとはご挨拶だな……ところでお前、帰投途中でかわい子ちゃんを捕まえたんだってな?」
同僚兼友人の軽口に対して、ロレンツは形良い太めの眉をひそめた。やがて薄い唇の間から煙とともに、明らかに大きなため息が一つ押し出される。
「……莫迦。仕事だ仕事。危うく俺の財布が被害に遭うところだったのを、現行犯逮捕した。それだけだ」
「へぇ~あの可愛い黒猫がねぇ……」
同僚があの黒髪で覆われた生意気そうな顔を〝可愛い〟と表現するのは正直理解しかねた。がしかし、彼の身のこなし方のしなやかさについて、黒猫の例えは合点がいく。
「それを聞いて安心したよ。お前がてっきり宗旨変えしたのかと思ってな!」
「……?」
「だってさ、お前中々身を固めようとしないし、てっきり……ええっと、何だ? ショタ系というのか? てっきりああいう可愛い美少年系がイケる口かと……」
途端、ロレンツは苦虫を潰したような顔になった。思わず指先でタバコをそのまま握りつぶしそうになるのを、何とか思いとどまる。彼は別に悪い人間ではないのだが、勝手に人の性的嗜好を捻じ曲げないで欲しいものだ。
「……俺を変態にしたいのか?」
「まあまあそう凄むなって……真面目に捉え過ぎるなよ。しかし、勤勉というか生真面目というか、お前嫁さん探しもせず、良く仕事ばかり出来るな」
「どういう意味だ?」
「だってさ、お前、もうすぐ三十五だろ? 好きな相手とかいないのか? 何なら俺紹介するけど?」
彼は左の掌をひらひらと動かしている。その薬指には、小さな丸い宝石がついた指輪がはめられている。彼は先日パートナーと籍を入れたばかりだった。既婚者ならではの余裕を無意識にかもし出している友人を気にもとめず、ロレンツはばっさりと切り捨てるかのように言い放った。
「不要だ。俺は金を貯めて、田舎でゆっくり過ごすのが夢なだけだ」
「おいおい。その歳で何隠居ジジイみたいなことを言っているんだ!? 人生楽しいことはこれからたくさんあるだろうに」
「自由だ。人の夢を勝手に年寄り扱いするなって」
田舎のどこかに家を買って、牛や山羊を放牧して暮らしたい──それが彼の長年の夢だった。何かとストレスの多い世の中だ。この都市に住む社会人達もその例外なく、日々の生活から癒やしを求め、スローライフを夢見て田舎へ引っ越している者も多い。
しかし、そういう生活をするにも、兎にも角にも元手が必要である。
今の仕事も、いつまで続くか正直分からない。
貯蓄して、なるべく早く足を洗うに限る。
脳内で現実逃避していた彼の意識を、彼の友人は現実へと一気に引き戻す一撃を加えた。
「そう言やあお前さ、ボスが呼んでるぜ」
温暖な気候、穏やかな風に誘われるかのように揺らめいていた牧草と、牛や山羊の鳴き声に耳を傾けていた彼は、突然頭から水を浴びたような声を上げた。黒のホルスターサスペンダーをつけた薄いブルーのシャツに緊張が走る。
「莫迦野郎。それを早く言え! のんびり与太話をしている場合じゃないだろう……!?」
ロレンツは指につまんでいたタバコの火を、亜空間から瞬時に出現させた灰皿に乗せて即もみ消し、スーツの上着に腕を通しつつ、急ぎ足で屋内へと姿を消した。
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