第12話 怪談ってなに?

 約束の10時が来た、灰川はパソコンで配信画面を開き急いで準備をしていく。約束の時間は10時だが少し仮眠したら約束の時間5分前に迫ってしまったのだ。


「タイトルはこれで良いか、あとはマイクをつなげて…配信開始! はいどーも、灰川メビウスです。今日は怪談配信やっていきたいと思いまーす」 


 などと言ってみるが誰も来はしない、ついでに言うと今日はこの配信への入室はアカウント名、牛丼ちゃんと南山とコロンしか入室を許可してない配信にしてある。


 これで不測の事態は避けられる、今回ばかりは会議の延長線みたいな物だから仕方ない。


「まだ誰も来てないか、少し待つぞ牛丼ちゃん、南山さん」


 誰も来てない配信画面に向かって一人で喋り、1分も待たない内に二人がやって来た。


『牛丼ちゃん;こんちわー、来たよ』


『南山;お待たせしました灰川さん』


「待たせたのはこっちだよ南川さん、少し配信遅れてごめんね」


 他の者が入って来ないとはいえネットではエリス、ミナミと呼ぶ事は出来ない。二人のオンラインでの安全には万全を期す事に決めている。


「じゃあ早速始めるかぁ、この話は前にあったことなん……」


『牛丼ちゃん;ちょっと待って、お茶持ってくる』


「あ~OKだよ、待ってるって」 


 牛丼ちゃんが飲み物を取ってくる間に灰川は話す内容を頭にまとめる、しかし少し時間が足りなかった。タイミングをずらされると話し手の息が乱れてしまうものだ。




『牛丼ちゃん;戻ったよー、ゴメンゴメン』


「戻って来たね、じゃあ始めるよ」


 完全に息を乱されてしまったが、こういった事には対処のしようがある。それをする事にした。 


「え~、皆さんお分かりの通り、怪談話は下火の時代ですねぇ、でも今の世も変わらず怪談話は……」


『牛丼ちゃん;さっきと話の導入が違くない?』


『南山;何かあったんですか?』


「これは落語らくごっていう古典芸能のまくらって言ってね…本題の話に入る前に話し手が客や会場を見て話し方を決めたり、話を頭の中でまとめたりする話の最初の部分なんだよ…」


『牛丼ちゃん;ゴメン! 知らなかった』


『南山;申し訳ありません! 静かに聞きます』


 またしても息を乱されたが、逆に変な緊張が取れた気がしてこれはこれで助かった。ここは気負わず話をするべき時だろう、別にプロの噺家はなしかではないのだから。


「これは昔に聞いた話なんだけどさ」




  小学校のトイレ  


 ある小学校の女子トイレに幽霊が出るという噂があり、生徒達は怖がって近づかなかったり、面白がって休み時間に肝試しをしたりして反応は様々だったそうだ。


 幽霊は昔にトイレで死んだ女の子だ、学校の先生の幽霊だとか色々言われたけど、特に信憑性のある話は無い。何処にでもある学校の怪談の一つだった。


「みんな怖がり過ぎ!嘘だって私が証明してやる!」


 噂が広まって誰もそのトイレを利用しなくなった時に、高学年の強気な生徒が噂は嘘だと断じ、放課後にそのトイレに入って嘘を証明してやると言い出した。 


 その日の放課後に一人で噂のトイレに入り……翌日も普通に登校して来たらしい、だが。


「あのトイレ……行かない方がいいよ…」


 前日までとは人が変わったように例のトイレを怖がるようになったらしい、友達が何があったのか聞こうとしても喋らず、やがてそのトイレは学校側が封鎖して噂も下火になって皆が忘れた。



 卒業式の日に噂を試した子の友達が、あの日に何があったのかを聞くと「もう卒業だから言うね」と、今だに怖そうな顔をしながら語ったそうだ。


 あの日にトイレに入って個室でしばらく過ごしてると、夏だというのに急に寒気がして来て怖いという感情が一気に膨れ上がった。


 その時になってドアの向こうから声を掛けられた、声は担任の女性教師の優し気な声だった。


「○○ちゃん、早く出てきなさい? もう帰る時間よ」


「先生? うん、ちょっと待っ……」


 そこで気が付いた、トイレの入り口が開閉する音がしなかった、なんで個室に入ってるのが自分だと分かったのか……そう思った瞬間に全身に鳥肌が立って動けなくなってしまう。


「出てきなさい、もう帰る時間よ? 出てきなさい、もう帰る時間よ? 出てきなさい、もう帰る時間よ?」


「ぁ……ぁ…っ」


 壊れたボイスレコーダーのように全く同じ質、同じ大きさの声が繰り返される。


「ここから先を覚えて無いの……気絶したんだと思う…」


 見回りの先生に助けられたのか、自力で逃げたのかすら覚えてない。その子がそのトイレに近づく事は卒業の時まで一切なかったらしい。




「こんな話を聞いたってわけ、トイレの怖い話は鉄板だよね」


 灰川はオカルトが好きで何個もの怪談を知っている、中には灰川家に伝わる話などもあるが、今回は分かりやすい怖さの怪談を披露した。


『牛丼ちゃん;私の学校にもそういう話あったよー』


『南山;私が通っていた小学校にもトイレの怪談はありましたね』


「やっぱあるよなぁ、トイレってちょっと怖いもんね」 


 霊能者なら幽霊は怖く無いだろ?と言われたりするが、そんなものは人それぞれだ。それに怪談を怖がるのと幽霊を怖がるのでは少し精神の動きが違う物である。


「今のは子供でも分かりやすい話で、子供の視聴者が多い配信者なんかには良いんじゃない? 短い話だから子供の集中力でも聞けるし」


 それに関してはもう少し考えてからだ二人が決める事だ、誰かが配信を見に来るかも知れないこの場で話すべき事じゃない。


「じゃあ次の怪談いくかぁ! お次は~……」


 そのまま話を続けようとしたらコメント欄に南山から『待って下さい』と書き込まれたのだ。


『南山;もしよろしかったら怪談とはどのような物なのか灰川さんの考え方を教えて頂けませんか?』


『牛丼ちゃん;わたしも怪談の上手な話し方とか聞いてみたいかも!』


「え? ま、まあ……良いけど」


 この質問には悩んでしまう、怪談とは?なんて灰川は考えた事も無かったし、上手な話し方だって人によって千差万別だ。


 だがアドバイザーとしては何も答えない訳にはいかない、ここは知ってる限りの事は話そうと考える。


「分かったよ、まず南山ちゃんの質問から答える」


『南山;よろしくお願いいたします!』


「怪談っていうのは元々は死という概念や現象に関連する物語の事を言う」


 人には必ずついて回る現象である死、そこへの恐怖や得体えたいの知れなさ、理不尽さを、それらに感化された人々が作り出した、あるいは体験した物語とされる。


「古くは平安時代末期の文学にも記されてるけど、もっと昔からオカルトな存在は鬼とも呼ばれて恐れられてたって歴史がある」


『南山;鬼ですか、昔は鬼と幽霊は同じ意味だったんですか?』


「そういうのを遡るとキリが無くなるから、今回は怪談の話をするよ」


 自分から脱線しておいて都合が良いが、灰川は話を元に戻す。鬼の事などは灰川家の伝承にも残ってるのだが、誠治せいじとしては幽霊などが出るホラーの方が好きな性格である。


「怪談が大流行になったのは江戸時代、百物語が民衆の間で流行して、当時の大衆娯楽の落語や講談とかで怪談話が語られ、民衆が怖がったり楽しんだりして江戸の街では怪談が流行したんだよ」


 だんだんと灰川が饒舌じょうぜつになって行く、意外と知ってる物だと灰川自身も驚いていた。 


『牛丼ちゃん;百物語ってなに?』


「あ~そうか、オカルトが好きじゃないと知らない人が居てもおかしくないか、百物語は複数人が集まって怪談を100話すると霊が現れるってもの、1話やるごとにロウソクを一本消してくってやつだね」


 若い年代には知らない人も多い行事だろう、灰川自身もやった事は無い。


「江戸時代以前は各地の民間伝承や昔話と怪談の境目さかいめ曖昧あいまいだったけど、この辺から怪談って物が確立されていった」


 古典怪談の中には民間伝承や昔の昔話が形を変えて怪談として残った物も多々あると聞いた、鬼の伝承などはその類が多いとも書かれてるが、定かでない話もあるだろう。


「とにかく江戸時代の中期が怪談という物が出来上がった時代だな、鳥山〇燕とかの幽霊画も残ってるから、そこは確かなんだと思う」


『南山;名前を聞いた事があるかも知れません、教科書に載ってたような』


「そんで明治とかになると耳を幽霊に取られちゃうお坊さんの話とかが有名な作家に作られたり、東北地方の民間伝承を纏めた本を民俗学者の人が出したりして、今では都市伝説として昔とは違う様々な怪談として怖い話があり続けてる」 


 かなり省略したが大体はこんな感じだろう、知ってる事はまだああるが灰川としてはこれ以上話すと時間が掛かり過ぎるとして省きに省いたのだ。


『南山;勉強になりました、では灰川さんにとっての怪談とはどんな物なのでしょう?』


『牛丼ちゃん;そうだった!そっち聞いてない!』


「あ…うん…」 


 歴史を話して煙に巻くつもりだったが許されなかった、ここは正直に答えるのが一番だろう。


「俺としては怪談は死や生に関する話に限った物じゃないと思ってるし、それ以外にも怖い話はいっぱいある時代になったと思う」


 生きてる人間の怖い話、幽霊が出て来ない怖い話は現代ではいくらでもある。怪談もオカルトも時代と共に変わって行った。


 平安時代には陰陽師おんみょうじが居たが今は絶滅したも同然の状態、江戸時代にも祈祷師きとうしはいっぱい居たが、今は見かけることなんて無い。


 明治や昭和にもおがみ屋は居たが今は聞く事もほとんど無いし、平成にはホラー映画ブームがあったが詐欺じみた霊媒師れいばいしが出てきたり、怪異の存在の証明が出来ないことからオカルトの信用は落ちた。


「それでも俺は怪談とかホラーが好きだな~、時代が変わっても科学が発達しても解明されないって凄い事じゃん」


『牛丼ちゃん;霊能力があっても好きなの?』


「霊能力があっても好きだね、たとえ無かったとしても好きだったと思うぞ、それに霊能力があっても感覚的に解明は出来ても科学的には無理だしさ、機械にれない人間の生物としての本能って言うのかねぇ」


 物事の好き嫌いは能力の有る無しではないと灰川は考える、才能が無くてもスポーツが好きな人は居るし、専門分野でもない物事にやたら詳しい人間だって居る。


 霊能力やオカルトへの好奇心は生物としての本能がそうさせるのかもしれない、死や暗闇などへの無意識の恐れなどが昔の人のように残ってる、そう考えると自分は古い人間なのかもと思ってしまう。


「つまりは解明できてないから、怖いから面白いものって感じかな。なんか普通の答えだな、霊能者がオカルトを好きな理由としては失格だなこりゃ」


 これでは霊能力が無い人がオカルトが好きな理由と変わらない、でも本当なのだから仕方ないだろう。


『南山;お答え頂きありがとうございます! とても参考になりました』


「どういたしまして、聞かれなきゃ考えもしなかったから、俺もためになったよ」


 霊能力があっても怪談は怖いと思うし、後ろを振り返ったら幽霊が居ましたなんてなったら霊能者でも怖い。


 そういった原始的な感情を揺さぶられるオカルトというのが灰川は好きなのだ。




『牛丼ちゃん;つぎ私の質問だよ、どうやったら怖い話は上手く話せるの?』


「めっちゃ難しい質問だな~、怪談は人によってかなり違うから」


 怪談に限らず話というのは人によって大きく聞こえ方が違う、同じ話でもAさんが話すと面白いのにBさんが話すと面白くないなんてザラにある。


 それに加えて怪談は聞こえにくいようボソボソ喋るのが良いとか、ハッキリした声で話に引き付けるとか色んな説がある。そんな事を灰川は説明していった。


「そこは自分のスタイルを見つけるしかないんじゃないかな、怖がらせたいのか楽しませたいのかでも変わるとか言うし」


『牛丼ちゃん;うーん、もうちょっと詳しく!』


『南山;私も自分の怪談の形を見つけたいです』


「俺だって怪談のプロって訳じゃないし…まあ、知ってることなら教えるからさ」


 そこからは怪談の話し方の種類や説明を灰川の知る限りで伝えていく、your-tubeに上がってる怪談師の動画なども交えていった。



「じゃあ配信終わりまーす、今日も皆さんありがとうございました!」


『牛丼ちゃん;また明日ね灰川さん』


『南山;お疲れ様でした、今日も楽しかったです!』


 今日の配信が終わりページを閉じる、今夜はコロンこと佳那美かなみは来なかった。宿題でもあったか寝てしまったのだろう。


「ふぁ~~、疲れた!」


 あくびをして体を伸ばし、パソコンを付けたまま灰川は風呂場に行ってしまった。


 その時にインターネットのトップページに表示されてるニュースの欄に目を向ける事は無かったが、そこには



『労働法改定、来週に迫る!就学児童年齢の労働時間制限緩和、アルバイト等の働き方の裾野の変革の時代が来るか』



 というニュースが表示されていた。

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