第11話 初日の職場説明
翌日の午後になり渋谷のハッピーリレー事務所に来た、今日は平日なので時間帯的に電車も混むことなく疲れる事無く来れたのは幸いだ。
正面口から事務所のビルに入り受付を済ますと、昨日に会った木島さんがロビーにまで来て応接室に通される。
「こんにちわ、今日はよろしく」
「え? あ、こちらこそ」
応接室には先に30代後半から40代と思われる男性が居た、灰川はその人物を見た事があり、ハッピーリレーの社長だと気付く。
「社長、いや、代表? 今度からお世話になるアルバイトの灰川です、よろしくお願いします」
「君が灰川君か、好きに呼んでくれて構わんよ、霊能力者に会うのは初めてじゃ無いんだけど、思ったより若いねぇ」
「そうですか? 世間的には大して若くもないと思いますよ」
適当な挨拶会話をしながら握手をしたり自己紹介をしたりしていく。
普通なら霊能力者なんて会った事もない人がほとんどだが、どうやら過去に誰かしらそういう人に会ってるみたいだ。
一代で会社を興して成功した人物であり、かなりの人生経験を
「知っての通り我が社は少しばかり不調でね、昨日はエリス君とミナミ君に灰川さんを雇わなければ移籍すると言われた時には冷や汗を流したよ」
「はは、ご冗談を」
この話は冗談ではない事は知ってる、エリスとミナミから聞いた。しかし目の前の社長はそんなに焦ってるようには見えない、恐らくは本当に焦りはしたのだろうが顔に出す訳にはいかないのが上に立つ者だ。
今のハッピーリレーとしては稼ぎ頭である三ツ橋エリスと北川ミナミを失う訳には行かない、二人からすれば行き場所は何処にでもあるし、高校生なのだから本来なら配信業をしてなくても親元で生きていける年齢である。
「ところで我が社はこれからyour-tubeだけでなく、
「そうでしたか、トイッチもティッカも人気サイトですもんね、自分もたまに見てますよ」
「やはりそうか、長時間の配信が主流のトイッチと短い動画が主流のティッカでは対照的だが、どちらも優れたサイトだからサイト登録者は増える一方だ」
その後も会社の話や昨今のネット事情や配信界隈の話をして交流する、話した感じでは相当に器が大きく魅力的な人物に見える。
ブラック企業を作るような人物には見えないが、経営という物には色々あるのだろうから突っ込んだ話は出来ない。灰川はアルバイトなのだし、それを知った所で意味もない。
社長はオカルトは大して興味は無いようでビジネスとしか見てないようだ、その方が気が楽で良い。
「そうそう、この後の事なんだがね、スタッフが集めた配信に使えそうな怖い話をエリス君やミナミ君と選んでピックアップしてもらいたいんだ」
「あ~なるほど、怖い話は会社が用意して配信で話す形なんですね」
視聴者になるべく質の高い怪談を話して興味を持って貰う算段のようだ、とても理に適ってる。これはハッピーリレーの会議で決まったらしく、テレビ局で働いてたスタッフからの提案だそうだ。
「詳しい話は木島から話されると思うが、なるべく怖いモノ初心者から上級者、子供から大人まで楽しめて適度に怖い話を選んでほしい」
「けっこう難しいですよ、実話にせよ作り話にせよ老若男女が楽しめる怪談は」
現代の子供と大人は世代間の常識や認識が大きく違う事も多い、それらの人種が満遍なく楽しめる話というのは怪談に限らず難しいだろう。
「それも分かってる、しかし最初の一歩目が大事なんだ。ここは妥協したくない」
「なるほど、最初が肝心ってやつですね。でもいくら怖くても聞いた相手に
「そんなのがあるのかい?」
「ありますね、まあ実際にあったとしても少し改変したりすれば大丈夫な事が多いですが」
「ふ~む、霊能力のことは詳しくないが、目の付け所が我々とは違う物なんだねぇ」
灰川の親戚には昔にオカルトブームだった時にテレビ局で働いてた人が居た、その人から面白い話を色々聞かされて、そういう話は実は多い事も教えられたのだ。
「まあ配信の事や視聴者の事はエリス君やミナミ君が一番分かってるし、集めた怖い話はスタッフ厳選のものだ。何を選ぼうと悪い結果にはならない筈だ」
「自分も及ばずながら協力させて頂きます、社長」
「頼んだよ灰川君、エリス君とミナミ君に危害が及ばないよう努めてくれ」
そう言った社長の目にはオカルトを信用はしていなくとも、会社の配信者を守るという気概に溢れていた。先日に二人に起こった事件も認識してるのだろう。
灰川がハッピーリレーの社長に対して抱いた感覚は『人望、気力ある人物』という感想だった、そんな人でも会社をブラックじみた物にさせかけてしまうくらい、経営とは難しいのかもしれない。
その後は社長は外部での仕事があり応接室を後にして、木島さんが応接室に入って来て仕事の概要の説明を受ける。聞いた事はさっき社長から聞いた話と大きな変わりは無い内容だった。
「こんちは灰川さん、お仕事あるから私たちについて来てねー」
「灰川さんと一緒にお仕事が出来て光栄です、一生懸命勤めさせて頂きますね」
「三ツ橋さん、北川さん、お疲れ様です。よろしくお願いします」
灰川はハッピーリレーでは先輩に当たる二人に敬語を使って話した、年下であっても会社では先輩なのだからこれが普通と思ったのだが。
「キモッ! その言葉遣いやめてよ灰川さんっ、マジキモイ!」
「そんな言葉遣い止めて下さい灰川さんっ! いつも通りに話して欲しいですっ!」
「そ、そう…わかったよ」
どうやら二人はスタッフの人達にも自分たちには敬語を使わないで欲しいとお願いしてるそうだ。
その方が二人の性分に合ってるのだろうが、それに加えて他社に移籍した先輩に『スタッフの人達は配信者より頑張ってる、敬意と尊敬の念を忘れないように』と教えられて守ってるらしい。
「それはそうと二人の呼び方は会社の中ではエリスとミナミで良いの? 本名で呼んだ方が良い?」
「会社の中ではエリスとミナミで良いよー、他の配信者の人達も会社では配信者名で呼び合ってるし」
「それに本名は会社の人にもなるべく秘密なんです、個人情報が
そんな中でよく自分には本名を教えてくれたなと灰川は思う、結局は名前は今まで通り会社ではエリスとミナミ、外では
「じゃあエリス、ミナミ、さっそく案内してくれ」
「はいよー」
「こちらです、配信者専用の階の5階に案内いたしますね」
「配信者専用の階なんてあるの?」
「はい、5階は配信ルームが複数あって、他にも配信者同士が情報交換したり打ち合わせをする小会議室のような部屋などがあります」
「ドリンクサーバーもあるしネット環境も配信環境も凄いよー、Vtuberも配信者も家よりこっちで配信したいって人も居るくらいだし」
応接室は後の使用予定が詰まってるらしく急ぎ気味で部屋を出て行き目的地に向かう、そうこうしてるとエレベーターが5階に到着した、そこにはさっきまで居た2階とは雰囲気の違う空間があった。
エレベーターを降りてすぐの場所にはドリンクサーバーやウォーターサーバー、配信者が情報を集めるために読むのか新聞紙や経済紙、各種雑誌などのアナログ情報媒体。
のど飴や蜂蜜などの喉や消化器官に優しそうな軽い飲食物、外に出て食事が難しい時などに利用するであろうデリバリーサービスの一覧などが置いてある。
「配信ルームはこのような内装になってます」
ミナミに配信ルームの一室を見せられた、4畳ほどの部屋には見ただけで高性能と解るパソコンが置いてある。恐らくは配信やゲームなどに最適なカスタムを施したパソコンだろう。その周りには高性能ウェブカメラや高度なノイズキャンセリング機能のあるマイク。
背後には収納式のグリーンバックスクリーンがある、これがあれば配信中の背景を簡単に合成で変えられる。綺麗な部屋の背景も可愛い背景も思いのままだ。防音設備も万全である。
どうやらかなり良い環境のようだ、流石は配信企業。そちらの環境には妥協も手抜きも一切せずに
「合計で8部屋あるんですが、最近は自宅で配信する人が多いみたいです」
「こんなの通いつめ確定だろ…俺だったら余裕で住めるって…」
住んでる世界が違う、だがこの位しないと最高の配信は出来ないという事なのだろう。どんな世界でも環境というのは大切だ、この環境は個人配信勢なら誰しも
「私たちはこの小会議室を使うよー、灰川さんも入って入って」
「お、おう」
少し食い気味に灰川は配信者専用の小会議室に入る、この階の設備は配信者専用だが配信者に連れ立ってもらえば使用できることになってるそうだ。
「ここが小会議室だよ、座って座って」
「ああ、ありがと」
小会議室の中は至って簡素な造りだった、テーブルと椅子があり、調べ物や記録をするためのノートパソコンとテレビモニターが置いてある。少し大きめのカラオケボックスみたいな感じだ。
「灰川さんはお茶などは飲みますか? 何か取ってきますが」
「俺が行くよ、さっきのドリンクバーもちょっと使ってみたいし」
「あ、じゃー私はアイスティーが良いな」
気を利かせて飲み物を取りに行き、エリスとミナミと灰川の小会議が始まる。議題は配信で話す怖い話の選別だ。
最初は3人で用意された怪談が印刷されたプリントを読んでいく事にした、この時は特に話などをする事なく3人で静かに怪談を読んでいく。
エリスもミナミも至って真面目に読み進めてる、高校1年生とはいえ配信業に対してはとても真面目に取り組んでる事が伺える姿勢だ。
二人は自分たちの配信がどうやれば面白くなるか、どうすれば視聴者が楽しめるか、そういった
だからこそ多くの登録者が居るし、多くの人が配信に訪れる。ただ適当に『有名になれれば良いな』という半端な気持ちで配信してる自分とは違うと灰川は感じた。
そんな二人を灰川は改めて凄いと感じる、そのモチベーションを持ち続けられることこそが才能なのだ。趣味で配信をしてる者より多くの配信に関する学びや努力を行い、学業も同じように両立する。これはなかなか出来る事ではない、現に仕事や学業の
配信を続けられてる時点で才能がある、配信に多くの人が来るならトークや芸など何らかの才能を
「どれが良いかな、読み終わったけど全部怖かったし面白かった」
「私も大体は面白いように感じました、中には怖すぎるかなって思った話もありましたが」
灰川も読み終わり二人から意見を求められる、少し雑念はあったが灰川も話自体は真面目に読んでいた。
「どれも面白いけど、コンプライアンス的に6番目は外した方が良さそうだな? きわどいけどギリアウトって感じだろうよ」
コンプライアンスとは企業や従業員が法令や社会規範のルールを守り、法律に違反しない範囲の就業規則を守ることだ。配信者で言えばゲーム実況が許可されてるゲームを配信でプレイしたり、差別や特定の個人を中傷しないなどがそれに当たるだろう。
「そうですね、6番目の話は地域が特定されそうな話でした」
怪談には地域や場所が特定されてしまう話も割とある、その中で6番目の話というのがそれに該当してしまっていた。
スタッフの人が選んだ話とあってなかなか怖かったのだが、コンプライアンス的にギリギリアウトと判断する。これに関しての判断は人によって分かれる所だろうが、一応は念のためだ。
「9番目の話は長すぎじゃないかなー、話せば30分くらいになるよね? これだとリスナーさんの集中力が持たないかも」
「そうか? いや、そうなのか…怪談とかに慣れてないと長く感じるよな」
最近のネット娯楽の主流は短時間消化型だ、5分や10分が丁度良くて15分だと長いと言われる事すらある時代、その時流の中では30分の怪談はプロの怪談師でも扱いは難しいかもしれない。
エリスもミナミも怪談を披露する事はほとんどやってない、エリスは以前に怪談配信をしたが怪奇現象で中断という目に遭っている。
怪談を話す事に慣れてない者では、長時間のストーリーは話し手も集中力が切れてしまう可能性だってある。
「私は3番目の話が良いと思います、怖さも丁度良いと思いますし」
「じゃあ私は7番目と8番目かな、話しやすそうって思った」
二人はピックアップされた怪談の中から2つを選んで決めた、だがそこで灰川に話を振ってくる。
「灰川さんは何か怖い話とか持ってないのー? 霊能者なんだし何かあるでしょ?」
「私も灰川さんのお話を聞きたいですっ、是非教えてくださいっ」
「あ~、まあ良いけど時間は大丈夫なの?」
「「!!」」
今の時刻は7時近い時間だ、二人は学校が終わってから事務所に来てるため、少し作業をしただけでこの時間になってしまう。
「今日7時から配信あるからダメじゃん!」
「私も7時半からの配信です…灰川さんのお話が聞けなくて残念でなりません…」
配信設備は5階に揃ってるし、今日は普通のゲーム配信と雑談配信らしいので特に問題はないみたいだ。帰りもタクシーを呼ぶそうだし危険も無いだろう。
「じゃあ俺が10時から配信するか? 灰川メビウスの怪談配信ってことで」
「えっ? 良いのっ?」
「~~! 絶対に見にいきますから配信をお願いしますっ、約束ですよっ」
どうやら二人は灰川の配信を楽しみにしてくれてるようで、今夜の配信の約束をして灰川はハッピーリレーの事務所を後にした。
時間にして3時間と少しほどだが金の実入りとしてはかなり良いバイトにありつけたと灰川は思う、しかし先が見えないのは不安だ。
「まあ良いか、今はチャンスが巡って来た時期なんだろうさ」
そう考える事にしてボロアパートの自室の鍵を開け、夕食を済ませたりシャワーを浴びたりして約束の10時の配信に備えるのだった。
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