第13話 初アドバイザー

 翌日、火曜日


 灰川の今日の予定は午後からアルバイトでハッピーリレーの事務所に行く、それまでやる事も無いのでゲーム配信をしていた。


「やっぱ誰も来ないんだが…」


 平日の昼間なので牛丼ちゃんや南山、コロンは高校と小学校に登校してる時間だ。最近は視聴者0の配信じゃ無かったから物足りなく感じる。


 しかしそこは一人でも面白いトークが出来る練習だと考えて、ゲームをしながら一人で画面に向かってトークの練習をして時間を潰す。 


 だが意識して面白い話をしようとすると難しい物で、そもそも何を話して良いか分からない。過去の面白かった出来事やムカついた話、最近の流行りのアニメや漫画の話、選べる内容はいくらでもある、ゆえに適切な内容が選べないのだ。


「やっぱプロの配信者ってスゲェわ、俺と何が違うんだろ? ん…?」


 ふと現在の視聴者数の項目を見ると5人となっていた、無名の配信者でも視聴者が来ることはあるし、それが重なって複数の視聴者が来ることもある、それが今だった。 


「あ、ヤベっ! 負けそう! やっぱ負けた!」


 今やってるゲームは難しいと話題のアクションRPGゲームで、ボス戦の最中だったが負けてしまった。しかも何も面白い事も言えなかったし、つまらない負け方だった。


「うわぁ…視聴者0になっちゃったよ」


 素人配信には長時間の視聴者が付きにくいし、リピート率はとても低い。退屈な時間が5秒も続けば帰る人も多い、トークの相性や内容が合わなければ帰ってしまう。灰川はこの時も5人のフォロワーを得るチャンスを逸していた。


 無名の人間がネットコンテンツでフォロワーを得るのは非常に難しい事だ、自分なら最初からフォロワーを得る自信がある!なんて思っていても、運と実力が無ければ難しい。灰川のような素人は視聴者やフォロワーが一人増えただけでも一喜一憂するものなのである。


「よし!気を取り直していこう! あのボスぶっ倒してやる!昼飯はテメーの首だ!」


 そんな時間を過ごして午後になり、ハッピーリレーの事務所に向かった。




 事務所に入り、受付で挨拶をしてから小さめのスタッフルームに入る、中では10名くらいの職員がそれぞれの作業をしてるようだった。 


「許諾が下りない!? そんな!前は大丈夫だって言ってたじゃないですか! 新作のプレイ許諾が下りないとウチは~~…!」


「CGモデルに不備? え? シャイニングゲートさんの仕事を優先したい? そんな宮中さん!!」


「またウチの配信者が視聴者の子に手を出したって、週刊誌に…はい、今日限りで引退という事で…」


 なんだか暗い雰囲気が広がってる場所がある、ハッピーリレーは今までの配信者をないがしろにするような事業をして来た事で、業界からの信頼低下や配信者のクオリティ低下、面白いけどモラルの低い配信者の起用などを起こしてしまい、そのしわ寄せがスタッフに直に及んでる。


(思ってたより大変なんだな、みんな忙しそうだ) 


 華やかで楽しそうなVtuberや配信者の世界も、プロの場となると鉄火場てっかばさながらの騒がしさ、こういう床の下の力があってこそ企業勢と呼ばれる配信者たちは一層の輝きを持てるらしい。


「はい、三ツ橋エリスと北川ミナミのVtuber番組の出演の件ですね、了承しました。それで当社には一押しの面白い新人の子が居まして~」 


「えっ? ミナミちゃ…北川ミナミをアニメ映画の声優にオファー? 分かりました、では詳細を~」


「はい、当社のVtuberのベッセ・ルングに商品紹介を頼みたいという依頼ですね、では企業案件として当人に~」


 忙しくて暗そうな場所もあれば明るく応対してる場所もある、思い通りに行かない事もあれば順調に行く事もある。その部分は普通の会社と同じだろう。


「おはようございます灰川さん」


「おはようございます」


 入ってすぐに木島さんに挨拶された、ここでは出勤した人には取りあえず「おはようございます」が基本らしい。


「今日お頼みしたい事は配信に関する……」


「お前が新しく入った例のバイトか?」


 木島さんの話を割るように話しかけて来た人物が居た、40代から50代の男で気の強さが全体から滲み出てるような人で、全体的に女性の多い会社では少し浮いてる感がある出で立ちだ。


「灰川さん、紹介します。こちらは事業部の部長の中本なかもと 和明かずあき部長で~……」


 木島さんから中本部長を紹介される。前日にこの人の事は聞いていた。かなり厳しい人で、この人が原因で退職した職員や脱退した配信者もいるとの事だ。


 仕事に対する熱意は本物で、会社をもっと盛り上げようと最も努力してるのもこの人だという。だがその熱意を他の者にも求めてしまう性格であり、頑固で融通が利かない。


 中本部長を苦手にしてる人は多く、木島さんも苦手だそうだ。灰川としても得意なタイプではないと感じるが、実は灰川はこの人物の事を知っていた。強く記憶に残ってたから一目見ただけで判断が付いたのだ。


「初めまして中本部長、部長がTSNテレビのプロデューサー時代に作ったホラー番組の数々には怖がらせて貰いましたよ、1週間ほど寝れなくなって少しうらみましたがね」


「えっ? 灰川さん、それはいったい…」


「ん? なぜそれを作ったのが俺だと…?」


 いぶかし気に見て来るが、灰川は木島に対して説明するような口調で喋り出した。


「ハッピーリレーに鞍替えしてたのは知りませんでしたけど、中本さんはテレビ局時代にホラー番組を何個も手掛けて、ホラー界隈では名の通った人なんですよ」


「そ、そうだったんですね中本部長、知りませんでしたっ」


「あ、ああ……まあ、そうだけど…」


 中本部長も木島も驚いてる、まさかそんな事を知ってるとは思わなかったのだろう。スタッフルームの人達も聞こえてたのか、こちらを向いていた。というよりは灰川がわざわざ聞こえるくらいの声で喋ったのだ。


「ホラードラマの`心霊屋敷`が流行ってホラードラマのブームが起こったり、オムニバス形式のホラー番組で怖さと面白さを追求したスタイルが強く評価されたり」


「お、おう……まぁ…」


「他にも才能はあるけどくすぶってた若い役者や作家を拾い上げて、その人たちは今は一流になって活躍してたりと、今でも中本さんに感謝してる業界人は多いと聞きますよ。そのツテを使ってハッピーリレーでの業務に生かしてるんですね」


 「「…………」」


 この会話でスタッフたちの中本部長を見る目が少し変わった、それと同時に灰川に対してキツイ物言いをしようとしてたであろう状況を収めることにも成功していた。


「ま、まあ…頑張ってくれよ、灰川君」


「はい、ありがとうございます。中本プロデュー…部長」


「職員には秘密にしてたのにな……まぁ、悪い気はしねぇや…」


 中本部長はバツが悪そうにしながらも少し気分を良くして離れていった、灰川はブラック企業時代に似たような事があり、厳しい事を言われそうな時はタイミング良く自尊心や顕示欲を満たしてやれば被害は少なくなると先輩から教わった事があった。それを実行できる状況だったから実行した。


「よく知ってましたね灰川さん、職員の私たちでも知らなかったのに」 


「ホラーが好きじゃないと知らないでしょうし、霊能者の間でも知ってる人は比較的に多い人ですから」


 中本プロデューサーの指揮した作品は霊能者が見ても面白くて怖い、怪異の理不尽さや恐ろしさが良く表現されてたと評判だ。


 ハッピーリレーに来たのは社長に人脈や才能を発掘するところを買われて引き抜かれたのかもしれない、しかし才能を見つける事は出来ても芸人や役者として育てる環境が今はほとんど無い配信界隈では、少し畑が違って難儀してるらしい。その証拠が配信者の不祥事や厳しい業務への不満などからの脱退や引き抜きだ。


 今は社会全体が一昔前とは変わってしまった、人材を育てるのではなく、育った物や放っておいても勝手に育つ種を持ってくる時代になってしまった。


「それで本日にお願いしたい業務なのですが」


「あ、そうでした」


 少し時間を使ってしまったが、忙しそうな小スタッフルームから出てフリールームという部屋で話を聞く。


「灰川さんは来週から施行せこうされる改定労働法は知ってますか?」


「え? 知らないです」


「簡単に言えば未成年者でも深夜に働いたり、残業が出来るようになるというように労働法が改定されたんです」


「あ~、そう言えば前に聞いたような、自分には関係ないから頭から抜けてました」


「そこでハッピーリレーはエリスちゃんやミナミちゃんのような、未成年の配信者にも今より多少長い時間の配信や仕事を頼もうという話になってて、本人たちも了承しています」


 もちろん学業や健康に害を与えない範囲でという事になってるらしく、そこは運営部なども理解してるらしい。


「そこで灰川さんにもホラー配信をする時などは、配信者の傍に控えてて欲しいんです」


「分かりました、他にも軽い警備業務などもですか」


「はい、人が足りない時などで構いませんので、それと今日はホラーアドバイザーもお願いします」


 時給が良いのは仕事時間が少ないから稼げないという理由でエリスとミナミが交渉したらしい、ハッピーリレー側の理由はこういったオカルトな事を信用して頼める相手が居なかった、そこに事務所トップの二人が話を持ち掛けてきたから実は都合が良かったなんて話も聞かせてくれた。


「こちらがホラー関連の企画書です」


 今日の仕事の内容としては、現在企画してるホラーの配信などに灰川から見て危険なものは無いかという相談だった。




「企画書を一通り見させて貰いましたが、明確に危険なのは2つで、危険性が少ないのは5つ、何とも言えないのが3つですかね」


「そうですか、会議の前に企画部に話を通しておきます。明確に危険というのはどのような危険ですか?」


 木島はペンを取ってメモの準備に入ってる、どのような理由で危険なのかを説明しないと企画部も納得はしないだろう。 


「まず心霊スポットに行って三ツ橋エリスや北川ミナミが撮影、これは普通にケガやトラブルの危険があるから止めた方が良いです、幽霊がどうとか抜きにして」


「企画書には安全な心霊スポットを選ぶと書いてありますが」


「候補地が廃墟や廃屋の時点でアウトです、床が抜けたり階段が崩れたりの可能性ありますよ、そういった危険な足場や頭上の危険を撮影しながら気を配るのは素人には無理があります」


「心霊現象とかの危険じゃなくて、そういった方面の危険ですか…そういう方面は灰川さんが気にする事では…」


「心霊スポットで最も危険なのは幽霊じゃなく、得体の知れない人間と現場の環境です。幽霊が怖いという精神と相まって周囲への注意がおろそかになり、ケガをする人が後を絶ちませんので」


「そうなんですね…会議でリスクについてもっと話し合ってみます」


 幽霊が居た所で霊感が無いなら余程の事が無い限り何も起きない、だが精神状態は普段とは違ったものになるし、幽霊にとり憑かれたと思って精神を病んでしまう人も居るのだ。こういう状態を『特定不能の解離性障害』と言ったりする。 


「もう一つの危険なものは交霊術の配信ですね、エリスちゃんやミナミちゃんの年代の子には特に危険な場合があります」


「やはり悪霊などが来るのでしょうか?」


「少し詳しくお話しします」


 霊能力を持つ者は男より女の方が多い、これは昔から言われる事で世界を見ても霊能力者は女性の方が多い。


 女性は子供を産むから精霊や神と繋がりやすいとか、精神的に感受性が高いからとか様々な理由が語られる。今回は後者の『感受性と交霊術』について木島に話した。


 そもそも感受性とは何か、辞書には『外界や物事ものごとの刺激や印象を感じて受け入れる精神性』とある。


 感受性が強ければ人の話に共感する力や、状況を感じて受け入れる力が強いという事になる。この性質は交霊術などには利用できる側面があるが、過剰な恐怖感や普通とは違う緊張感によって精神をやられる人が意外と多い。


 感受性が高いとは悪く言えば『雰囲気に飲まれやすい』という事になる、もちろん個人の性質によって大きく違うが雑に言うとそうなってしまう。


 そういう人が交霊術を行うと酷いトラウマになったりする事がある。霊能力者の元に除霊の依頼に来る若い女性は、遊び半分で交霊術を行ってとり憑かれたと言ってお祓いを依頼しに来る子が結構居たりする。


「何が問題かって、ハッピーリレーは子供や思春期の子も視聴する配信企業ですよね、子供が真似して精神をやられたら大変なことになりますよ」 


「っ!! そ、そうですね…これは絶対に言わないと…」


 素人の交霊術は幽霊がどうのこうの以前に精神に危険だ、こういった術は太古の昔から厳しい修業を積んだ女性が担ってきた歴史がある。降霊術を生業とするイタコ信仰も盲目の女性がありがたがられるという風習などもあった。

(男性が交霊術を行う例も多いですし、全国や世界をもっと詳しく見ればもっと様々な論があるので、上記は一例くらいに考えて下さい。)

 



「こんな所でしょうか、まずは無難に予定通りの怪談配信をするのが良いと思いますよ、その方が心霊的にも安全ですし」


「そうですよね、恐らくそうなると思います」


 灰川はオカルトの危険性を怪異という側面ではなく、ケガや精神の危険もあるという説明をしたが納得してくれたようだ。


 たぶんだがハッピーリレーの運営に霊や呪いがどうのこうの言っても信じないと思ったからだ、そういう時はまず実際に起こり得る事故や事例を示して想像しやすい危険を説明するのは霊能者の常套じょうとう手段でもある。


 その後は特にやる事も無いし帰って良いという事になったのだが、そこを狙ったかのように市乃いちの史菜ふみなから『仕事終わったら5階の小会議室ミーティングルームに来てね』というSNSが飛んで来た。

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