第9話 明日ヒマ?はやめろって!

 灰川は配信を開始した、しかし特にやる事も無く良さげなゲームでも無いか探すという配信になってしまった。


「なんか良いゲームねぇかな、視聴者1万人くらい来そうなやつ」


 そんな馬鹿な事を言いながらゲームのネット販売のページを見ていく、すると5分くらいした後にコメントが入ってきた。


『牛丼ちゃん;こんばんわー』


「こんばんわ牛丼ちゃん、今なにか良いゲームないか探し中、良いゲームあったら教えてよ」 


『牛丼ちゃん;ホラーゲームおすすめだよ!』


「ホラーゲームなら結構やってるよ、ゾンビゲーに幽霊系とか好き、でもミステリーホラーは頭使うから無理」


 ホラーゲームは好きだが今の気分は別だ、そもそもゲームという気分じゃないかもしれないと気が付いた頃に新しい視聴者が来てくれた。


『コロン;灰川さん、初見だけど初めましてじゃないです』


「あー君か、うん分かるよ、この配信に来た時点で想像つく、コロンさん」


『コロン;さっきはありがとう、もう怖くないよ!』


 コロンが佳那美だという事はすぐに予想が付いた、というより灰川の配信には今の所は知り合った連中しかほとんど来てない。


 コメント欄では牛丼ちゃんとコロンがちょっとした挨拶を交わしてる、ある程度の視聴者が居る配信ではコメント欄での喧嘩防止などのために視聴者同士の会話禁止ルールがあったりするが、灰川の配信はルールなしだ。


「かなm…コロンさんが来たという事はホラーは止めとこうかね、今日は雑談配信にしよう」


 雑談配信とは読んで字のごとく配信者がコメントを読んだりしながら雑談して視聴者がそれを聞いて楽しむ配信だ。非常に多くの配信者がやっていて様々な話を聞けるのが面白い配信である。


『牛丼ちゃん;雑談配信!なんか面白い話してよー』


『コロン;灰川さんの雑談おもしろそう!』


 雑談配信とは配信者のトークりょくや面白い話をどのくらい持ってるか、大して面白くない話を面白く話せるかなど、話の力が問われる方式の配信だ。


 別に話が面白くない配信者でも可愛さやカッコよさを前面に押し出して雑談する人も居るし、視聴者のコメントに頼り切った形で雑談をする人も多い。ようは場を盛り上げる力が必要になる。


 これらの事を上手くやるために様々な会話術の本を読む人も居るし、落語や講談を聞きに行ったりする人、トーク術のセミナーに行く人も居るし、最近では配信者向けのトークセミナーなんかもあるらしい。


 灰川の配信にはプロと言って良い三ツ橋エリスと、小学4年生とはいえセミプロのような佳那美が来てる。気を入れて雑談をしようと思った矢先に。


『南山;こんばんわ灰川さん、今日も視聴させて頂きますね』


「お、来てくれて嬉しいよ南山さん、配信終わったんだね」


『南山;はい、今日も楽しみにしていました♪』


 北川ミナミこと南山が配信を視聴しにやって来た、これで灰川の配信に来そうな人物は全員だ。


 ここで灰川は少し気になる事があった、それを指摘する。


「あ~それとここの配信は視聴者同士のコメント欄での会話もOKだから、自由に会話して良いからね」


『コロン;コメント欄で視聴者同士の会話って普通は禁止なんじゃないです?』


『牛丼ちゃん;コメント欄が荒れる原因になるよ』


『南山;私も会社からそう言われました』


「こんな誰も見に来ない過疎配信でそんなルール無いって、俺の配信は会話もOK、ルールも無し、何を書いても自由、アンチも荒らしも歓迎だって」


 底辺配信者は視聴者の選り好みなんてしてられない、人によっても違いがあるがフォロワーを増やすためなら多少の事は我慢することが多い。


 灰川の場合はフォロワーが増えるなら誰でもOKというスタンスだ、元々が数字を取れるような見込みがある人間じゃないから、ルールなんて作ってたら誰も居付かないと考えてる。


『牛丼ちゃん;アンチも荒らしも歓迎ってメチャクチャだよ!でも面白そう!』


「でしょ?皆みたいな綺麗な配信なんて俺には無理だって、ネットなんざ所詮はゴミ溜めなんだから、そこも俺は受け入れてくのさ」


『コロン;口悪すぎだよ灰川さん!ネットの人達をそんなふうに言っちゃダメだよ』


「良いの良いの、配信界の上澄みの企業勢とは存在の意義が違うんだから、汚いのも綺麗なのも俺みたいな底辺には一緒なの」


『南山;流石です灰川さん! 私たちとは考え方や物事の捉え方が違うのですね、勉強になります』


「でも南山さんたちは真似しちゃ駄目だよ~、そっちの配信で同じ事したら炎上騒ぎだろうから」


 自分の配信のコメント欄など自由帳と同じと灰川は考えてる、何書かれても構わないと思ってるし、過激なコメントはyour-tubeが勝手に弾いてくれるから楽な物だ。


「そもそもネットの世界がこんなに綺麗になったのだって最近だよ、黎明期は今とは比べ物にならないくらい無法地帯だったんだから」


『牛丼ちゃん;そうなの?昔のネットってどんな感じだった?』


「そうだな~、例えばyour-tubeが元は違法動画の垂れ流しサイトだった、とかさ」


『牛丼ちゃん;そんなわけないでしょ! 嘘つくな、バカにすんなー!』


「いやマジだよ、アニメとかドラマとか無許可で垂れ流して削除も長期間しなかったんだから」


 昔のネットは今のように法律やルールがあまり強くなかった、今では有名なサイトも昔は法に触れる様な事や、現在では考えられないような事をしていた場所が多数だったのだ。


「幼稚園の時からネットを使いまくってたから色々知ってるよ、そんな早くからネットしてたからこんな性格になったのかもな~」


 早い内にネットの黎明期に触れて来たから思考が偏ってる、そんな人は今の時代には多いかもしれない。灰川もその一人である。


 灰川家は遠い昔は名家だったが今は普通の家、誠治せいじは気ままに生きてきた結果、今のような性格に至った。


『牛丼ちゃん;ネットって今と昔は違うって聞いてたけど、your-tubeもそんなサイトだったのは知らなかったよ』


『南山;他にも面白い話とかあるんですか!? いろいろ聞きたいです!』


『コロン;でも牛丼ちゃんと南山さんの配信じゃ言えないですね』


 その後も配信には他の視聴者は誰も来ないまま時間が過ぎていき、灰川と3人の雑談がしばらく続いて終了の頃合いとなった。 


『牛丼ちゃん;灰川さん、明日ヒマ?』


「おいおい…まだ何かあるの?」


 恐る恐る聞くとエリスは答え始める、どうやらまた灰川に頼みたい事があるようだった。


『牛丼ちゃん;ここじゃ話せない内容だから、明日も渋谷の喫茶店で会おうねー』


『南山;私は配信があるのでご一緒できません、もし時間が合えば行こうと思ってます』


『コロン;わたしは講習があるから行けないです、残念です』


 こうして明日の時間を指定されて会う事になってしまった、エリスやミナミは明日も学校は休みだから時間は取れるみたいだ。




 翌日午後、灰川は昨日と同じ渋谷の喫茶店グレゴリオに居た。まだ待ち合わせの時間には早いが時間より前に到着してしまったのだ。


 大して好きでもないコーヒーを飲みながら待ってると、市乃エリスが店に入って来た。


「こんちわ灰川さん、昨日ぶりだねー」


「エリ、じゃなくて牛丼ちゃん…でもなくて、えっと、市乃?だよね」


「そだよー、名前が3つもあると迷っちゃうよね」


 有名Vtuberとしての名前、サブアカウントの名前、本名、呼び方がややこしい。これも現代ではありがちな事だ。


 ネットで本名を使う訳にもいかないし、インフルエンサーやネットの有名人ならサブネームを持ってるのが普通、今は普通の人でも複数の名前を使い分ける時代になった。


「さっそく本題に入ろうか、今日は何の用なの?」


「今日は灰川さんに頼みたい事があってさー、その前に飲み物注文しちゃうね」


 市乃はカフェオレを注文してから少しの間だけスマホを弄り、その画面を見せながら説明を始めた。


「実はハッピーリレーがこの前の会議で、ホラー系の配信とか動画にも進出していこうって決まったらしくて」


「え、本当かよ? そういうイメージ無いんだけど」


「そうでもないよー、この前だってあたしが怖い話の配信やって、灰川さんに助けられたんだし」


「そういやそうだった」


 市乃の話は続く、ハッピーリレー事務所はここの所は振るわない感じが続いてる。Vtuberの引き抜き、配信者と事務所の揉め事で個人Vtuberになった人のファンがハッピーリレーのアンチになったり、グループ配信者が仲間割れしたりなどで事務所の看板の信用が下がってる。


 こうなった原因は会社が急成長に伴って調子に乗った運営をしてしまった事が原因だという、Vtuberや配信者に「こうしろ、ああしろ」と会社の方針を押し付け、配信の自由度が下がって行き、無理のある長時間配信の強要などもあったそうで、給金の払いも稼ぎにしては悪かったそうだ。


 運営幹部には慢心と驕りの心が生まれ、たったの1年ほどで配信者は運営よりも下の存在という空気が流れ、それに嫌気が差して優秀な配信者が次々と流出、スタッフも流れて今では業界では4番手とも5番手とも言われてるくらいに。


 ハッピーリレーのトップ配信者は三ツ橋エリス登録者100万人目前と北川ミナミ登録者80万人、その他にも配信者は多数居るが平均登録者数は5万人という、数字で見れば大きく偏った事になってしまってる。


 今では運営は危機感を持って業務に当たってるようで、佳那美ちゃんのように配信者の育成をしたり、配信者各自の個性を尊重した自由度の高い配信業務をしてるそうだ、だが以前のようなギスギスした空気も完全に消えた訳でもないらしい。


「そこで事務所が考え出した方針がホラー方面への進出でさ、そっちなら大手事務所の競争相手が居ないからチャンスなんじゃないかって」


 ホラーや心霊界隈は大手Vtuberを有する事務所は進出してないらしい、確かに灰川もそっち方面では大手のVtuberは見てない気がする。


「でもよ、イメージ的なものとか大丈夫なのか? ホラーとかって嫌いな人は本当に嫌いだぞ」


「うん、でも好きな人も多いのも本当だし、事務所はまず試してみようって事になったんだって」


 ホラー界隈は苦手な人も好きな人も多い、your-tubeにだってホラー系の配信者は居るし、心霊スポットに行って動画を作る人だって居る。


 しかも結構な数字を稼いでるから、そこにハッピーリレーはリスクを承知で踏み込む事にしたんだろう。


「具体的に何をするかとかは決まって無いんだけどさ、まずはアドバイザー的な人とか霊能力者の人とか探そうって話になってるんだよねー」


「ちょっと待ってくれ…そこに俺を突っ込もうってのか?」


「うん、そーだよ。灰川さん仕事してなくて暇なんだし、事務所で話だけでも聞かないかなって」


「………」


 灰川は頭を働かせる、配信大手のハッピーリレーに食い込めれば自分にもチャンスが来る!でも配信者としてではなく胡散臭い霊能力者として関わる事になる。


 はたしてそれは自分にとって良い事なのか悪い事なのか判断が難しい、社会経験はそれなりにはあるが、こんな芸能関係みたいな会社とは接点を持った事なんてない、


「まあ、話だけでも聞いてみるかな~、どうせ暇だし!」


「やったぁ! じゃあ今から事務所に行こう灰川さん」


「え、今から? 普通はアポ取って日にちとか決めてからとかじゃ」


「事務所には今日も人いるから大丈夫だよ、日曜とかでも出勤してる人も居るし、事務所で配信してる人も居るしね」


「そ、そうなのか…まあ、仕方ないか」


 頭で考えても正しい判断なんて付かない、灰川は慎重な性格ではあるが、同時にチャンスを掴みたいと考える性質でもあるし、節度あるギャンブルみたいな事も好きな性質だ。


 ここは危機感よりも好奇心が勝った、ひとまず行くだけなら害はない。


「じゃあ私が事務所に紹介するから、今から一緒に行こっ」


 こうして灰川は市乃と一緒にハッピーリレーの事務所に行くことになったのだった。

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