第8話 ゲームソフト
それから数分後、やっと笑いが収まった
「佳那美ちゃん、もう大丈夫?」
「は、はいっ…! 灰川さんっ、失礼しましたっ…! ごめんなさいっ…!」
「良いって良いって、笑い過ぎて死んだら俺が成仏させてあげっから」
「んふっ! 自作自演の霊能力者…! 最低すぎるっ…! あはははっ!げほっ、げほっ!」
灰川の言う事にいちいち笑ってしまう佳那美、灰川は軽い冗談のつもりでも相当にツボに入ってしまい話に進めない。灰川は強引に話を進めることにした。
「まあ、悩みって`幽霊が怖い`って事でしょ?」
「!? な、なんで分かったんですかっ!?」
「だって霊能者に相談って言ったら、それしかないでしょ…」
どうやら佳那美は配信者の才能などの芸能方面に関しては優れた才能を持ってるようだが、頭脳は大して回らないタイプだと灰川は感じてる。
霊能者が『霊の事でお困りですか?』と聞くのは、魚屋が客に『魚の要件ですか?』と聞くのと同じ事だ。それを瞬時に分からないのは、小学生でも頭の回転が緩い証のようなものである。
「佳那美ちゃんって今はハッピー・リレーで配信者になるために、いっぱい勉強してるんだよね? それってゲームやったり映画やアニメを見たりとかもある?」
「うん、実はレッスンで怖いゲームとかしてたら、怖い夢を見るようになっちゃっいまして…っ、特に怪談物語っていうゲームのⅢがすごく怖くてっ」
そのまま詳しく話を聞いていく、佳那美は元々はあまりゲームやアニメを見るタイプの子ではなく、映画を見たとしても子供向けの作品等を見るくらいだった。
だがハッピー・リレーに入ったら配信者やVtuberはゲームをするのは当たり前、映画やアニメなどのサブカルチャーに関しても最低限の知識は欲しいと言われ、事務所でゲームプレイや映画鑑賞をしたらしい。
その際に年齢制限のない少し怖いゲームや映画を見そうだが、その中に子供でもプレイ出来るホラーゲームがあったそうだ。
それがマズかった、内容はとある女の子の家にある鏡から、夜になると幽霊が出てくるという話を解決していこうとする話だそうで、怖くて途中でギブアップしてしまったらしい、それが佳那美の恐怖のツボに入ってしまい、それを見てから寝れなくなって寝不足になってしまったとの事だ。
「つまりホラーゲームをして怖くて寝れなくなったと、よくある話だな」
「そ、そういう事だったんだ、あはは」
多くの人が通る道を佳那美も通ってるだけの話だ、それを市乃が拡大解釈して幽霊騒動にしてしまった。
幽霊が怖いというのは当たってたが、幽霊が出た訳では無い事が分かる。
「ちょっと真面目な話するぞ、この一連の流れが怪談ってものを作ってきた歴史がある」
「どういうことでしょうか?」
「つまり噂にヒレが付くって事だよ、噂話は人に伝わるにつれて大袈裟になるってこと」
例えば、夜道で人とすれ違った→夜道で変な人とすれ違った→丑三つ時に幽霊とすれ違った、というように話というのは人を経るごとに精度が落ちていく。
その現象を佳那美→市乃のたった二人だけで成立させてしまったという話だった、佳那美の子供特有の未熟な伝え方と市乃の勘違いが原因だと灰川は話した。
「それと今と昔のホラーの違いも大きいだろうな、昔のホラーは子供向けでも容赦なかったし、怪談物語ってかなり昔のゲームだしな」
「そうなの? 私はあんまり真面目に見て無かったから分かんないかも」
昔のホラー番組や怖い話のドラマなどは本当に怖い作品も多かった、今では1流映画監督になってる人の若い頃に作ったホラー作品などもあって、トラウマになる子は続出だったのだ。
現代では映像倫理や子供への悪影響などが考慮されて、ホラーは薄味の物が多くなってる。その方が子供たちにとっては教育にも良いのかもしれないが、ファンからすると物足りない。
ゲームもホラー物には年齢制限が設けられ、過度に怖い物は子供がプレイ出来ないようになってるが、昔はその限りでは無かった。
「佳那美ちゃんは想像力が凄く強いんだと思う、市乃と同じタイプじゃないか? そういう感性の人は怖い話を聞いたら想像力で更に怖く感じたりするから」
「そうなん、ですかね…? 私って想像力すごいんだ…」
その想像力がハッピー・リレーの人達の目に止まったのかもしれない。
「つまり佳那美ちゃんには幽霊なんて憑いてないし、怖がる必要もないから安心して良いよ。一応これ渡しとくから」
「これって何ですか? なんだかキレイな石ですね」
「いわゆるパワーストーンってやつ、水晶だけど昔から魔除けの石として世界中で使われて来た」
灰川が渡したのは小さな巾着袋に入った水晶の石で、値段は数百円の安物だ。
「それを持ってればちゃちな幽霊は寄って来ないから、あと念のため
「えっ? 灰川さん、そんなの出来るのっ? 見たい、見たい!」
灰川は両手を胸の前で合わせて構え、特殊な呼吸をしながら数秒の内に手の形の合わせ方を様々に変えて印を結ぶ。
素人の付け焼刃でないことは見ていた3人には即座に分かった、さっきまでと雰囲気が違い、灰川の周りに空気が集まる様な、熱が集まってるかのような感覚を見せていた。
印とは手や体を使って魔除けや邪気払いを行う簡易的な儀式で、灰川は子供の頃から練習させられて来た。呼吸や五気といった複雑な物も絡んでくるが、そこも完璧にこなせる技量がある。
「ふっ…! ひゅうっっ…! はい終わったよ、体が熱くなってる感じするでしょ?」
「は…はいっ、なんだか…すごくパワーが出てるような、幽霊が怖くなくなったような感じがします!」
「そりゃ良かった、水晶はスマホのストラップにでもして、しばらく持っといて」
「ありがとうございました灰川さんっ! 最初は疑ってたけど本物だったんですね!」
「失礼だな…まあそれが普通なんだけどさ」
これでひとまずは佳那美の怖がりが原因の悪夢症は解決したと判断し、その後は少しの間雑談をしながら時間が過ぎた。
「レッスンに戻りますね、今日はありがとうございました。市乃お姉さん、史菜お姉さん、灰川お兄さん!」
「気を付けてね佳那美ちゃん、何かあったらまた市乃お姉さんに任せなさーい!」
「私もいつでも相談に乗りますからね、佳那美ちゃん」
「おー、がんばれよ~」
それぞれ挨拶を返してお開きとなるが、最後に佳那美が『灰川お兄さんの配信、わたしも見にいくよ!』と元気な声で言ってくれたのだった。
後は帰るだけとなったが、佳那美の姿が完全に見えなくなってから灰川が2人を呼び止めた。
「なあ…もし怪談物語Ⅲってゲームを会社で見かけてもプレイするなよ…?」
「「え?」」
至って真面目な顔で灰川は忠告した。市乃と史菜は完全に心の糸は切れていたため驚いたような反応を返す。
「どうしたの灰川さん? 全部、私と佳那美ちゃんの勘違いだったんでしょ?」
「何か曰くのあるゲームなのですか? もちろん灰川さんが仰るのであれば、絶対に手に取りませんが」
本当は言ってない話が灰川にはあった、それは佳那美をこれ以上は怖がらせないために話さなかった内容だ。
「怪談物語ってゲームは1作目が発売された後に続編は出ていない、社長が行方不明になって会社が無くなったからな」
「「!??」」
灰川は霊能者だがホラー作品が好きで、怪談物語というゲームは過去にプレイして知っていた。だが3作目が出たなんて聞いた事ないし、念のために喫茶店でトイレに行った時にスマホで調べたが、同名のゲームは同人作品でも検索にヒットしなかった。
「あの様子だと嘘は言って無いんだろうな、本物の怪現象だと思うよ。霊視したら呪われてたし」
「ええっ!? それって佳那美ちゃんどうなるのさっ!?」
「さっき祓ったよ、陽呪術が得意って言っただろ、念のために水晶に呪い除けの陽呪術も掛けといたし、佳那美ちゃん本人にも印を結んで魔除けの気を入れといた」
灰川の力は本物だ、佳那美の呪いは既に消えてるし、多少のモノではビクともしないだろう。
「なんで佳那美ちゃんの所にゲームがあったの!? なんで実在しないゲームが存在したの!? そのゲームって本当に呪われてるの!?」
「分かんないって、原因が分からないから怪現象なんだからよ」
怪現象が起こっても根本解決や真相究明は困難な事が多い、霊能者は捜査官でもなければ探偵でもない。心霊に限らず物事の根幹を暴くことは非常に難しいのだ。
問題のゲームソフトを探せば色々な事が分かるかも知れないが、ハッピー・リレーの社屋内にあるのなら灰川にはどうする事も出来ないし、二人に持って来させるのも危険にさらす可能性がある。それにこういった場合は後日に探しても物が見つからなかったりする事が多い。
「今回は会話と術式でどうにかなったけど、まあたぶん大丈夫でしょ」
「たぶんって…灰川さんはそれで良いの?」
「良いも悪いもない、これ以上の対策をするなら呪術的な儀式が必要になるし、会話と術式だって立派な呪術だ」
「術式はなんとなく分かるのですが、会話も呪術なんですか?」
会話とは人間を大きく左右する行為だ、元気づけたり落ち込ませたり、知識を蓄えたり、思想や思考の誘導、その他にも色んな事が出来てしまう。
落ち込んでる人を励ませば少しは元気になるだろう、落ち込んでる人に厳しい言葉を投げたら更に落ち込む、正しい知識を教えたら役に立つが、間違った知識を教えたら間違った事をする。
正しさ、嘘、作為的な言葉選び、観念の植え付け、偏見、これらの物を駆使して人の考えを都合よく変える、灰川家の考えではこれも呪術の一種に数えられてる。
元気で多少の事には気にしない精神状態にある人には、呪いや霊的な物は効果を及ぼしにくいという灰川家の持論があるから、佳那美にああいう事を語ったのだ。
だが灰川家の人間は基本的に短絡的だから会話の呪術を上手く扱える人間はいない。彼自身は多少は出来るが頭が良い人が相手だと論破されたり、頑固な人だと失敗する事が多々ある。
「怪奇現象なんて本当はいっぱいあるんだよ、大概は気付かないから気にもならない。一番の対策は気にしないことだ」
「そうなんだ…なんか少し怖いかも」
佳那美もゲームを怖がらなければ、もしかしたら精神的に付け込まれる事は無かったかもしれない。それも予想でしかないが、灰川はこの件を解決したと判断した。
「なんだかスッキリしない終わり方ですね…佳那美ちゃん大丈夫でしょうか…?」
「一応言っとくけどな、灰川家の人間が陽呪術を掛けたって言ったら、時代が時代なら将軍家ですら万全の安心をしたんだからな!」
「私の時はそんなのしてくれなかったじゃん? 不公平じゃない!?」
「会話って呪術を使っただろ、史菜の時はスマホのお経で十分だった、はい説明終わり! 文句あんなら他の霊能力者に頼め」
「私は納得しました、灰川さんはやはり凄いお方です!」
これ以上は説明しても長くなるだけだと感じ、灰川は強制的に話を終わらせる。権力や捜査網など持ってない灰川では、現状これが精一杯やってあげられる事なのだ。
その一方で思う事もある、ハッピーリレーの関係者に立て続けに怪現象が発生してる。何かしらの原因があるのかもしれないが、簡単に分かるほど甘くは無いだろう。
その後は3人とも帰路につき、灰川も自宅のボロアパートに戻った。
灰川は疲れたので一旦寝ると夜まで熟睡してしまい、起きてからPCの電源を付けて動画サイトを見るとミナミが配信をしていた。
今日はエリスは連日配信が続いてたらしく休みのようだ、ミナミは配信を休んでた期間があるから、それを取り返す意味でも精力的に配信をしなければならない。
1か月に何回以上の配信するなどの契約があるのかもしれないし、そもそも配信をしなかったらファンは離れてく。
『今夜は皆さんから送られて来た質問にお答えしますね、まずはマルピンさんからの質問です』
ミナミの今夜の配信は雑談配信のようだ、視聴者のコメントに反応しながら雑談したり、質問箱に送られたものに返答するというような配信だ。
北川ミナミの配信は、この形式のものが人気が高い。優しかったり、変な質問には時に冷たく返したりして笑いを取ったりもする。
[ミナミちゃん、体調は大丈夫ですか? 心配してました]
『ありがとうございます、もう治りました。心配して頂きありがとうございます』
[復帰おめでとう! これからも楽しく見るよ!]
『本当は復帰というほど時間は経ってないですよ、でもありがとうございますね』
今回は主にミナミの配信再開のお祝いみたいな雰囲気だ、その様子をなんとなく灰川は眺めながら考え事をする。
なぜ北川ミナミこと
困ってる時に助けはしたが、それだけであそこまで懐かれるものなのか?自分は特段に美形という訳でもないし、金を持ってる訳でも権力がある訳でもない。
「本人にいつか聞くしかないよな、って言ってもまた会う機会があるかも分からんけど」
もしまた会う機会があったら何かの拍子に聞いてみよう、そう思い今は気にしないことにする。
その後もミナミの配信を見るが、正直に言うと灰川の性分にはミナミの配信は少し退屈に思えてしまった。
優しく柔らかな配信で視聴者のマナーも良く、安心して見てられるが時に面白い事があったりして笑う事も出来る配信、すごく癒される感じがする。人気があるのも頷けるが、灰川には少し合わない。
だが疲れた時には凄く癒されそうな感じがする配信だ、現代のような学生も社会人も誰もが疲れてる時代には、癒しを求めてこういう配信に来る者が多いのだろう。
「俺も配信すっかな、誰かしら見に来るだろ」
そんな適当な考えをしながら自分の配信ページを立ち上げた。
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