第7話 期待の小学生

 灰川は二人に自分の霊能力について少し話す事にした。


「まず最初に言っとくと、俺は幽霊とかオバケは基本的に普段は見えない」 


 「「えっ?」」


「もちろん怨霊、強い幽霊は見えたりする事もあるし、かなり集中すれば見えるとか例外は多々あるけど、日常ではまず見ない。感じ取ることは出来るけどな」


「幽霊見えない霊能力者とか詐欺じゃん!」


「見えないのに見えるって言う奴が詐欺だろ、分野が違うんだよ」


 霊能力と一口に言っても様々なタイプがある、見えるけど声は聞こえない、声が聞こえるけど見えない、霊が近くに居ると寒くなったり体調に異変をきたす等様々だ。


「俺の場合は呪いを強く感じ取ったり見たりする事が出来る、というのも灰川家は昔は結構なくらいで陰陽師とか巫女とその他の霊能者を輩出してきた家系で、その力が俺にもあるんだよ」


「陰陽師というと、平安時代などで聞くような職業の方々ですよね?」 


「そう、灰川家は途中でクッソ没落して名前は残ってないらしいけど、力は本物だってこと」


「クッソ没落したんだ…なにやらかしたの?」


 興味津々で市乃が聞いてくる、普段なら聞かない話だから好奇心がそそられるのだろう。


「アル中、博打、女性トラブル、他にも目立とうとして失敗、下手な裏工作して失敗とか色々聞かされた、つまりバカ一族ってことだな」


「ぶふっ! やらかし過ぎでしょ!」


「バカに権力持たせても、自身も周りもロクな事にならないって証明したような一族だぞ」


 霊能力以外の事がからっきしだから没落した、灰川家は今は普通の家だが過去の事は先祖代々伝わってる。


 史菜ふみなは真面目な顔で聞いてるが市乃いちのは笑いを堪えてる。歴史や日常の裏には笑える話がいっぱいあるのだ。


「話を戻すけど、灰川家は`呪い`を解いたり掛けたりする事が得意な家でな、中でも陽の呪いっていう人に力を与えたりする呪いが得意だ」


「そんなのあるんだ! 私もやって欲しいかも!」


「まあ受験が上手く行きますようにとか、大事な仕事が成功しますようにとか、そういう祈祷みたいな事だよ。霊に憑かれにくくしたりとかもだな」


 没落こそしたが灰川家の能力は健在、しかし生来のバカ気質が祟って1000年ほど家の再興は成ってない。そして別に灰川家の人間は誰もお家再興なんて考えても無い、霊能力で成り上がる様な時代は何百年も前に過ぎたのだ。


「陽呪術の他は一切できないって事は無いけど、そこは覚えといてくれ」


「うん分かった、じゃあ次はこっちが話すね? 佳那美ちゃんの話なんだけど」


 軽めに灰川家の話をした後に市乃が話を始める、今日の本題である明美原 佳那美の話だ。




 市乃が語った内容はこうだった、当事者はハッピー・リレーに新たに所属する事となった『明美原あけみはら 佳那美かなみ』という、小学4年生の女の子だ。


 ジュニア年代の配信者育成プロジェクトがあり、オーディションを務めた者や、その他のハッピー・リレーの職員の誰しも分かるほどの才能が一発で目に止まり、即座に採用して囲ってしまおうという作戦で一発採用となったそうだ。 


 今は精力的に配信者としての基礎知識や話術、個性の出し方とか様々な勉強を積んでる段階らしい。


「本当に凄い子だよー、他の子達も凄いらしいけど」 


「まだ小学生だというのに、とても真面目な優しい子です」


 二人とも大絶賛だ、既にSNSも交換して仲良くなってるらしい。しかしここ1か月ほど嫌な夢を見るせいでよく寝られず、精神的にも落ち方向とのこと。


「どんな夢なのかは教えてくれないけど、かなり嫌な夢らしくて」


「2日前には夜中にパニックを起こして、騒ぎになりかけたと言ってました」


 パニックを起こすのは割と深刻な精神状態だ、精神の状態とは目に見えないから厄介で、深刻な状態にあっても気が付かれない事が非常に多い。


「それは心療内科とかに連れてった方が良いんじゃないか? 事務所に入ったとかもあって、環境の変化に心が付いていってないんだろうさ」


 精神の沈みや病をオカルトに結びつけるのは非常に危険だ、悪質な詐欺霊能者に捕まれば症状は悪化の一途をたどる。


「もう心療内科には行ったんだって、でも今の灰川さんと同じような事言われただけだったって聞いた」


「ならそれが当たってるんだろ、心霊ってよりは心療の方面の話だって」


 医者の見立てが当たってるようにしか聞こえない、子供にはよくあること、転校やクラス替えで一時ナーバス状態になる、それが少し強い症状で出たというだけの話に聞こえてしまう。


  

「灰川さん、実際に確かめもしてないのに決めつけるの?」


「っ…!」



 市乃が言った言葉で気が付かされる、灰川が今やった事は『霊能力など嘘っぱち』と決めつけてる人と変わらない事だ。


「ま、まあ…そりゃそうだけどよ、でも会うって事も出来んだろ。最近は大人が小学生に声を掛けたりしたら逮捕されるんだから」 


「もしもし佳那美ちゃん、悩みを解決してくれそうな人が居るんだけど会ってみないー? 凄く頼りになる霊能者の人だよー」


「待てやコラ! 勝手に話進めんな!」


 市乃がいつの間にかスマホで通話して話を進めてる、焦って灰川が止めようとするがもう遅い


「佳那美ちゃんOKだって! 今からハッピー・リレーの事務所の近くで待ち合わせだから」


「観念して下さい灰川さん、ご活躍お願いしますね♪」


「史菜はなんで楽しそうなんだよ!? 俺はそんなに頼りになる様な男じゃ」 


「はい出発ー!」


 ほぼ無理矢理に決定され、喫茶店を出る羽目になった。市乃も史菜も過剰な期待を灰川に寄せている。





 待ち合わせの場所はハッピー・リレーの事務所の近くのコンビニだ、歩いて行ける距離なので3人で徒歩で向かう。


 その道中で雑談をしてたら、灰川がこんな話題を振り出した。


「なあ、正直どんくらい給料って貰ってんの?」


「普通そういうこと聞く? 灰川さんって結構失礼なとこあるよねー」


「別に誰にも言わないって、少し気になってるだけだからよ」 


 フォロワー100万人規模の企業勢Vtuberがどのくらい稼いでるのか気になる、これだけ力になってるのだから少しくらい失礼な事でも聞きたいと思ってしまうのは普通の事だろう。


「市乃ちゃんが教えたくないなら、私の平均の貰ってる金額をお教えしますね」


「え、良いの史菜?」


「はい、あとやっと名前で呼んで貰えて嬉しいですっ」


 史菜は市乃より灰川への好感度が高いらしく、あっさり教える事を了承した。その結果、驚くべき金額が教えられた。


「私は毎月、平均で350万円を頂いてます」


 「「!!??」」


「いや、何で市乃まで驚いてるんだよ!?」


「だって私の平均300万円だよ!? 登録者は私の方が多いのに!」


 それは平均視聴者数の数とか、スーパーチャットの金額とか、グッズの売り上げやその他の仕事など様々な要素が絡み合った結果の金額なのだろう。


「すっげぇ…女子高生が350万と300万……、住んでる世界が違わぁな…」


「努力して運も良かったからこうなったの! 何もせずお金貰ってる訳じゃないんだからね!」


 実に夢のある話だ、しかも三ツ橋エリスと北川ミナミは有名Vtuberだが業界の頂点ではない、まだまだ上が居るし、ハッピー・リレーの事務所に入ってる金も考えればどんなに少なく見積もっても3倍は稼いでる計算になるだろう。


「ブラック企業で働いて10分の1以下しか貰ってなかったのが馬鹿みたく思えるな、世の中アホらしく思えてくるっての」


「もしよろしければハッピー・リレーの配信者面接を受けてみてはいかがですか? 灰川さんなら簡単に受かると思います!」


「はは…考えとくよ…」


「着いたよー、佳那美ちゃんもう来てるね」


 受かる自信は全く無いけど、もし受かれば人生大逆転のチャンス、そんな事を考えてたら到着したようだった。




 待ち合わせのコンビニの前に小さな子が居る、恐らくはその子が明美原あけみはら 佳那美かなみなのだと灰川は直感した。 


 理由は簡単で『超可愛い』からだ、市乃と史菜もかなり可愛いが、それとは違った可愛さ、言うなれば将来絶対に美人になると約束された容姿の女の子だった。


「佳那美ちゃんお待たせー! 今日もカワイイねー」 


「こんにちわ佳那美ちゃん、レッスンお疲れ様でした」


「市乃お姉さん、史菜お姉さん、こんにちわ。ご心配かけてすみませんです」


 3人が挨拶を交わして市乃と史菜が灰川の紹介を始めてくれた、至って普通の紹介だが、事前の情報もあって込み入った話もしなければならない。


「えっと…灰川さんは霊能力者さん、なんですか?」


「まあ、そんな感じかな、よろしくね。佳那美ちゃんって呼んで良い?」


「は…はい…」


 かなり不安そうな面持ちだ、見ず知らずの大人の男だから仕方ない事だろう。灰川も佳那美が心を開いてくれるとは思って無い。子供は見ず知らずの大人に簡単には心を開かないのが普通である。


「とりあえずこんな所で立ち話ってのも無いっしょ、近くの話が出来る店にでも入ろうよ」


「その前にちょっと雑貨屋に寄って良いか? 買いたい物あるんだけど」


「何買うのー?」


「まあ、必要な物だよ」


 4人が座って話せる店を探しつつ雑貨屋に寄り、ちょうど良い感じに半個室でくつろげるカフェを見つけたので入店した。


「また喫茶店かよ…」


「しょうがないじゃん、落ち着いて話せそうなのここしかなかったじゃん」 


 さっきも喫茶店だったのにもう一回喫茶店に入る事になってしまった、灰川だって別に喫茶店が嫌いな訳では無いがコーヒーとかは別に好きでも何でもない。


「ここは私が奢るよ、灰川さんには助けられたし、言い出しっぺだしね」


「じゃあお言葉に甘えて、私はハーブティーにします」


「すみません市乃お姉さん、オレンジジュースをお願いしますっ」


「パスタとホットサンドとハンバーグ定食とフライドポテトとチキン、あとコーラとカフェオレ、食後にいちごパフェとショートケーキ」


 ここぞとばかりに注文しまくる、奢りだと聞いたら相手が女子高生だろうが容赦しないのが彼だ。


「頼み過ぎだよ! 高1の女の子に対してプライドないのっ!?」


「ないよ、稼いでるんだから良いじゃん、焼き肉屋に入っときゃ良かったな」


「灰川さんっ、もしお腹が減った時は私に言って下さいね、いつでもご馳走しますので」 


 そんなこんなでプライドゼロのバカなやり取りをしてると、暗く疲れた顔をしていた佳那美が「くすっ」と笑った。


「すみませんっ、なんだか灰川さんが面白くて」


「ぜんぜん笑ってくれて良いからね佳那美ちゃん、灰川さん笑われるの慣れてるし」


「お前なぁ、もぐもぐ、笑わせるのと笑われるのとでは、ごくごくっ、違くてだなぁ」


「あはははっ、喋りながら食べてますっ! あははっ!」


 佳那美はけっこうな声で笑いながら明るい子供らしい笑顔を見せてくれた、沈んだ顔で居られるよりは笑われてでも明るくなってくれた方がマシだ。 




「ふぅ、食った食った、夕飯が浮いたなこりゃ」


「こんな大人の人、見たことないですっ。あはははっ、はぁはぁ」


 灰川の言動に佳那美は笑い過ぎて苦しくなりかけてる、そのくらいツボに入ってしまった。笑いの沸点が低いのは、しっかりしてそうに見える佳那美には少し意外だった。


「ちょっと笑いが収まるまで話は待とうかね、俺も食い過ぎて苦しいし」


「食べ過ぎてお腹がって…! あはははっ! 子供みたいなこと言ってます灰川さんっ、霊能者なのにっ…! んふふふっ!!」


 もう灰川が立って歩いただけで笑いそうな勢いだ、こんなんで配信者が務まるのか?と聞きたくなるくらい笑ってる。


「佳那美ちゃん、霊能者にどんなイメージ持ってるか知らないけど、たらふく食えば腹は苦しくなるよ? 人間なんだから」


「んふーーっ…! たらふくっ…! たらふくって言ったっ…! あっはははっ…!! はぁはぁ…!」


「なぁ史菜、この子本当にハッピー・リレーの期待の星なの? 笑いぶくろじゃん」


「はい、この子がハッピー・リレーの期待の星の佳那美ちゃんです、こんなに笑う所は初めて見ました」


「期待の笑い袋って言うなぁ!あはははっ! く、苦しいっ!」


 もう何を言っても笑われてしまう、灰川は大人しく黙ってる事にしたのだった。

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