第6話 配信を見に来てくれた!

『牛丼ちゃん;灰川さん、遊びに来たよー!』


『南山;こんばんは灰川さん、先程はありがとうございました。』


 どうやら早速あの二人がサブアカウントで配信に来たようだった、久々に普通のコメントが来た事に嬉しくなりすぐに反応する。


「本当に来てくれたんだ、マジで嬉しいよ! ゆっくり見てってね」


 この配信にコメントが書かれるのは非常に珍しい。スパムコメントは来たりするが、視聴者からのコメントは1回の配信にゼロか数える程度だ。


『牛丼ちゃん;なんだかさっきと少し違った感じの喋りだねー』


『南山;今プレイされてるゲームはどのようなゲームなんですか?』


 普段の喋りと配信での喋りが違うなんてよくある事だ、エリスとミナミだって会って話した時と配信とでは少し違う印象がある。


「喋りはそんな変わんないっしょ、今やってるのはアクションゲームなんだけど、操作性が掴みにくくてね」


『牛丼ちゃん;アクションかー、私けっこう得意だよ!』


『南山;私はこういったゲームは経験ないですが、灰川さんがお勧めしてくれるならプレイしてみたいです』


 三ツ橋エリスは様々なゲームを配信でプレイしており、アクションゲームも例外ではなく得意だ。


 北川ミナミはゲーム配信もやるが、歌配信や視聴者の質問などに答える配信が少し多めだ。


 その他にも二人とも勉強配信と言われる物があり、様々な分野のトリビアや知識を視聴者と一緒に学ぶ配信なんかもあって、ハッピー・リレーの配信者は最近は結構そういう系統の事もやってる。


「このゲームはお勧めしないよ、クソゲーとまでは言わないけど操作性悪くてストレス溜まる」


『牛丼ちゃん;配信でクソゲーとか言っちゃうの!? 企業案件来なくなるよ!?』


『南山;私たちの配信だったら絶対に言えない事です! 灰川さん凄いです!』


「企業案件なんて来るわけないじゃん、まだ登録者15人よ? 二人の配信で俺みたいなこと言ったらリスナーの目玉飛び出るんじゃない? はははっ」 


 名の売れたVtuberや配信者は迂闊な事は言えない事が多いだろう、だが灰川のような底辺配信者だったらその限りではない。


 有名配信者で一つの動画で何十万円も稼ぐ人や、1回の配信でスーパーチャットが百万単位で舞い込む配信者はチャンネルが停止されたりすると大事おおごとだ。


 しかし登録者数が少なく名前も売れてない配信者ならチャンネルが停止されても大して痛くないし、厄介な人の目に止まる可能性も少ないから割と本音や失礼な事も言えてしまうのだ。


 有名人の配信には無い面白さが無名の配信者の配信にはある。安定して高いレベルの面白さを貰える有名配信者と、無名の配信者が持ってる配信の面白さの武器は違う。


「あー、そういや配信では二人は雲の上の存在なんだよな、牛丼ちゃん様、南山様」


『牛丼ちゃん;それ絶対に誰かに言わないでよね! 今は私らしかリスナー居ないから良いけど』


『南山;私としては灰川さんのほうが凄いお方だと強く思っております! 様なんて冗談でも付けて欲しくありません!』


「ごめんごめん、じゃあ配信を続けるよ」


 二人以外の視聴者が居ないのをいいことに好きに喋る、それにしても南山こと北川ミナミの灰川への信頼度が謎に高い。窮地から助けたというのは事実だが、それだけでここまで好感を持たれるとは思ってなかった。


「そういえば二人は普段どんな感じで配信してんの? 実はあんま二人の配信見た事なくってさ、つーか質問したい事いっぱいあるな~」


『牛丼ちゃん;ここじゃ言えないよー、アーカイブに残ったら誰かに特定されるかもだし』


『南山;私もこの場では灰川さんのお頼みでも流石に…、先程でしたら幾らでもお答えしたのですが』


「だよね、マジごめん!」


 今の質問は失礼を通り越して危険な質問ですらある、二人は超有名Vtuberなのだから何処に危険があるか分からない。おそらくハッピー・リレーからも様々なお達しが出てる筈だ。


「ねぇねぇ、俺の配信って面白い? 自分的には結構良い線行ってると思ってるんだけど」


『牛丼ちゃん;まだ来てから時間たってないから分かんないよ、その質問早いって』


『南山;とっても楽しいです! もっと色んなお話しやゲームの事をお聞きしたいです』


「南山ちゃんは分かってるねぇ! それに比べて牛丼ちゃんはまだ俺の配信は早かったかぁ」


『牛丼ちゃん;ムカつく! そう言うなら面白い話でもしてよ灰川さん』


「面白い話? 良いぜやってやるよ、牛丼ちゃんの配信じゃ出来ない話してやるっての」


『南山;灰川さんのお話し、是非お聞きしたいです!』


 その後も牛丼ちゃんと南山のコメントと会話を交えながら配信を進めて行く、適度にツッコミや煽りを入れてくれる牛丼ちゃんと、何を話しても無条件で褒めてくれる南山が居ると、灰川としては非常に話を続けやすかった。


 だがハッキリ言ってしまえば灰川の配信はエリスやミナミのような、トークの研鑽と教練を積んだ者の配信と比べたら稚拙で退屈で直すべき所は多々ある、それでも二人は楽しんでくれた。


 この後は他の視聴者が来ることも無く、3人の会話スペースみたいな状態になって配信は終了した。




「じゃあ今日はこの辺にしとくかね、二人は明日も学校?」


『牛丼ちゃん;違うよー、明日は休み』


『南山;明日は土曜日なので学校はありません』


 二人は現役の女子高生だから配信時間や生活に縛りがある、未成年の企業系配信者は10時以降は配信できないとか、給金の支払いが複雑になるとかだ。


 様々な縛りがあるようだが、ハッピー・リレーのようなちゃんとした所だと抜け道を用意していくらかは対策してるらしいと聞いた。だが学校にはちゃんと行かなければならない。


『牛丼ちゃん;ところでこの後ヒマ? ちょっと相談あるんだけど』


「え? まあ良いけど、どうしたの?」


『牛丼ちゃん;配信終わったらで良いから、ちょっと時間ちょうだいねー』


 そのまま配信を終えて少し待つと、スマホにSNS通話の電話が掛かってきた。





「やっほー灰川さん、お疲れのところゴメンねー」


「こんばんわ灰川さん、先程ぶりですねっ。配信とっても楽しかったですっ」


 受話口の向こうからエリスとミナミの声が聞こえてくる、どうやらスピーカー通話らしい。


「楽しんでくれて俺も嬉しいよ、普段は誰も見てくれないしさ」


 こんなに楽しく配信出来たのは初めてかもしれない、灰川は改めて配信という物の醍醐味を味わった気分だった。


「ところで相談の事なんだけどさ、灰川さんって明日ヒマ?」


「その聞き方止めろって、無職なんだから暇に決まってるって思われてんの分かるから」


 明日も暇な事は確かだが、いざ聞かれるとなんかイラッと来る。


「じゃあまた相談乗ってくれる? 今度はハッピー・リレーの事務所の事なんだけど」


「事務所? そんなん会社の人に直接言えば良いじゃん、てか一回会っただけの男をそんなに信用するのもどうなの?」


 灰川とエリスは一回しか直接会った事が無い、互いの本名すら知らない仲だ。


「でもこういう変な事頼めるの灰川さんだけだし、誰だって最初は他人だよー」


「まあ言われてみればそうだけど、ネットの相手なんて簡単に信じたらダメだぞ、もちろん俺もだ」


「わかったよー、良いから明日も渋谷ね! 朝10時にグレゴリオっていう喫茶店でミナミと一緒に待ってるからねー」 


 それだけ言うとエリスはまたしても一方的に電話を切ってしまった。


「なんだよ、明日はパチにでも行こうと思ってたのによ、てか貸し作って即座に頼み事って冗談だろ」


 なんだかワガママな妹が居る兄にでもなった気分だ、一方的だが仕方なく、それでも有名配信者にまた恩を売れるかもしれないチャンスだと思う事にして、明日も顔を出すことに決めたのだった。




 翌日、スマホでナビを見ながら指定された喫茶店に向かう、どうやら穴場的な喫茶店らしく、ビルの3階にある純喫茶の店のようだった。


「あ、灰川さん来た来たー、ちょっと遅いよー」


「おはようございます灰川さん、昨日の配信とっても楽しかったです!」


 エリスとミナミは空いてる喫茶店の壁際の席に座っていた、昨日のエリスの制服姿とミナミの部屋着の姿とは違って私服姿だ。


 エリスは可愛さを押しつつも自己主張のしすぎない服装で、ミナミは落ち着いて上品ながらも柔らかさのある服装だった。


「おはよう、牛丼ちゃん、南山ちゃん。二人のコラボ配信も凄い盛り上がってたの見てたよ」 


「~~! ほ、本当ですか灰川さんっ!? なんだか照れてしまいますが、とても嬉しいですっ」


「灰川さん見てたんだねー、視聴ありがとっ」


 挨拶を交わして席に着く、二人は少し前に来てたようで二人の前にはそれぞれレモンティーが置いてあった。


 灰川もコーヒーを頼み、ちょうど良い機会だから二人に色々と配信のコツとか聞こうかと思ったら、南山こと北川ミナミが声を発した。


「改めて自己紹介させて頂きますね、私は配信名は北川ミナミですが、本名は白百合しらゆり 史菜ふみなと言います、忠善ちゅうぜん女子高校の1年の16才で、住まいはお分かりの通りです」


「ちょ! ミナミ、個人情報はダメだよ!」


 北川ミナミこと白百合 史菜は自分の事を灰川に知ってもらえるのが嬉しいかと言うように、笑顔で自己情報を晒してきた。


「エリスちゃんこそ、こんなにお世話になってるのに名前も名乗らないなんて失礼過ぎると思うよ、不安なら仕方ないと思いますけど」


「うぅ、確かに…」


 南山というハンドルネームならまだ良いのだが、エリスの事を牛丼ちゃんで呼ぶのも無理を感じてた所だ、しかし灰川はまさかミナミのような有名人が本名や個人情報を話すとは思ってなかった。


「俺は本名は灰川はいかわ |誠治《せいじ》、25才だけど勤めてた会社が無くなって絶賛無職、配信で生活できるようになるの目指してる感じかな、家は渋谷からちょっと離れた駅の近くのボロアパートに住んでる」


「ちょ、灰川さんまで!? 本当に大丈夫なの!? ってか配信者名に苗字使ってるの危なくない!?」


「俺としても年上の男が2回も会って名前を名乗らないのはどうかと思ってさ、牛丼ちゃんは無理して名乗らなくても良いけど」


「そ、そかな…うーん、」


 余程の事が無い限りは名前や多少の個人情報なんて知られても大丈夫だ、少なくとも灰川は二人が自分の個人情報を知って何かするとは考えてない。


「私はVtuber名は三ツ橋エリスだけど、本名は神坂かみさか 市乃いちの、第2高校の1年で16才、住まいは史菜の隣のマンションだよ…うぅ、言っちゃった…」


「別に無理して名乗らなくても良かったんだぞ、忘れて欲しいなら忘れるからよ」


「私の事は是非覚えて頂けると嬉しいです、私も灰川さんのプロフィールを忘れる気はありませんし♪」


 不安そうなエリスこと市乃と嬉しそうな史菜と随分と対照的だ。


「それでどの名前で呼べば良い? 3つも名前あると何て呼べば良いか正直わからん」


 Vtuber名とサブアカ名と本名と3つも名前があると呼び方に困る、こういう時は本人に聞くのが一番だ。


「市乃って呼び捨てで良いよ、さんとか付けられるの苦手だし、灰川さんにちゃん付けで呼ばれるのゾワゾワしそうだし」


「私も史菜と呼んで下さいっ、その方が嬉しいです」


 街の中でVtuber名で呼んだら声の質で身バレするかもしれない、本名で呼ぶのが正しいのだろう。


「わかったよ、よろしく、市乃に史菜。俺の事は灰川でも誠治でも良いよ」


「じゃあ今まで通り灰川さんって呼ぶねー、でも誠治さんも呼びやすくて良いかもね」


「では私も灰川さんと呼ばせて下さいっ、お名前をお呼びするのは少し恥ずかしいので」


「良いよ良いよ気にしなくて、それで相談って何なの市乃いちの史菜ふみな」  


 それぞれの呼び方も決まり本題に入る、本当なら色々と配信の事とかを聞きたいが年上の人間が話を引き延ばすのも悪いと感じたのだ。


「実は事務所が新しいYour-tuberの形として、小学生から中学生の子のtuberを育てようとしてるんだけど」


「えっ!? 時代はもうそこまで来てるのか…」


「はい、みんなとっても頑張ってて凄いんですよ」


 三ツ橋エリスと北川ミナミの正体が高校の1年生と知った時より衝撃を受けたが、そのまま落ち着いて灰川は話を促す。


「小学生とか中学生から才能ある子を見つけて育てれば、凄い数字の取れる配信者とかVtuberが出来上がるって事で、ハッピー・リレーの経営部の人達がオーディションで募集した子達が居るんだよね」


 市乃が言うにはハッピー・リレーは100人を超えるVtuberや配信者が属してるが、各部門で頂点は取れてない。


 三ツ橋エリスや北川ミナミが属するVtuber部門は人数が60名で、平均視聴者登録数は実は5万人だそうだ。


 ハッピー・リレーは立ち上げから3年ほどの会社であり、初期こそ快進撃を続けたが今は非常に伸び悩んでるらしい。今も変わらず業界大手ではあるものの、以前のような勢いはない。


 Vtuberでは競合他社の引き抜きがあったり、会社との揉め合いで契約期間満了で即座に個人Vtuberに転向した者も居たり、グループ配信者やグループYour-tuberは仲間割れしたり、個人で活動してた配信者は異性関係や過去の発言などが原因で炎上したりと、トラブルも多かったそうなのだ。


 これらの事は企業ブランドの低下、ハッピー・リレー配信者への信頼度の低下、ひいては人材の質の低下を招き割とシャレにならない事態になってるらしい。


「そこで考え出されたのが配信者の育成と更なる若年層へのアプローチって訳か」


「そういう事らしいよ、だからマネージャーさんが私たちには今以上に頑張って欲しいって言ってた」


 ハッピー・リレーは市乃や史菜を子供扱いしてない、対等なビジネスパートナーとして扱ってる。普通なら高校1年にこんな話はしないだろう。


「私たちが入った頃にお世話になった方々も、スタッフさんを含めて他の企業に移ったりされて、居なくなってしまった方も多いんです」


「てかハッピー・リレーって入った時は入る前の評判とメチャ違って驚いたもん」


「まあ会社の事は良いんだけどさ、相談の内容は何なのさ?」 


「ゴメン、話逸れちゃった! それでその新ユニットの子に会ったんだけど、最近嫌な夢を見るらしくて、その話聞いたら灰川さんみたいな人の分野の事なんじゃないかって思ってさ」 


「なんかまだ要領を得ない話だな、子供なんだし悪夢症なんじゃないか?」 


 そこから灰川は詳しく話を聞くことにする、まだ内容は知らないからオカルト面では何も言う事が出来ない状態だ。


「でも分かんないじゃん? 悪霊とかの仕業かも知れないって、灰川さんに助けられてから思ったんだから」


「悪霊ってお前さんな…良い機会だから俺の霊能力に関して少し説明しとくわ」


 灰川は自分の霊能力や、何が出来るのか等を説明する事にした。

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