第5話 視聴者が一人増えた!


「す、すごいですっ! 灰川さんっ、本当に凄い方だったんですねっ!」


 「「え?」」


 静かに聞いてると思ってた北川ミナミが吠えた、灰川を絶賛しながら感動の涙を流しそうになってる。


「いや、今のはただネットのお経を流しただけ……」


「そんなこと私は思いつきもしませんでしたっ! コロンブスの卵です!」


「そもそも大した呪いじゃなかったし…」


「私には何も出来ませんでした! 灰川さんが来てくれなかったら死んでたかもしれませんっ、ありがとうございます!」


 北川ミナミが滅茶苦茶に灰川を持ち上げて絶賛する、灰川としては大した事をしたつもりも無いし、ここまで有難がられるとは思ってなかった。


 ここに来る前にエリスが言ってた事を思い出す、ミナミは怖がりで人見知り、それを考えるとミナミは灰川が思ってたより深刻に精神が参ってたようだ。


 そんな中で助けてくれた灰川に対して大きな尊敬と感謝の気持ちが生まれ、心の壁もぐっと薄くなったのだ。


「持ち上げ過ぎだってミナミ、灰川さんちょっと困ってるよ」


「そんな事ないよエリスちゃんっ! 灰川さんは凄い霊能力者で素晴らしい配信者さんです!」


「え?」


 ここに来て忘れていた属性を思い出した、そういえば配信者だってこと話したんだった!と灰川は焦る。


「いや、はは…参ったな~…」


 配信者な事は確かだが、この二人とは天と地の差がある。その事にさっきは触れなかったため、ミナミは灰川を『さぞ凄い配信者だろう』と思ってしまってる。ここで3人のスペックを冷静に考えてみた。


 


  三ツ橋エリス


 配信界隈では最高の配信者事務所のハッピー・リレーに所属する登録者100万人目前の企業Vtuber。


 明るい配信が売りで配信ではコメント欄は大盛り上がり、切り抜き動画を作る人も多く、話の面白さもトーク力も素晴らしく高い。


 グッズも多数作られ売れてるし、最近では声優としてアニメにも出演、彼女の配信ではスーパーチャットが雪合戦のように飛び交ってる。

 



  北川ミナミ


 三ツ橋エリスと同じハッピー・リレーに所属するVtuber、チャンネル登録者は80万人。


 配信では彼女の優しい雰囲気の配信に魅かれ熱心にリピートするファンが多く、トークや話の選び方も柔らかな雰囲気だ。


 最近では人気ソーシャルゲームにキャラクターとして出演して話題になり、配信では歌配信や質問に答える配信も人気である。





  灰川メビウス


 個人で配信をやっており、顔出しはしない普通の配信者でVtuberではない。チャンネル登録者は12人で、そのうちの7個はスパムアカウント。


 滅多に視聴者は来ないし、来ても5秒くらいで帰られてしまう。配信中にゲームでキレて口汚くなったりする。霊能力があるが配信には役に立たない。


 最近は勤めていた会社が倒産して無職、配信者としても社会人としても完全に底辺の25才。




 完全に勝ち組と負け組の構図、灰川からすれば『どうしてこうなった?』と言いたくなるような感情だ。


「チャンネル名は何という名前なんですか? 私も是非に登録させて頂きたいですっ」


「はは…いや~…」


「チャンネル名は`灰川メビウスのゲーム配信`だよー」


「ちょ…! なに勝手にバラしちゃってんだよ!?」


「さすがに隠し通せないっしょ? 灰川さんのチャンネル登録も増えるし良いじゃん」


 確かにそのうちバレるかも知れないけど、ミナミの尊敬を勝ち取った手前、この場で速攻でバレるのはプライドが痛むという物だ。


「待ってて下さいねっ、北川ミナミのアカウントで決められた人以外をフォローするのは禁止されてるので、サブアカウントを作って登録させて頂きますっ」


 行動と判断が早い!さっきまで怯えてビクビクしてた子とは思えない速さ、灰川は内心でどう言い訳しようか考えてる。


「え…? 登録者14人? 違うチャンネルを表示してしまったんでしょうか…?」


「あー、2人増えてるじゃん、良かったね灰川さん」


「うぐぐ…」


 何故か知らんがいつの間にか登録者が2人増えてる、たぶんスパムアカウントだ。


「まだ配信は始めたばかりだったんですね、それなのに12人も・・・・登録者さんが居るなんて凄いです!」


「はは…あ、ありがと」 


 ミナミの凄いと言う基準が灰川には分からない、尊敬の念が一気に膨らみ過ぎて訳の分からない事になってるのかもしれない。


「登録させて頂きました! 今度はいつ配信されるんですかっ? もし学校や私の配信と被って見れなかった時も、アーカイブで見させて貰いたいですっ」


「と、登録ありがと、いつでも配信に遊びに来てね……はは…」


「はいっ!絶対にお邪魔させて頂きますね! 灰川さんも、もし良かったら私の配信に遊びに来てくださいっ、凄く頑張れる気がします!」


 こうして騒ぎは一段落し、北川ミナミのポルターガイスト騒動も終わりになった。


 その後は一応のアフターケアとしてお守りとお札を渡し、ミナミもエリスも落ち着いたので帰ろうかと思った時だった。


「そういえば灰川さん、おれいってどーしたら良い? お祓いとかってどのくらいお金掛かるか知らないで頼んじゃったんだけど」


「そ、そうでした! お祓い料は幾らなんでしょうか?」


「あ~、そういや考えてなかったわ、どうしよ」


 お祓いや除霊という物は依頼する所によって金額の差が大きい事が多々ある、無料で請け負う個人も居るし、数千円から2,3万円くらいの所、高ければ何百万とか取ったりする。


 詐欺も多く、何度もお祓いをしないと駄目だとか言って、複数回にわたって大金をせしめる悪徳霊感商法もあるし、最悪な所だと洗脳されて全財産を奪った上で借金までさせて金を毟り取る輩も居る。


 灰川は別に職業霊能者でもなければ看板を出して除霊やお祓いを謳ってる訳では無い、契約書も無ければお祓いをしたという証拠すらない。言ってしまえば彼女たちは法律上なら灰川に金銭を支払う義務はない。


 だが彼女たちはハッキリ言えば相当な大金を持ってるだろう、高校1年ではあるが超有名Vtuberなのだから。


「金はいらないよ、お礼も別にしなくて良い」


 「「え?」」


 灰川は冷静に考えた、さっきまでは恩を売ってハッピー・リレーに配信者として迎え入れて貰おうと考えたが、よく考えれば霊能者で彼女たちを助けてハッピー・リレーに入れて貰おうとするとか怪しさ満点だ。


 下手すれば会社から訴えられたりしかねないし、もしファン達に知られれば住所特定からのアパート爆破、道端を歩いてたらナイフで刺されて死亡なんて事になりかねない!……可能性も無きにしも非ず。


 少なくとも良い結果に繋がるとは灰川には思えない、自分の事だと考え過ぎになって保守的になり過ぎる、それが灰川だった。


「そういう訳にいかないよ! こんなにお世話になったんだから!」


「そうです! お金じゃなくても何かさせて下さい!」


 こう来ることは予想していた、だからこそ一般的な回答をしておく。一つ貸しというやつだ。


「じゃあ俺が何かで困った時に助けて、それで良いっしょ」  


「んー、分かったよ。困った事あったら何でも言ってね灰川さん」


「灰川さんがそれで良いと言うなら…分かりました」


 お祓いのお礼についても解決し、有名Vtuberに貸しを作って終わりになった。


(やっぱ配信者としては地道に身の丈に合った成りあがり方をしよう!) 


 無職ではあるが、まだ雇用保険の給付期間だし焦る様な時期じゃない、落ち着いて身の丈に合った道を行かないと転んで大怪我するのは自分だ。


「ところでミナミちゃん、もう怖さは大丈夫? もし怖かったら家族の人とかに頼んで来てもらうとか~……」


「大丈夫です、灰川さんから頂いたお守りとお札がありますから!」


「そ、そう…まあ大丈夫ななら良いんだけどさ」


 ミナミの灰川への信頼度上昇は留まる所を知らない、絶賛株価急上昇中だ。


「それじゃ俺はお役御免だね、そろそろ帰るよ」


「では灰川さん、駅までお送りしますね♪」


「え、いや、もう夜だから高校生は外出ちゃダメだって」


「そうだよミナミ、灰川さん大人なんだからさ」


 そんなこんなでもう大丈夫と判断し、灰川は少し急いで北川ミナミの部屋を出たのだった。




「は~疲れた、お祓いとか久々だよ」


 ボロアパートの自室に帰って来て寝転がる、さっきまで居た北川ミナミの高級そうなマンションとは酷い差の部屋だ。


 ただネットのお経を流しただけだが、若い子と話すの自体が久々な上に得意な方でもない、体も鈍ってるから疲れやすくなってる。


「まあ良いか、誰かの配信でも見て休もうかね」


 パソコンを起動してネットを開くと、Your-tubeのトップページに『北川エリス@体調回復!復帰配信中 エリスちゃんも一緒です♪』という配信中の動画が表示されていた。


 即座にクリックして配信を見る、ついでにチャンネル登録もしておいた。 


 配信は急遽始めたらしく、あのままミナミの家に泊まる事にしたエリスと一緒のコラボ配信だった。


 二人でクラフト系ゲーム、ゲーム内で様々な物を作って遊ぶゲームをプレイしており、お洒落な家を作ってる際中のようだ。


 もう視聴者への挨拶やミナミの復帰に関しても適当な理由を説明してるらしく、体調が悪くなったら家の中でポルターガイストが起きたとネタっぽく発表して、視聴者の心配と好奇心を上手く刺激したようだ。


『でさー、私はこう思うわけ! 最近のゲームは刺激が足りない!もっと銃とかハデな魔法とかぶっ放して、敵も街もさっぱりさせよーぜー! あははっ』


『そうなんだねエリスちゃん、私はもっと可愛いゲームが良いと思うな、アニマルファンタジー3みたいなゲーム、またやりたいな』


 画面の中には二人のワイプ画面が表示されて、表情豊かなCGモデルに変身した二人が雑談を交えながら楽しそうにゲームをしてる。


 エリスはCGモデルだと金髪のショートヘアで、元気そうな印象のキャラクター性が前面に押し出されたデザイン、ビジュアル的にもキャラクター的にも高い人気を誇る。笑いと元気を貰える事を期待してる視聴者が多いVtuberだ。


 ミナミのCGモデルは柔らかな印象を受ける目に優しいライトブルーのロングヘアで、可愛さと優しさが同居するようなビジュアルだ。ミナミの配信には癒しを求めて来る層が多く、疲れに効くVtuberとして人気を博してる。


「俺だって二人に負けないような配信者になってやるってぇの!」


 配信界隈には男で有名な人だって大勢いる、自分だってそうなってやる、そうなれると灰川は思ってるが根拠はない。


「俺もVtuberで女やって売り出すかぁ? そうすりゃ手っ取り早く人気出そうなんだよなぁ」


 VtuberはCGモデルを使うから男でも女のキャラクターになれるし、その逆もある。可愛いと思って応援してたVtuberが中身はオジサンだったなんて事はよくある話だ。


 もっともVtuberだって人気者になって登録者何万人になれるのは一握り、世の中はそんなに甘くない。


『そういえばミナミ復帰したけど、何か新しい配信とか考えてるー? あ、怖い話の配信はやめといた方がいいかもねー』


『エリスちゃんも変な現象で困った事になってたもんね、配信は今度アニメか映画の同時視聴を考えてるかな、リスナーの皆さんと一緒に楽しく見る配信』


『あー、あれって楽しそうだよね! 何か良い作品あるのー?』


 こんな会話がなされ、コメント欄にはファンのお勧めのアニメや映画作品の名前が驚くほどのスピードで流れていく。



コメント;アニメは異世界系が流行りだよ

コメント:ゴルゴ12見よう!

コメント;思い切って時代劇とか

コメント;エリスちゃんが声優やった作品見ようぜww



 視聴者を1秒と退屈させる事なく二人は元気に、柔らかに会話をしていく。


 エリスとミナミはこれまで何度かコラボ配信しており、ファン達の間でも仲が良いと評判だ。


 灰川が見るに二人の才能は素晴らしい、話は流れるようにペース良く進み、声の質や言葉選びも個性がありつつ人から好かれて然るべき。


 だがそれらの事は彼女たちが配信をするようになってからも、裏でトークを磨いたりなどの努力を欠かさなかったからだ。 


 明確な目標も適切な努力もしてない灰川とは根本が違う、才能も努力も高校1年の女子に負ける25才の男性配信者、それが灰川だ。霊能力では勝ってる。


『皆さん、今日は私の復帰配信にお付き合い頂き、ありがとうございました。明日も配信の予定があるのでよろしくお願いします。』


『私の方も色々やってくからねー! 今日も楽しかったよ、みんなまたねー!』


 こうして配信は終了し、コメント欄も名残惜しそうにしながらもミナミの復帰配信は無事に終わった。


 時刻は夜の10時になろうかというくらいの時間、生活リズムが壊れ気味の灰川にとって夜の本番はこの時間からだ。




「よし、俺も負けてらんねぇな! 配信すっかぁ!」


 気合を入れてボロ冷蔵庫からエナジードリンクを取り出しパソコンに向かう、配信サイトにアクセスして配信ページを表示してゲームを選び準備は完了。


「配信スタート、はいどうも、灰川メビウスです。今日はアクションゲームやっていこうと思います」


 マイクに向かって一人で喋りながら配信を開始する、灰川は顔出し配信ではないのでゲーム画面とコメント欄が表示されてるだけのシンプルな配信画面だ。


「うわ、けっこうムズイな…コツを掴むのに時間かかりそうなんだけど…」


 思ったより操作性が悪くゲームに苦戦する、だんだんイライラが溜まって来てゲームに対してキレそうになるが、そこは我慢してプレイをしていく。


 


 配信を開始して5分くらい経過した所で、コメントの投稿を知らせる音がピコンと鳴った。


『牛丼ちゃん;灰川さん、遊びに来たよー!』


『南山;こんばんは灰川さん、先程はありがとうございました。』


 どうやら早速あの二人がサブアカウントで配信に来たようだった。

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