第3話 人気Vtuberからの頼み 2
底辺配信者、灰川メビウスは今日も昼過ぎに散らかった部屋のベッドから起き上がり、スマホを弄ってからカップラーメンに湯を入れていた。
「はぁ、マジで配信で食って行きてぇなぁ~」
配信者というのは大きく分けて3つの種類がある、プロで配信や動画投稿だけで生活してる者、プロを目指してる者、趣味でやってる者、こんな具合だ。
灰川は種別としては2番目のプロ志望だろう、だがプロになるための努力は圧倒的に足りて無いし、明確な目標を立ててる訳でもない。
つまり『プロになれれば良いな』という程度の配信者だ、ほとんど無職期間の暇潰しみたいにしかなってない。登録者だって12人だ(牛丼ちゃんが登録してくれた)
「そろそろ出るかな、渋谷とか結構時間掛かるし」
住まいは都内だが町外れのボロアパート住まい、住人は灰川ともう一人の離れた部屋の住人しか居ないから夜中に配信して声を出しても大丈夫な環境だ。
そんなボロアパートを出て灰川は電車に乗り、目的地の渋谷へ向かった。
「早く着いちまった…」
久々に来た渋谷の街は喧騒に包まれてる、駅前のあちらこちらで観光客が写真を撮ってるし、高校生や中学生、若い年代の者たちが遊びに来て賑わいを見せていた。
常に祭りでも開催されてるような街、それが灰川が抱く渋谷へのイメージだ。
(この街って苦手なんだよな、人が多いから歩いてるだけで疲れるんだよ…少し歩いて時間を潰すかぁ)
待ち合わせの時間まではまだ1時間ほどある、それまで街をぶらつきながら時間を潰してからコーヒーショップへ向かった。
駅前の指定された注文口でコーヒーショップに入り、安いコーヒーを注文して受け取って席を見渡しながらそれらしき人物を探す。
前情報がなにも無い状態だから注意深く見て行かなければならないが、そもそも本当に来てるかが疑わしい。
歩きながら見回ると店内には学校帰りの学生で溢れてる、中学生に高校生に大学生、男女問わずに席は満杯に近い。
(たぶん一人で待ってるんだよな、当事者の知り合いの子も一緒かもしれないな)
1階の席にはそれらしき人はおらず2階の席に行って見渡してみる、やはり見ただけでは簡単には分からなかった。
しばらくうろついてると灰川のスマホに着信が入り、番号を確認すると例の番号だった。
「はいもしもし」
「灰川さん、どこいるのー? 私、窓際の席に座ってるよー」
窓側のテーブル席に目を向けるとスマホを耳に当ててる人物が一人いた、その人物は学校制服を着た高校生くらいの少女だった。
(え? マジでJKなの…?)
その人物と目が合ったと思ったら、少女が席を立ってこちらに近づいてくる。
「灰川さん?」
「えーと…なんて呼べば良いの?」
「んー、じゃあ牛丼ちゃんで!」
「そっちで良いんだ…」
三ツ橋エリスと呼ぶ訳にもいかないし、本名を打ち明けるほどの仲でもない。お互いにハンドルネームで呼び合うことにした。
灰川は驚いていた、この牛丼ちゃんという人物を知れば知るほど本物の三ツ橋エリスだと思える要素が増えていく、今だって目の前の子と電話の子と配信で聞いた三ツ橋エリスの声がほとんど同じだという事に動揺しかけてる。
席に付いて1秒ほど牛丼ちゃんを見やり、容姿から受ける印象を自分に少し落とし込む。
(すげぇカワイイな…)
CGモデルの三ツ橋エリスと似たような印象を受ける容姿だ、ショートカットで栗色の髪、身長は150cmくらいだろうか、肥満してる訳でもなく痩せてる訳でもない普通の体型、そしてどうしても胸に目が行ってしまうが……まあ普通より少し大きいかという程度だろう。
高校の制服と思われるブレザー服がよく似合ってる、健康的で元気そうなイメージを受ける見た目だ。
「とりあえず初めまして、牛丼ちゃんって高校生なの?」
「初めまして灰川さん、高校1年だよー」
また驚かされる、あの有名バーチャル配信者の三ツ橋エリスは現役の女子高生だった、しかも割と美少女……世の中不公平と思わずに居られない。
「灰川さん、とりあえず私がエリスだって事は秘密でお願いしますよー」
「分かってるよ、このカフェの中でも知ってる人居そうだし、騒ぎになったら後味悪いって」
「それでどうすんの? 呼ばれて来たけど牛丼ちゃん、見切り発車したでしょ?」
「あはは…バレてたかー…」
知り合いの事が本当に心配でなりふり構わず灰川に無理くり頼んだ、それに踊らされた形だが灰川には配信で有名になりたいという下心が多少あるから文句は言えない。
「まあ良いよ、それで知り合いの子は色々と大丈夫なの?」
「んー、さっき昨日に電話したらやっと繋がってさ、3日前の時より参っちゃってるみたいだった、正直すごく心配だよ」
日が経っても体調は良くならず、ポルターガイストのような現象もいまだに発生してるらしい。
「灰川さんの話だと、そういう現象って簡単な事で収まるんだよね? だったらお願いっ!」
「お願いって言われてもなぁ…現場を見てみない事には何とも言えないよ」
「えっ? だって私の時は電話だけで助けてくれたじゃん」
「昨日のだって大丈夫だって言ったけど、多分って付けたじゃん…牛丼ちゃんの部屋の件も解決した可能性は100%じゃないよ、念のため神社とかでお守りとか買いなって」
「え、そうなの…?」
「ちょっとだけ説明するよ、有名人とか権力者の人とかって昔からオカルト方面を気にする人が割と多いんだよ」
芸能人や政治家は大事な時に寺社仏閣に参拝する人が結構いる、大事な仕事の成功や選挙の当選を祈願する人が昔から結構いるのだ。
海外にも映画俳優や政治家がよく教会に行くなんて話も聞く、これらの事は灰川のような霊能力に所縁のある者から見ると良い事だ。
芸能界や政治の世界は一見華やかに見えて競争が激しく、妬みに恨みに負の感情がいっぱいだ。勝ち組になればバラ色の人生、しかし負ければ……。
芸能スタッフ達も素晴らしい作品、エンターテインメントを作り出す事に情熱を燃やし、寝る暇も無く働く人も多いと聞く。
その中で生き残れるのは一握り、毎日のように誰かが引退、退職して悔しさや恨みを残して業界を去っていく。その一方で夢を掴むために新たな人間が絶え間なく入ってくる。
「そういう業界だと人気のある人は妬まれて負の気、今風に言うとマイナスのオーラみたいなのを引き寄せちゃうんだよ」
「へ~、そうなんだ」
「昨日の事は牛丼ちゃんにマイナスのオーラが溜まってたってこと、だからお守りでも買えって言ってんのさ」
そういったマイナスのオーラを祓うと不幸や変な物を寄せにくくなる、もちろんそれは本人の気の持ちように寄るところも大きい。
「でもそれって科学で証明とかされてないんですよね? 思い込みとか気のせいとかもあるんじゃないですか?」
昨日に自身が心霊現象を体験したのに既に疑い始めてる、エリスは昨日の一件では幽霊の気配は感じたが実際に見た訳では無い。
「そうだよ」
「え? 灰川さんって霊能力あるんですよね? 信じてないんですか?」
「解明が出来ないから俺だって分からないことだらけだよ、今の話だって納得はしてるけど本当なのかどうかは分からない、芸能人とか政治家にだってお参りなんてしなくても大成功してる人は
霊能力者は『科学的に証明しろ』と言われたら何も出来ない、何故なら科学で何かを証明するのは科学者の仕事なのだから。
「そもそも世の中の霊現象なんてほとんど気のせいか嘘なんだよ、それに大概の事は放っておいても解決するし、自分から近づかなければ良いだけ」
「まあ…そうなんでしょうけど」
世の中には科学で証明が出来ないことは沢山ある、それらをトリックだ嘘だ合成映像だと言われてしまえば、そこで話は終わりになってしまう。
そういった事は大体がただちに解明する必要性の無い物事だから、実質放置状態なのだ。
「例えば金縛りって聞いた事あるよね、あれって実は医学的にはほとんど解明されて無いんだよ」
「え、でも寝てるけど脳は起きてる状態だからとか聞いた事あるんですけど」
「それは有力な説ってだけで確定ではないんだ、じゃなきゃ心霊現象説なんてとっくに駆逐されてるよ」
心療内科や精神科の医者、薬局の人などに聞けば多くの先生は『原因は解明されてない』と言うだろう、もしくはエリスのような答えが返ってくる筈だ。
早急に解決しなくて良い問題は放置される、それはオカルトに限った話じゃない。幽霊の存在の証明より癌を治す薬の研究の方が大事に決まってると思うのは灰川も同じだ。
「俺だって霊能力があるってだけで全部の超常現象を信じてる訳じゃないよ、その知り合いの子のポルターガイストだって正直言って俺は気のせいだと思ってるし」
「そうなのかな…うーん」
「そんな訳だから、俺なんかと一緒に居ない方が良いよ、身バレして男と一緒だったとか噂が広まっても嫌でしょ」
ただでさえ女子高生と一緒にいる成人男性なんて怪しいのに、その上でスキャンダル騒ぎに巻き込まれたら最悪だ。
灰川は当初は三ツ橋エリスが本当に現役の女子高生だとは思ってなかった、Vtuberは年齢なんて幾らでも誤魔化せる。
「んー、やっぱ一緒に来て灰川さんっ」
「え、来てってのは知り合いの子のとこ…?」
「そうだよ! ほら早よコーヒー飲んで! イッキ!イッキ!」
「ちょ、分かったから騒ぐなって! 目立つだろ!」
灰川はまた押し切られるような形で連れ回される羽目になり、コーヒーを一気飲みして急いで店を後にする。
周囲に三ツ橋エリスが居ると気が付かれるんじゃないかとハラハラしたが、店内は喧騒に包まれており誰にも疑われる事なく店を出られたのだった。
「知り合いの家って渋谷から歩いてける距離にあんの?」
「そうだよー、会社の近くの方が都合が良いから、ハッピー・リレーの配信者は渋谷に住んでる人そこそこ居るんだよねー」
「そういうこと喋っちゃダメだって、って? え、その知り合いの子もそこの配信者なの?」
ハッピー・リレーというのは多数の配信者をお抱えにしてる企業で、今はVtuberにも力を入れてる会社だ。
100人以上の配信者が属しており、そのいずれもが灰川とは比べ物にならないファン数を誇る。広報も宣伝も素晴らしく、配信者として入れれば最高の環境が約束される企業であり配信者たちの憧れの企業であるが、最近は少し下火な印象も出てきた事務所だ。
「そうだ灰川さん、ちょっと会社に寄って良い? ミナミに企画書届けて欲しいってメッセージ来たから」
「ミナミって…
北川ミナミもハッピー・リレー所属のVtuberで、三ツ橋エリスと同じくらい有名だから、配信者の端くれである灰川も知っていた。
「私のほうが登録者数は上だよっ!」
「でも同時接続数は大体は北川ミナミちゃんが上って掲示板に書かれてるじゃん」
「それ言うなー! 気にしてんだから!」
配信では仲良しという感じを出してるが、リアルでもライバルであり良き友のような関係だ。今は北川ミナミが体調を崩して身の回りの異変に参ってるから、三ツ橋が力になってあげたいようだった。
「じゃあちょっと会社に寄ってくるね」
俺は少し離れた所で会社の人に見られないように隠れながら待つ、ハッピー・リレーの会社のビルを見ると立派で大きな建物だった。
外部の人間に個人を特定されたり配信者に危険が及ばないよう、周囲にはガードマンが目を光らせてる。ビルの外からフロントが見えるが、そこを普通にパスしていく牛丼ちゃんを見て、改めて本物なんだと痛感させられる。
エリスが言うには普段はタクシーでビルの地下駐車場に入るから正面フロントは使わないらしい、その方が防犯にも良いのだろう。
「お待たせ! じゃあ行こっか」
「あ、ああ」
住む世界が違う、それを思い知らされたようで少し自分が嫌になる。才能や運に恵まれれば高校1年でも大物になれる世の中なのだ。
(なんか惨めになってきたってぇの)
自分とは無縁の世界、変な下心など出さずに……なんて事は灰川は思わなかった。
(俺もハッピー・リレーに入れるようにコイツに口利きして貰おう!そうなりゃ夢の配信者生活だ!)
そんな下心を余計に燃やしながら歩いてると、エリスが話しかけて来た。
「ミナミはちょっと人見知りだから、物腰柔らかにして欲しいかな。それと怖いモノも嫌いだから脅かさないようにもして欲しいの」
「そうなんだ、努力はするよ。って言っても今時の大概のポルターガイストは欠陥住宅が原因だから、そう説明すれば大丈夫だって」
「それはそれで怖いよ!?」
そんな冗談とも本当ともつかない話をしてたら、いつの間にか到着していた。
見た目はセキュリティが整った良い感じにオシャレなマンションだ、エリスが住人呼び出しをして通して貰い、エレベーターに乗って北川ミナミが住んでるという部屋に向かった。
部屋のドアの前に到着するとエリスがインターホンを押してドアが開くのを待つ、そこからすぐにドアが開けられ、部屋の中から三ツ橋エリスと同い年くらいの少女が出てきた。その瞬間に……。
「エリスちゃん、いらっしゃい… そ、それと…、こ…こんにちは…」
ドアが開くと大人しそうな印象の少女が顔を出した、黒髪のロングヘアの整った容姿の子で気弱な印象を受ける。
その子は一目見ただけで分かる程に、何かに怯えてる感じがした。
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