第2話 人気Vtuberからの頼み

『実は怖い話してたら部屋の電気が消えて、凄い嫌な気配がして、私クローゼットに隠れたんだよ』


『スマホで助けを呼ぼうと思ったら、他の配信者の人のページが表示されてて、そのページから動かせなくなっちゃって』


『そしたらその配信者さんが霊能力者さん?だったみたいで~………』


 完全に昨日の話と符合する、話の内容の中には灰川と昨日の電話の相手しかしらない情報も含まれており、99%昨日の電話の相手だと思われる状態だ。


 だが三ツ橋エリスの視聴者は『それストーカーの仕業じゃない?』『その霊能者の自作自演なんじゃないの?』『そいつエリスちゃんと電話したの!?死刑で!』とか疑いの目で見られている。


 そのコメントの数が恐ろしい、次々と書き込まれては消えていき、まるで流れの速い川のようにコメントが過ぎ去っていく。


 超人気配信者と自分の違いが目に見えるのがコメント欄だ、灰川だってネットの人気者になって楽して金が欲しいなんて気持ちで配信を始めたが、これほどの違いを見せられると気が滅入る。


 三ツ橋エリスは企業所属の超人気配信者、身分が違うとはいえ金銭もコメントも競うように飛び交う場面は羨ましいと思ってしまう物だ。


『まあ怖い話はこのくらいにして、今日もゲームやってくよ~!』 


 その後は普段のようにゲーム配信になり、いつものようにコメント欄も大盛り上がり、スーパーチャットという金銭を配信者にあげるご褒美機能も大いに盛り上がる配信だった。


 灰川は途中で三ツ橋エリスの配信を見るのを止めた、どうせもう接点はないのだから関係もない。


「あーくそ! 昨日に気付いてれば何かしら視聴者回して貰えてたかもなー!! クッソ!」


 街中で芸能人とすれ違うのとは訳が違う、昨日みたいな事は一生に一回あるかどうかだ。


「向こうは良いよなー、昨日のこと話したらスパチャが飛んでくるんだからよ、俺が話しても誰も聞いてねぇし、聞かれてたら嘘つき扱いされるだけだし」


 世の中は平等じゃない、有名人の言葉は有難ありがたがられるが、普通の人が何を言っても誰の心にも響かないし嘘つき扱いだ。


 霊能力などその最たるもの、灰川にはそういった能力があるが誰かに率先して話そうとは思わない。今までだって誰かに話して良い事があった試しがない。


「まあ良いか、俺の配信にもたまに人は来るんだしな、昨日の事は忘れよっと」


 誰かに自慢したくても噓だと思われたのでは意味が無い、それに心霊現象なんて眉唾な話なら尚更なおさらだ。


 灰川は配信に人が来ないか気にしつつゲームを続けていく、何処かイライラした気分だが大の大人がそんな感情を表に出すような真似はしなかった。




『それじゃー配信終わるねー! みんなありがとー、今日も楽しかったよー!』


 三ツ橋エリスの配信は見てなかったがスマホで配信画面は開いたままだった、何となく昨日の出来事がまだ信じられない気持ちだったが、心の整理は付いた。


 灰川は黙ってゲームをしながら昨日の事は夢だったと思う事にしたのだ、そうすれば心なしか謎のイライラも落ち着いた。


「あークソ! 1位取るまで寝ないからな!コンチクショウ!」 


 ゲームに熱くなっていきなり声を上げる、時刻は夜の11時だが灰川にとってはまだまだ夜の時間はここからだ。


 今日もゲームで遊び倒そうと思った矢先に、配信画面からコメントが投稿された音がピコンと鳴った。


『こんばんわ!灰川さん、昨日はありがとう!』


「ん? これって?」


 コメントのユーザー名は『牛丼ちゃん』となっていたが。


「まさか三ツ橋さんじゃないよね…?」


『そっちの名前は出さないで欲しいです! 昨日は助かりました』


 スマホで再生していた三ツ橋エリスの配信画面を見ると、終了の文字があり既に配信は終わっていたようだった。


 灰川の配信に視聴者が来ることは少ない、コメントが書きこまれる事は稀だから心当たりは昨日のことしかない。


「ちょっと待っててね…」


 スマホには昨日の番号が残ってる、試しに掛けてみると。


「こんばんわー、牛丼ちゃんでーす」


「!!?」


「え…? 本物の三ツ橋エリスちゃんなの…? さっき少し配信見てたけど…」 


「本物ですよ、灰川さん疑い深いなぁー」


 昨日の件までは一生関わり合いが無いと思うどころか、関われる筈がないから眼中になかった人物と話してる。その事実に驚いてるが体裁を繕うためにも灰川は平常の話し方を心掛けた。


 その後も幾つかの質問をして本当に三ツ橋エリスなのかを問いただしていくと、本人の可能性が高いという事が分かった。


 


「三ツ橋さん…? それで何のご用でしょうか…?」


 灰川は緊張してる、何故なら三ツ橋エリスとは灰川にとって雲の上の存在だからだ。


 大手配信企業に属する有名バーチャル配信者、様々な配信サイトで大人気で、今日だって何万人もの視聴者を集めてゲーム配信していた。


 視聴者登録数は100万人目前、CGモデルの可愛さは勿論として配信の面白さやトークりょく、ゲームもそこそこ上手いし、人気の高さや有名度、どれもこれも灰川とはレベルが全く違う人種と言って良い。


 配信のプロと言って良い人間、一回の配信や動画投稿で多額の金を稼ぐ現代の錬金術師、世界に通用する才能の持ち主、そんな人間だ。 


「緊張しないで下さいよ灰川さんっ! 昨日は普通に喋って励ましてくれたじゃないですかぁ!」


「いや、でも…有名配信者って気に入らない奴の配信に信者を突撃させて荒したり、住所特定して晒し者にしたりするじゃないすか…」


「しませんよ!そんなこと! 私のことどんな奴だと思ってるんですか!」


「女子高生のフリをするプロの人…っすかね」


「そんな風に思われてるの私!? 私は本当にJK…それは置いといて、昨日は本当にありがとうございました」


「ああ、いや良いんですよ三ツ橋様、俺のような下級国民は貴方様のような上級国民に尽くす事が生きがいですから」


「どんどん卑屈になってるよ灰川さん!キモイっ! お願いだから普通に話してよー!! あと呼び方はエリスで良いですよ!」


 そうこうしてる内に灰川も昨日のように話すように努め、どうにか会話が成り立つようになった。




「昨日の事は気にしなくて良いよエリスちゃん、だから俺みたいな程度の低い人間に関わんない方が良いよ、エリスちゃんは超有名人なんだから」


「なんだかまだ卑屈さが抜けきってませんね…。ところで灰川さんって霊能力があるんですか?」


「あるって言っても信じないでしょ? 昨日の事だって本当はもう気のせいだったって思ってない?」


「……! そ、それは…」


 霊能力、それは嘘の代名詞みたいな言葉だ。信じて無い者の方が多いし、信じてる人間だってどの程度まで信じてるかは分からない。


 オカルトという物は嫌いな人は本当に嫌いだし、好きな人でも本気で信じてる訳じゃない人も多く、ましてや幽霊が見えるなんて話は宇宙人に会った事があると同レベルの話であり、本気で真に受ける人間は少ない。


「ほらね、昨日の事は気のせいだったって事にして忘れなって、こっちも恩に着せる気はないから、出来れば視聴者を1万人くらい分けて欲しいけど」


「リスナーさんはちょっと無理ですけど…、昨日の事は忘れられないし、私は三ツ橋エリス本人なので誰かの妬みとかで昨日みたいな事に今後なる可能性があるってことですよね…?」


「そうだとしても昨日教えた方法で大丈夫だと思うし、昨日みたいな事は本当に稀なんだよ、次に起こる可能性はかなり低いって思って良い」


「そうなんですか…!良かったです!」


「不吉な物や怖いモノとは多くの場合は簡単な対処で解決できるんだよ、昨日の事もその一つだったってだけ、マイナスの感情を緩めるだけで収まる程度の物だったんだから」


 重ねて説明すると不安そうな声がやっと解放されエリスに明るさが戻る、これで会話は終わるかと灰川は思ったが話はまだ終わってなかった。


「それで霊能力はあるんですか?」


「しつこいねエリスちゃん…」


 適当にお茶を濁して乗り切ろうとしたがエリスはそれを許さなかった。


「仮に俺に霊能力があったとしてどうすんのさ? 昨日の件でこれ以上やれることは無いよ、もう昨日のヤツはエリスちゃんの周りには居ないんだから」


 昨日の三ツ橋エリスの部屋に出た幽霊のような現象は明確に解決した、これ以上は本当に何も出来ないし、何かをする必要はない。


 あのようなことが今後は絶対に起こらないようにしてくれと言うなら、寺や神社に行ってお守りを買えば良いともアドバイスした。


「実はお願いしたい事があって、話だけでも聞いてくれませんか?」


「そういう事ならちゃんとした所に相談した方が良いよ、俺みたいな昨日少し話したばっかりの奴じゃなくてさ」


「ちゃんとした所って何処ですか? 普通の人は何処に相談すれば良いのか分からないですよ」


 オカルト関連でちゃんとした所なんて、ネットで調べたって本当かどうか分からない。有名だったとしても詐欺である可能性は捨てきれないし、値段を明示してたって後から法外な金を要求される事だって無い話じゃない。


「確かに…でも昨日の件だって何で俺に繋がったのか分かってないんでしょ? それなら俺ってエリスちゃんからしたらまだ得体の知れない不審者なんじゃ」


「もう良いですって! とにかく話だけでも聞いて下さい!」


 強引に話を割ってエリスは話し始めた、その内容は仲の良い配信者がここ3日ほど連絡が取れなくなっており、その解決に手を貸して欲しいとの事だった。


「それは体調を崩したとかって話じゃないの? 何でもオカルトに結び付けちゃダメだって」


「そうじゃないんだって! 灰川さん話聞いて!」


 何やら焦ってるようで仕方なしに灰川は大人しく聞くことにした、エリスが語った内容は同じ時期くらいに配信を始めた同級生の子のことだった。


「エリスちゃん何歳なの? 俺は30歳くらいだと思ってたんだけど」


「超失礼だこの人! その話は置いといてちゃんと聞いて」


 その子は1か月くらい前から体調が悪くなり出し、その頃から自室に置いてある物が勝手に動いたりしたそうだ。


 最初は気のせいと考えていたが体調の事もあり、段々と気味が悪くなったと三ツ橋エリスに打ち明けた。


「ポルターガイストってやつね、この話だけじゃ何とも言えないけど」


「という訳で灰川さん力になってよ?」


「やだよ!そもそもお互い顔すら知らんし、何処の誰かも分からない、そんな状態じゃ何も判断できないって」


「じゃあ明日会いましょう! 私明日は配信の予定無いし!」 


「待て待て! 怪しさ満点の今の状態で会ってみたいって思えるわけ無いだろ!」


 仮に明日、灰川が電話の相手の三ツ橋エリスと会っても、バーチャル配信者である彼女を本人と確認する方法が無い、これが新手の詐欺ではないという確証がないのだ。


「そもそもエリスちゃんは俺が怪しいって思わないの? どう考えたっておかしいでしょ、なんで昨日に俺の配信に繋がったのかも分からないでしょ、俺が悪質なストーカーだとか思わないの?」


「思わないですよ! だから会って下さい、困ってるんです! 知り合いの子は本当に悩んでるんです!」


 なぜ疑わない、なぜ信じる、灰川の中には様々な考えが過る。騙そうとしてるのか?カルト宗教?そんなあらゆる疑念が湧いて来る。


 灰川には霊能力がある、普通では分からないものが感じ取れる。対処も出来るし助言も出来る。


 だが今の時世では役に立たない能力なのだ、これで金を稼いで稼業にするとなると並々ならぬ努力が必要になるし、霊能力があると言えば嘘つきのレッテルを貼られてしまう。


 役に立つどころか邪魔にしかならない力だ、これで資格が取れる訳でもなく何の意味も持たない事が多いのである。


 しかもこの能力が枷になって子供の頃から嘘つき呼ばわりされる事も多く、自身も無駄に疑り深く、他人に信用される場合でも何故に信用されたのか?などという、考えても答えが出ないか自己満足の答えしか出ない事を考える様な性格になってしまった。


「やっぱ無理、何処の誰かも知らない相手にわざわざ会うなんて、リスクが~……」


「灰川さん原宿か渋谷って来れます? 来れますよね!?」


「ちょ、だから俺はぁ」


「明日の夕方4時30分に駅前の〇〇コーヒーで待ってます! 必ず来てくださいね!」


「おい、ちょっと!」


 電話の向こうのエリスはそう言うと強引に通話を切って、有無を言わさずに話を終わらせたのだった。


「なんか悪い夢でも見てんのか? 絶対に詐欺だろ、話が出来過ぎてるって…」


 昨日から今日まで振り回されてばかりで嫌になるが、灰川は現在無職の身だ。行こうと思えば行けるのである。


「はあ…でもなぁ…、リスクを取らんで何も得られるほど世の中甘くないしなぁ…」


 これは灰川にとってチャンスでもあった、まだ完全に本物と信じた訳では無いが、もし電話の相手が本物の三ツ橋エリスなら配信という界隈で一旗揚げたい灰川にしたら、またとないチャンスだろう。


「行くだけ行くか…ヤバそうだったら逃げれば良いんだし」


 三ツ橋エリスは人が多い場所を指定してきた、逃げるのは簡単だろう。


「ポルターガイストか、取りあえず準備だけはしとくか…メンドイな…」


 灰川は自堕落な生活で鈍った体を起こし、明日の事に向けて準備を始めたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る