配信に誰も来ないんだが?

轟鏡

第1話 配信に誰か来たんだが?

 配信者、今の世の中には非常に多くなった職業であり趣味、大勢の人が夢や希望や刺激を求めて配信をしたり、または視聴したりする。


 しかし配信の世界にも才能の有無や継続力の有無などがあり、人気が出る者や続けていける人は限られる。


 彼こと灰川はいかわメビウス(配信者名)もその一人、今日の夜中も大手の配信サイトで大してやりたくもないゲームをしながら一人でワイワイ喋って画面に向かいながらゲーム配信している。


「あークソ! なんで見つかるんだよ! 隠れてたっての!」


 ネット界隈で神ゲーと言われるFPSをしながら一人で喋る、彼は別にゲームが上手い訳でもなく普通か少し下手な部類の腕前だ。


「やってられっか!こんなクソゲー! …って言っても誰も見て無いんだけどな」


 絵に描いたような底辺配信者、それが灰川メビウスである。配信を始めて2か月で視聴者登録数は11人、同時接続数は基本は1人で、その一人というのは自分自身。

 

 配信にはコメントという機能がある、配信中に視聴者がコメントを入力すれば配信者を応援したり、逆に煽ったりする事が出来る機能だ。灰川の配信には滅多にコメントは来ない。


 配信を始めた切っ掛けは好きな配信者が居て自分もその人のように大勢の人を楽しませたいと思ったから、あと有名になれば金持ちになれそうとか、好きな事して生きていけるとか、そんなイメージを持ってたからだ。


 つまり何処にでも居る『配信者かぶれ』の25才の男、しかも勤めていた会社が先日に社長が夜逃げして倒産、絶賛無職の身である。


「どーして視聴者来ないんだろーな、俺って面白いよな?」


 自分は面白いという根拠のない自信から始めた配信だが、この世界は甘くはなかった。視聴者数が0なんて普通のことだし、大体の人間は誰も来ない配信に嫌気が差してリタイアしていく。


 有名になるには配信以外のSNSや動画投稿などの努力も必要だし、面白い話やトークりょく、ゲームの腕前なんかも必要になる事が多いだろう。


 灰川はそれらの事もやってるが所詮は一番必要なのは運だ、動画や配信がバズれば一気に視聴者は増えるし興味を持たれる。彼にはまだそのチャンスは巡って来ていない。


「まあ良いか! 配信やるの楽しいし、そのうち人来るだろ」


 配信という物には向き不向きがあるらしい、向いてる人は視聴者が来なくても延々と喋り続けられるし、それ自体が楽しいと思える。向いてない人は視聴者が居ても楽しく喋れないし、取って付けたようなトークになってしまう。


 灰川メビウスはどちらかと言うと前者だろう、今の所は配信という遊びが好きないわゆる『続けられる人』らしかった。




「クッソ!なんでマシンガン落ちてねぇんだよ! ゴミ武器しかねぇじゃん!」


 配信を開始して2時間ほど経過したが未だに視聴者0人、正確に言えば途中で3人ほどの視聴者が配信に訪れたが誰も長居はせずコメントも打たれなかった。それが割と普通だ。


 それでもお構いなしにゲームを楽しみながら配信してると、コメントが打たれた事を知らせるアラームが鳴った。


「なんだこれ?」


 コメント欄を見ると灰川も知ってる有名配信者のハンドルネームから、たった一言だけ『たすけて』というコメントが書かれていた。


三ツ橋みつはしエリスさん、ダメだって有名人の名前使っちゃさ~、俺は気にしないけどね!」


 どんな奴でも視聴者は視聴者だ、配信を見てコメント貰えるだけでも嬉しいから当たり障りのない反応をして次のコメントを待つ、コメントに反応する事は低視聴者数の配信では普通の事だ。


『たすけて、こわい』


「どーしたのニセ三ツ橋さん、困りごと?相談乗るよ?」 


 ゲームに身が入らなくなりコメントを待つ、次のコメントが来たのは少し間を置いてからだった。



『配信で怖い話をしてたら幽霊がきた、たすけてください』



「なんだそれ? 新手の詐欺か何か?俺の配信に来る意味が分からんて」 


 本物な訳が無い、三ツ橋エリスとは登録者があと少しで100万に届くという有名配信者、灰川の配信を見る様な人物じゃない。


 恐らくは三ツ橋エリスのファンがサブアカウント等で『なりきりチャット』をしてると灰川は考えてる。


「まあ良いや、ちょっと待っててね」


 別に本人であると信じた訳では無く単なる暇潰し、灰川はネットで取りあえず三ツ橋エリスが配信してるかどうか見るために動画サイトにアクセスしてみる。


(何だこれ?配信ページが騒ぎになってるじゃん)


 三ツ橋エリスは現在も配信中だが画面が停止して配信が止まっており、コメント欄は回線が切れたと騒ぎになっていた。


 配信のタイトルも【春だけど怖い話するよ! @三ツ橋エリス】となっている。


 本人な訳ない、手の込んだ嫌がらせだと思いつつ折角来た視聴者だ、底辺配信者にはこんな荒らしまがいの者でも貴重なのだ。ここは話し相手をしてあげようと思い、灰川は画面に向かって話す。


「なんで俺なんかの配信に助けを求めるのか知らんけど、コメント欄に電話番号書いてくれたら助けるよ、まあそんな事する訳ないだろうけどさ」 


『022ー〇〇〇〇ー〇〇〇〇』


「うわ!ホントに書いて来た!?」


 書くはずがないと高を括っていたが本当に書いて来た、だがこの番号はSNS通話の番号のようで、変えようと思えばいつでも番号を変えられるタイプの電話番号だ。


「マジで電話しなくちゃいけねぇのか…、まあ誰も配信見て無いし良いかぁ!」 

 

 灰川もSNS通話の機能を使って電話をしてみる、ハッキリ言えばたった今知ったばかりの番号の相手と話すなんて緊張するが、ここで引いたら約束破りになる。それは恰好が悪いと思い、勇気を出して電話を掛けた。


「もしもしー? 三ツ橋エリスさんのニセモノ? 電話かけたよ?」


 相手方が電話を取り、当たり障りのないようで少しある話し掛け方で様子を伺う、すると。


「た、助けてくださいっ…! 部屋の中に何か居るんです…!」


 震える声を押し殺した女の子の泣き声が聞こえてきた、詐欺か荒らしの類だと思ったが……。


「まず落ち着こうよ、何で俺なんかに電話したのか分かんないけど、取りあえず楽しい話でもしながら部屋の外に出てみようか」


「で、でもっ、今クローゼットの中で…部屋に誰かが…っ」


「良いから良いから、幽霊が居るのは分かったから嘘でも楽しい感情になれば安全だって」


 なんでそんな事が言えるのか電話の向こうの相手は分からない様子だが、灰川は話を続ける。


「俺って配信してるんだけどさー、全然人来なくてキッツイよ、何で視聴者増えないんだろうね~?」


「ちょっと…本当に困ってるんです…っ! そんな話してないで誰か助けをっ…!」


「大丈夫だって、三ツ橋エリスさんには底辺配信者の悩みなんて分かんないよね、マジで誰も来ないんだから」


「っ……っ……!」


 どうやら部屋の中にいる幽霊らしき者に動きがあったようだ、話し声が聞かれたのかクローゼットに気配が近づいて来てるらしい。


「三ツ橋さんってどうせ幽霊とか見えないでしょ? なら気にしなきゃスルー出来るから、勇気出してクローゼットから出て玄関まで歩いて行きな? その間は俺が楽しい話しててあげっから」


「わ…わかり、ました……っ」


 三ツ橋エリス(仮)は灰川の言う事を聞き、クローゼットの中から出る事を決意する。


「誰かと一緒に暮らしてる訳じゃないんだよね? マンションかな、間取りがどうなってるか知らないから、なるべく俺の話に集中して歩いてけば良いよ」


「はい…分かりました、ひっ…!」


「ところで三ツ橋さんって本物の三ツ橋エリスなの? そんな訳ないか!本物がこんな過疎ってる配信に来るわけ無いしね!」 


「さ、さっきから自虐ばっかりですね……ぅぅ…」


 自虐ネタは基本的にウケが良いと相場が決まってる、でも使い過ぎるとガチで同情されたり憐れまれたりするから注意が必要だ。


「だって同時接続数1人が基本だよ? マージで誰も来ないんだから、田舎の田んぼの方が人居るんじゃないかな、わははっ」 


「そ、そうなんですね……ぷふっ…」


「そろそろクローゼット出なよ、気のせいだって思って下向きながら歩けば怖くないから」  


「は、はい……っ」


 かなり怖がってるが三ツ橋はクローゼットを開けて歩き出す、そのまま1分程の間に灰川は適当な話をしつつ場を持たせ、三ツ橋は部屋の外に出る事に成功したのだった。




「部屋の外に出た? あ、マンションの外に出たんだ、良かった良かった」


「はい、ありがとうございましたっ…! こ、怖かった…」


 まだ声は震えてる、その震えでどれだけ怖かったのかが伺い知れるようだった。


「あの、何で私が言ったこと信じてくれたんですか? 焦ってたから夢中で電話を掛けちゃいましたけど、普通なら信じてくれませんよね?」


「幽霊がどーのこーのは置いてても、本気で怖がってるみたいだったしね、そりゃ少しは助けるよ」


「あの、幽霊は本当は居なかったんですよね? 私が聞くのも変ですけど……」


 ネットで知った電話番号に掛けて幽霊が居ますなんて言われても普通は信じないが、灰川には信じられるだけの要素があった。



「幽霊は居たよ、そんなにヤバイのじゃなかったけど」


「え??」



 灰川は少し真面目な声になり話し始める、その内容は電話を受けた直後の話だ。


「電話口から`消えろ`とか`死ね`とかって三ツ橋さん以外の声が聞こえてたから」


「え…? え?」


「あー、俺は呪いとかが見える霊能力あるからさ、三ツ橋さんが引き寄せちゃったのか、本当に呪われたのか知らないけど、聞こえたんだよ」


 灰川は隠してたがスマホの電話口からは明らかに三ツ橋ではない声が混ざってた、憎悪や嫌悪の詰まった声、そんな男とも女ともつかない声がずっと聞こえてたのだ。


「三ツ橋さん、冗談でも他人の名前を使うもんじゃないよ、使った相手の悪いモノを引き寄せちゃったりするんだから」


「そ、そんな…っ! 私は本物……っ」


「三ツ橋エリスって有名なVtuberでしょ? 有名人ってだけで妬まれたり恨まれたりする事があるんだよ」


 灰川は強引に話をしていく、有名人は多くの人から好かれ慕われ羨望される陽の面があるが、自己顕示欲や金銭面で恵まれない人達から一方的な妬みや恨み心を持たれたりする一面もある。


 そういう人達と全く同じ名前を使ったりすると、稀に変な物を引き寄せてしまう事があると説明した。 


「マンションの部屋は明日にでも塩まいてから掃除でもしなよ、それだけでお払いになるから」


「あの…お名前を知らないので配信者さんって呼ばせて貰いますね、あなたは何者なんですか…?」


「それはこっちの台詞だよ、とにかくニセモノだと思うけど三ツ橋さん、今日はネカフェか野宿でもして一夜を明かしてくれ、じゃーね」


「あ、ちょ! 待っ…!」


 灰川は電話を切って自分の配信に戻る、視聴者は相変わらず0のままだった。


「もう配信って気分じゃないわな…今日は終わりっ!」


 そのまま配信画面を閉じて灰川はベッドに寝転んで、そのまま寝てしまった。




 灰川の朝は遅い、寝たいだけ寝て昼過ぎに起き、ゲームをやったりギャンブルをやったりして時間を潰す。


 勤めていた会社が倒産して職探し中の無職、今日も気が付けば夜の8時、今は気ままに配信をしたり好きに生きてる際中だ。


「うっし、配信始めるかぁ!」


 灰川は視聴者が来なくても配信するのが性に合ってるのか、ここ2か月は度々に配信してる。今日も配信画面を起動して誰も来ない自己満足配信を始めた。


 今日はゲーム配信だ、プレイするのは人気のレースゲーム、誰も見に来ないが楽しんで喋りながらプレイしてるとスマホに表示されてる大手の動画サイトyour-tubeに『三ツ橋エリス 配信中』という文字を見つけた。


「お、本物のエリスちゃん配信してるじゃん、少し見てみっかな」 


 配信マイクに音が拾われない程度にボリュームを設定して、配信を視聴しながらゲームをプレイする。得意ではないレースゲームだから配信を見ながらのプレイで下手さに磨きが掛かって酷いプレイになってる。


『やっほー!三ツ橋エリスだよー! みんなこんばんわー!』


 スマホから華やかで可愛らしい声が聞こえてくる、画面には栗色と金髪の中間のような髪色の元気な笑顔のCGモデルの少女が映ってる。


 声だけでも配信者としての才能が素晴らしく高いことが分かる様な明るく可愛らしい声だ、見た目もショートカットの髪形やにこやかな笑顔から元気で明るいキャラクターだが、決して騒がしいだけでなく落ち着きもある性格であることが伝わってくるようなビジュアルだ。


「けっ、同時視聴者2万人か、俺の配信の2万倍じゃん」


 灰川の配信は現在視聴者1人、その1人は灰川自身だ。


 三ツ橋エリスは配信界ではかなり有名なバーチャル配信者である、バーチャル配信者とはVtuberとも言って自身は姿を出さずCGモデルを使って配信するスタイルであり、結構前から様々な人がやってる。


『昨日は配信途中で終わっちゃってゴメンね! でもホント大変だったんだよー!』


「そりゃ回線が切れたら有名配信者からしたら大事おおごとだわな」


『昨日の怖い話配信してたら、部屋の中で心霊現象が起きちゃったんだよ! 怖くて助けを呼ぼうとしたけどスマホも変になって、他の配信者の人に助けて貰ったんだ!』 


「嘘つくなや……って? え??」


 灰川は昨日の件は三ツ橋エリスの偽物だと今も思ってる、それがここに来て突然に符号が合いだした。


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