第7話 箱庭シンドローム
魔女狩り。
古来よりそれの多くは魔女と断じられた普通の人々への迫害であった。
時の権力者に反する者、身体的、精神的、思想的に異なる者を異端とし、不条理、不法の下に行われてきた。
悪魔との契約により
人々は恐怖した。魔女に。そして魔術に。
理解の及ばないことはすべて魔術とし、その近くにいたということだけで魔女として断じられた時代。
しかし、"魔女"や"魔術"という概念が突如として生まれた訳ではない。その土台となるモノはあった。
世の理を歪める事象――それが魔術と呼ばれるモノ。
では魔術とは、事象とはどういったことを指すのか。
それは"術者が望む世界の構築"を意味する。
人が内包する自ら作り出した世界――固有結界、領域結界、心層領域とも呼ばれるその世界を展開し現実に具現させる事象を魔術と言い、それを行使した者を魔女と呼ぶ。
そして魔女とは魔術を使う女性のことであり、逆を言えば魔術を使うことが出来るのは女性であるということ。
内包する世界――心の在りようは多感な年ごろの少女が最も不安定で、かつ強い。なぜなら、この時期の少女に芽生える異性に対する新たな感情は誰にも、本人でさえ
魔女狩りが発生した正確な理由など知る由もないが、その一つに実際に魔術の発動を見た者がいたのかもしれない。
"術者が望む世界の構築"は得てして利己的な世界になりやすい。そんな他人の世界に無理やり取り込まれたとなれば、恐怖以外の何者でもないだろう。
魔女に恐怖し、排除しようとしたとしても何ら不思議ではないのだ。
『こう聞くと魔術ってとても恐ろしいモノに感じるかもしれないけど、本当のところ、ほとんどの魔術は怖がる必要はないモノなのよ』
四時間目の授業中、黒板に書かれていく文字をただ眺めながら
ちなみに四時間目は英語だった。内容はまったく頭に入っていなかったが。
『そうなのか? でも自分が望む世界を創り出すんだろ? それってすげぇことだろ? 極端な話、例えば自分の嫌いな奴がいない世界も創れるってメチャクチャ怖ぇじゃん』
『そうね。そういった魔術は確かに危険だし恐ろしいわ。でもね。こうも言えるのよ。魔女とは恋する乙女であり、魔術とは恋する乙女が理想とする箱庭なの』
多感な少女たちすべてが魔女になる可能性を秘めてはいるが、誰もがなるわけではない。
素養でも才能でもなく、強いて言うならば運とか偶然。
そして恋する少女の望む世界が、闇く淀んだ世界であるはずがない。
人を、世界を傷つけるような箱庭を創るはずがない。
もちろん、恋という感情には明るく華やかな側面だけでなく、昏く冷たい側面もある。しかし、なぜだか不思議なことにそういった想いを持つ少女は魔女になることはないのだ。
『私たちはこれを"箱庭シンドローム"と呼んでいるわ』
恋する想いが生み出す事象、願望の箱庭。
『クロ、私がさっきとびっきりにやっかいだと言ったのはね。アンタの身に起こっている魔術がとても強いモノだからなのよ』
『――強い魔術?』
魔女の箱庭は本人を中心として展開していく。
イメージとしては同心円を思い描くとわかりやすいだろうか。
その範囲が広ければ広いほどその魔術が強く、同様に箱庭内の人間に干渉する深さもまた、その魔術が強いことを意味する。そして魔術が強いということはその術者である魔女の想いの強さでもある。
例えるなら催眠術師と催眠術の関係に似ているだろうか。
催眠術をかける場合、術師の力量と対象となる人の資質によるところが大きい。
催眠術にかかりやすい人、かかりにくい人、催眠が深い人、浅い人。
魔術も同様で、世の理から大きく乖離した事象の場合、人はその現実離れした世界を受け入れない。その度合いの差が催眠術でいうところのかかり易い人、かかりにくい人ということになる。
また、かかりにくい人にも催眠術師の力量により、かけることが出来る場合もある。それは魔女の力量と比例していることと同じだ。
玄乃は思考を一度、朝の会話から現実に引き戻す。
(――ん? と、いうことは……。理を歪める事象ってのはオレが女になったってことでいいんだよな? で、オレの周りの人間がそれを歪んだことだと認識していない。普通に考えたら、ンなことありえないよな。オレだって龍蔵寺が急に女になってたらとりあえずビックリするどころの話じゃない。つまりそれも魔術の強さってこと――か?)
英語の教師と視線があった――が、考えに没頭するあまり視線があったことを脳が認識しなかった。つまり無視。
『クロから電話がかかって来た時、女の子のアンタが女になったって騒いでいる意味が分からなかったのよ』
今朝、電話で話した最初の時点では玄乃の事を女の子だと認識していたと美海は言っていた。
学生都市に住んでいない美海までその影響下に――箱庭内に収めてしまうほどの魔術。あの時、美海に対しての‶禁句″を使っていなければ美海もまた、龍蔵寺たちと同様に玄乃のことを今でも女だと認識していたのだろう。
『私がクロのことを女の子と思わされたのは、クロを通して魔術の効果がかかったんだと思うわ。例えば、今私がクロを知る誰かに『クロが女の子になった』と言っても信じてもらえないでしょうけど、アンタ自身が『女の子になった』と言えばその相手に効果が及んでクロは元から女の子だったってことになるのでしょうね』
(――あぁ、そうか。そういうことか)
周りが玄乃を女だと思っているのは何故か? 美海の話を思い出して納得がいった。おそらく電話であろうと直接会おうと、今の玄乃と接点を持った時点で魔術の効果がかかるのだろう。
つまり、
「――――た――」
(んー。そうするとやっぱりオレに魔術がかけられたってのが正解でいいのか?)
「――ね――さん」
(魔女はオレの知ってるやつ? もしくはオレを知ってるやつ?)
「猫田さんッ!!!」
「うぉッ!」
突然、バンッ! という激しい音と共に名前を呼ばれ、驚きにすくみ上る玄乃。
「何しやがッ――あ!」
気づけば自分の席のすぐそばに最近髪の毛に白いものが目立ち始めた英語教師が立っていて、右手が机の上に置かれている。どうやら先ほどの音は英語教師が机を叩いた時の音らしい。
「ずいぶんと考え込んでいたようだね。僕の声が聞こえないほど集中して」
「あ、いや、先生。そ、それほどでもないッス。は、はははは」
「いや、感心するほどの集中力でしたよ。と、いう訳でアレの訳をしてもらいましょうか」
そういって英語教師が指さした黒板には魔術の呪文――ではなく、英文が数行書かれていた。
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