第6話 ワイルドウルフガール
目の前にいたのは数秒前まで話をしていた
背が高く、
どこかの専属モデルかと思うほどスラリとした
アッシュに染まった襟足が少し長いショートボブのウルフカットの髪形は、その少女が持つ野性的な雰囲気と相まって、非常に似つかわしい。
そのスタイリッシュな風貌はジャケットとスラックス、緩めたネクタイの学生服とマッチしていて、らしさを際立たせていた。
玄乃目掛けて飛んできた何かとは澪の
「あ、危ねぇなぁッ! 何しやがんだ、澪ッ!!」
「大丈夫よ。ちゃんと手加減してたんだから。挨拶みたいなもんよ、挨拶」
それにもし防げなかったら寸止めをしていたわと、ケラケラ笑う澪。
「――あのなぁ。そんな物騒な挨拶はやめとけ。友達無くすぞ?」
「それも大丈夫。クロにしかしないから♪」
「全然大丈夫じゃねーよ」
玄乃は半眼で澪を睨みつけながら文句を言う。
龍蔵寺 鉄也が男の中の漢で、
高校生になって大人しくなったが、中学の頃はいろいろな噂――やれどこぞの不良グループをボコボコにして全員舎弟にしただの、やれとある
グループや集団などは尾ひれが付いた話だが、単体ではよくボコボコにしていたのを玄乃も一、二度見かけたことがある。というか絡まれていたところを助けてもらったりもした。
二年前の中学三年に進級した春。
まるでノイズのようにはっきりとしない情景。
とても、とても強く胸を締め付けられるようなこと。
忘れてはいけないことがあったはずなのに。
忘れて。
思い出せなくて。
自分に。
周りに。
すべてに牙を剝いていた。野良犬のように。
夕暮れ。
場所は建設中のビルだかマンションだっただろうか。
今となってはきっかけも理由も覚えてない。たぶん取るに足らない、態度が気にくわないだの、肩がぶつかったなどといったことだったのかもしれない。
いわゆる不良と呼ばれるような種類の高校生に喧嘩を売ったのか売られたのか。
覚えているのは相手が二人だったということと、ことが起こる直前と終わった後の腫れあがった瞼からわずかに見える空に浮かぶ一番星。間の記憶はなかった。
そして――。
『――ダっさ。弱いんなら大人しくしていりゃいいのにさ』
容赦も気遣いもない言葉が降って来た。
それでも、手を引いて引き起こしてくれた時の手のひらに伝わるのは温かなぬくもり。
玄乃はその日、初めて澪に出会った。
鉄也の双子の妹だと知ったのはそれから数日あとのことだった――。
「ところで余所のクラスなのになんでアンタがいるのよ」
「澪だって五組でクラスが違うだろ」
「あたしはテツに用事があって来たのよ」
「オレだって龍蔵寺に用事があって来たんだよ」
「何よ、ぶっ飛ばすわよ」
「なんでだよッ!」
澪の理不尽な物言いに理解できないと叫ぶ玄乃に「ふん。いいからどいて」と横を通り過ぎて三組の教室に入ろうとする澪に道を譲りながら彼女にも聞いてみる。
「なぁ、澪。オレのことどんな風に見える?」
「サンドバッグ系美少女?」
「怖えぇよッ!」
(澪もオレの事は女として認識してるのか。つか、サンドバッグ系って何だよ。そんな系統ねーよ!)
玄乃は心の中でそう叫ぶと澪の「テツー、数学の教科書貸して」という言葉を背に三組の教室を出た。
(それにしてもオレが"女"であるこは普通に認識されてるんだな。ん~。今流行りのあれか? 俺だけなんちゃらな件的な。オレだけ女になった件……ダメだ。笑えねぇ)
玄乃は自分の教室に戻りながらため息をつく。なんだか今日一日、ため息ばかりな気がする。
鉄也に会いに来たついでに澪にも会えたのは、ある意味手間が省けた。これで玄乃のことを知る生徒、担任の如月 纏も含めてみんな玄乃のことを普通に女だと思っていることがわかった。
あとは他の先生や多少の顔見知りな生徒がどうかだが、玄乃自身の体感では同じように女として認識されているように思える。
(――するとどういうことだ? オレだけが女になっててそれを知っているのもオレだけ? 魔術の対象はやっぱりオレなのか? でもそうするとみんながオレを女だと思っているのはなんでだ? う~ん、わからん)
「あ~、くそッ! よくわかんねぇ!」
ガシガシと頭を搔きむしる。
「だめだ。魔術に関しては保留にしておこう。別の見方、次考えることは魔女についてだ」
玄乃の母、
一年から三年まで――いや、教師や学食のおばちゃんまで含めると何人の女性がいるのかわからないが、その中からたった一人の魔女を探すなんて。まさか「あなたが魔女ですか?」と聞いて回る訳にもいかない。
そもそもの大前提としてどうやって魔女だと判断すればいいのか。
分かりやすく黒マントを羽織ってとんがり帽子を被っている――なんてことはないだろう。
唯一の手掛かりは魔術を行使した魔女に、大きな心理的変化があっただろうということ。
この世の理を歪める魔術という事象は、魔女の願いを創り出す願望具現の術ともいえる。
魔術の規模が大きければ大きいほど、その心の在りようも激しく揺らぐこととなる。そうなれば自らの内で抑えきれず、外へ――態度として現れることもあるだろう。その変化を見逃さず気づくことさえできれば、その女性が魔女であると判断できる。
「――乙女心ってやつか……って、分かるかっ! ンなもん!!」
手がかりというにはあまりにも心もとない。
現状普通に学生生活が送れているのは、唯一の救いというか不幸中の幸いとでも言うべきか。
目に見える実害がないのはありがたいが――女の身体になったのが害かどうかは悩むところではある――このままでいる訳にはいかない。
世の理を歪める事象、魔術。
確かに朝起きたら女の身体になっていたというのは、常識的には考えられないことだ。
どこかの謎の組織に拉致されて寝ている間に性転換手術を受けた――と、無理やりこじつけることもできなくはないが、ぶっちゃけ胡散臭さで言えば"魔術"と大差ない。
「魔術を使う魔女――か」
休み時間の終わりを告げるチャイムを聞きながら、玄乃は自分の教室へと戻った。
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