第5話 イケメンフレンド
美少女ゲームの主人公は大抵ハーレム状態になる。
プレイヤーはそんな状態に憧れ、渇望し、それ故にゲームを触媒として疑似体験するのだ。
しかしその成し得ないことを成している人間を
そいつとは小中一貫校が同じで、9年間の間に二度ほど同じクラスになったことがあるし、高一の時も同じクラスだった。
学校内の変化を調べるにあたって、まず確認しようと思ったことが玄乃が女であることに驚く人間がいるか――ということだ。
クラスの連中はみんな玄乃が女だと認識していた。ではクラスメート以外の生徒や先生はどうか? と、言っても先生はともかくクラス以外となると玄乃が親しくしている生徒は片手で余る人数しかいない。
「――えぇ、と。いたいた」
三時間目の休み時間。
二年三組の教室を覗いてすぐに見つけた。正確には一人の男子生徒に群がる女子を。
緊張している心を落ち着けるために咳払いを一つして、玄乃は女子の塊から頭一つ出している男子生徒に声をかけた。
「こほん――
「ん? 猫田か。どうしたんだ? 昼休みでもないのに教室まで来て?」
「いや、ちょっと――な」
(驚かない――か?)
「悪い、みんな。なんかダチが俺に用事っぽいんでまた後でな」
「うん、わかった」
玄乃が龍蔵寺と呼んだ男子生徒を囲んでいた三人の女子生徒の一人が返事をすると、残りの二人もその場を離れて自分たちの席へ移動する。その女子たちも玄乃に奇異の視線を向けることはなかった。
「――で? どした?」
「あ、あぁ」
明るい茶髪に彫りの深い整った顔立ちは、玄乃の中性的なそれとは違い、精悍なとか漢のといった言葉が似つかわしく、それは顔立ちだけでなく高一の時の
高校生の平均身長にギリ届かない玄乃としては特に。
今も椅子に座っているはずの鉄也と視線の位置があまり変わらない。
そんな
同じクラスだった去年にそれとなく聞いたところ「俺は自分でいうのも何だが、一途な
自分がモテることを十分に理解しながら、そういうセリフを臆面もなく言えるような奴は、間違いなく全国の
人は法の下には平等でも、神様の下では平等ではないのだ。
「な、なぁ、龍蔵寺。オレのことどう思う?」
「残念系美少女」
「即答かよッ!」
思わず状況も忘れて突っ込む玄乃。
(――ま、まぁ、龍蔵寺もオレのことを普通に女として認識してるってことはわかった。でも残念系ってなんだよ!)
「お前はそれでいいんだよ、猫田。お前が見た目通りのかわいらしい性格だったら俺はお前のダチやってねぇと思うわ」
「う、う~む」
文句の一つでも言ってやろうかと思った矢先、こちらを褒めるような言葉でほのめかされ唸る。これが落としてから上げる褒め殺しのテクニックなのかと、玄乃は感心してしまった。これを素でやってしまうところが鉄也の鉄也たる所以なのだろう。女子に人気があるのも納得である。
もっとも、性格はかわいらしくないと言い切られていることに玄乃は気づいていない。
「で、本当の要件はなんだ?」
「あ、うん。それは……」
――今朝、起きたら女になってたんだ。
なんて言える訳もなく。
「じ、実はちょっと事情があってさ。しばらく昼休みの稽古、中止しようかと思って」
龍蔵寺家は古武術『神武流組討術』の道場を開いている。将来的には道場――神武流を継ぐことになるらしく、学校では名誉部員という形で空手部に在籍していた。
そんな鉄也に玄乃は師事していて、一年の時から昼休みに護身術を教わってきた。
特に強くなりたかった訳ではない。
ただ中学二年のある時期まで、自分が男にも女にも見える中性的な容姿をしていることをあまり自覚していなかったことが原因で、一人の女の子を傷つけてしまった。そのことがきっかけで"男らしく"なりたいと強く思うようになった。
もちろん、腕力だけが男らしさではないし、中学のあの当時に腕力があったからといってその子を傷つけずに済んだとは思っていない。
それでも何もしないではいられなかったし、だからといって明確にどうすればいいのかもわからなかった。
結局思いついたのは身体を鍛えるということだけ。
体質なのか、一年、二年と筋トレをしてみてもそれほど目立って筋肉は付くことがなく、高一の時に鉄也とまた同じクラスになったことがきっかけで、武術を教えてもらうように頼んだ。
『頼む、龍蔵寺! オレに武術を教えてくれッ』
『ダメだ。ウチは門外不出だ。門下生でもないお前に教えることは出来ない』
『そこをなんとか頼む!』
『ダメなもんはダメだ』
そんなやりとりが半年ほど続いた後、根負けした鉄也は「神武流は教えられないが護身術程度なら」と折れた。それから週に一、二度、昼休み限定という形ではあったが初歩的な護身術を教えてもらうこととなったのだ。
「そうか。まぁ、お前は風邪なんか引かないだろうからそっちの心配はないが、調子が悪かったりするのか? "気"が乱れているようだ」
「あ、いや、た、体調は特に問題ないよ。ハ、ハハハ。そ、それじゃあ、オレ行くわ。じゃ、じゃぁな」
玄乃は乾いた笑いで誤魔化すと、そそくさと鉄也の席から離れて足早に教室の出口へ向かう。
(ふぅ、やべぇ、やべぇ。さすが武闘家だ。"気"なんてオレにはわからないけど、龍蔵寺ならさもありなんってやつだな)
長居は無用とばかりにさっさと教室を出ることにした玄乃はしかし、まさに出ようとしたその瞬間、何かが顔に目掛けて飛んでくることに気づく。
「うぉッ!!」
驚きの叫びとともに反射的に上体を後ろに逸らしつつ、手首に力を入れて間接を固定し飛んできた何かを払いのける。
と、パシン! と軽く乾いた音。
「――へぇ。ちゃんと防げたんだ。感心、感心」
そんな言葉とともに玄乃の前に立っていたのは一人の女子生徒だった。
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