欲望の箱

鮊鼓

欲望の箱

 朝起きると枕元に真っ白い箱が置かれていた。大きさはおそらく1メートルないくらいの正方形。そう今日は12月25日、クリスマス。これはクリスマスプレゼント。

 そう思ったのも束の間、ある事実に気付く。僕は一人暮らしだ。大学生になって3年間ずっと一人暮らしをしている。サプライズでプレゼントをくれるような親しい友人も彼女もいない。というか合鍵なんて誰にも渡したことがない。だから昨日までなかった箱があるのはおかしいのだ。

 考えられるのは3つ。

 ひとつ、サンタさんは実在する。これはない。サンタがいると信じていたのは中学生までだ。

 ふたつ、泥棒が置いていった。これもないだろう。玄関と窓の鍵を確認したが閉まっているし部屋が荒らされた形跡もない。そもそも泥棒が物を置いていくなんて聞いたことがない。

 みっつ、昨日酔っぱらって帰ってきたためには箱を持ち帰ってきたことを忘れている。これしかない。……いや、しかし昨日の行動を思い出してみたが部屋からは一歩も出ていない。クリスマスイブにも関わらずひとり寂しくSNSをし、お笑い番組を見ていたのだからよく覚えている。彼女でもいればこういう時に惨めな思いをしなくて済むのだが、いたらいたで面倒くさそうなので欲しさの優先順位でいうとそこまで高くない。好きな人はいるが。それはさておき、これもない。

 それでは一体、この箱はどこから出てきたというのか。今のところ一番あり得るのはサンタ実在説になってしまった。実にばからしい。

 なにはともあれ、箱があったら中身が気になるのが人の性。耳を当てても音がしないので爆弾の類ではないと思う。…たぶん。思い切ってふたを開ける。すると中にはなんと、僕が持っていないM賞受賞作がすべて入っていた。やった!思わずガッツポーズをした。もっと欲しいと思っているものはあるがそれでもうれしい(ちなみにもっと欲しいものというのは富、名声、力だ)。絶版になっていて手に入りづらいものまであるのだから。しかも状態が良い。

 僕は箱がなぜ部屋にあったのかという疑問など忘れ、もらった本をひたすらに読んだ。



 翌日、起きると真っ白い箱があった。大きさは昨日と同じ。なぜ?もうクリスマスではないし、…そもそも昨日のがサンタからのクリスマスプレゼントだったと決まったわけではないのだが。少し怖くなった。恐る恐る開けてみるとゲーム機が入っていた。昨日もらった物の次に欲しいものだったので一応は嬉しかったが、不気味なので部屋の隅に投げ捨てておいた。



 翌日、起きると真っ白い箱があった。大きさは昨日と同じ。まただ。さすがに怖くなり逃げ出そうかと思ったが、箱の中身は2日連続でほしいものだったので好奇心が勝った。開けてみるとゲームのカセットが入っていた。また、昨日貰った物の次に欲しいものだった。

 こうも続くと明日もあるのではないかと誰でも考えるだろう。僕もそう考えた。中身はありがたいが誰が持ってきているのか気になるのでカメラを設置してみようと思う。



 翌日、起きると真っ白い箱があった。大きさは昨日と同じ。中身は時計。今日はいつもと違う。カセットの次にほしかったのは車だ。今までは最初に貰った物からひとつずつ優先順位の低い欲しいものへと箱の中身が変化していた。なのに車は飛ばされてしまった。高いからだろうか。それでいうとこの時計だって100万円はする。僕は少し考えた結果、箱に入るか入らないか次第なのではないかという仮説を立てた。

 設置したカメラを確認すると、僕が寝た後にどこからともなく妖精のようなものが現れた。どこからともなくというのは言葉通り、どこからともなくだ。何度映像を見返しても気づいたらそれはそこにいる。いなかったのに、次の瞬間にはいる。そして物をどこかにつながった空間から取り出して箱に入れる。ちらっと見えた空間は深夜のお店のように見えたのでどこかから盗ってきているのかもしれない。映像では車を取り出して箱に入れようとしている姿を確認することができたが、箱の大きさ的に入らず断念していた。つまり僕の仮説は正しかったことが証明されたのだ。



 1週間後も妖精のようなものからのプレゼントは続いている。いまだに理由はわかっていないのだが。いつもと同じ大きさの真っ白い箱を開けてみると推しキャラの等身大パネルだった。しかし様子がおかしい。推しが真っ二つに斬られている。今まで箱に入らないものは飛ばされていたが、形を変えてはいるのもであれば入るということなのだろうか。これじゃあただのゴミだ。貰っておいて文句は言えないので仕方なくテープで止めて置いておくことにした。

 念のためカメラを確認してみると、箱に入らないことが分かった妖精のようなものたちはその場で推しを切り始めたのだ。切り始めたと言ってもその行為は一瞬で終わる。レーザーか何かだろう。

 こうして徐々に法則性が分かってきた僕は、一辺が80センチの正方形の箱に収まりきる欲しいものをネットで探し貰い続けた。僕はゲームと本が好きだったので、面白そうなカセットと本を貰っていた。あるときから中身が一目で分かるように配慮してくれたのか、箱の外側に中身が書かれたプレートが設置されるようになった。おそらくあの妖精のようなものに敵意や悪意はない。すこし人間とずれているところがあるだけなのだろう。

 わかった法則は以下の通り

・基本的には寝る直前の段階で一番欲しいものがもらえる

・概念的なものや具体的でないものはとばされる

・箱に入りきらないものはバラバラにされて入れられる

・それでも入らないものはとばされる

・お金はもらえない



 こうして何か月か経った頃、部屋は好きなもので溢れて満足しているはずだった。自分でもそう思っていたし、幸せだった。なのに僕は寂しいと思ってしまった。もっと充実したキャンパスライフを送りたい。そうだな…彼女が欲しい、あの子が僕の物にならないかな、などとまどろみの中で考えてしまっていた。



 翌朝目が覚めると、プレートに書かれたの4文字と所々赤くなったいつもの箱が目に入ってきた。

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