第22話『夏は火薬のにおいと共に』
お祭りをひとしきり楽しんだ後、僕と椛木乃は駅へと移動する。
数分待ってやってきた電車に乗り込み、揺られ続けること約十五分。
つい最近、海デートとして椛木乃と来た海水浴場の最寄り駅に到着する。
さらにそこから歩いていくこと約五分。
「なんか……懐かしいね」
「懐かしいっていうほど前のことでもないだろ」
海デートの日からまだ一か月も経っていない。
「いやぁ……人のいない海っていいなぁ……」
現在時刻は既に二十一時をとうに過ぎている。
辺りはすっかり暗くなっており、月明かりと街灯だけが僕たちを照らしていた。
当然、こんな時間なので人はほとんどいなくなっていた。
「夜の海って何か……不思議だね」
「そうだな」
椛木乃の言うように、月が反射する暗い海には、どこか引き込まれる不思議な力のような何かがあった。
「よし……じゃあ、遅くなってもアレだし、やるか」
「うん」
僕はビニール袋から射的の景品で取った花火と、ここに来る前にコンビニで買っておいたロウソクと着火用の道具を取り出す。
「あっつあっつ」
炎が強風に煽られて僕の手元へ揺らいでくる。
「ちょっと先輩?大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかもしれないから、もうちょっとこっち寄ってくれ」
僕と椛木乃は身体を寄せて、出来るだけ風に干渉されないようにする。
僕の手が熱にやられながらも、ロウソクに火が灯る。
「よし……椛木乃、付けてみ」
「う、うん」
おそるおそる椛木乃がロウソクの火に花火の先端を近づける。
椛木乃の持つ花火に火が付き、黄色の綺麗な火花が噴出する。
「うお!」
至近距離まで近付いていたせいで、僕の手が火花を浴びてしまう。
「椛木乃……危ないから離れような」
大ダメージを喰らいつつも、僕も自身の花火に火を付ける。
僕たちの周りだけがカラフルな光でふわっと明るくなる。
「ピンク色だ……先輩にピッタリだね」
「おい、それどういう意味だ?」
「そのまんまだよ。先輩、えっちなことばっかりだからさ」
「だったら椛木乃もピンク色持つか?」
椛木乃も十分すぎるくらいにピンクが似合うと思うが。
特に……あの遊園地での件とか。
「私はえっちじゃないし!」
椛木乃が花火をコチラに向けてくる。
時間が経って勢いは弱まっているとはいえ、流れてくる風はめちゃくちゃ熱い。
「お前……それは流石に攻撃力が高すぎるぞ」
生身の身体にそれはダメだと思う。
「……おい?椛木乃?椛木乃!?」
椛木乃は僕の制止をガン無視し、逃げる僕のことを心底楽しそうな表情で追いかけてくる。
そんな椛木乃のドSな一面を見つつ、僕たちは花火を楽しんでいた。
どこか夏を感じさせる火薬のにおいも相まってか、心の奥底で妙に昂った気持ちになっていたのかもしれない。
しばらくすると、風もだいぶ弱まってきた。
僕と椛木乃はちょうど同じタイミングで線香花火に手を伸ばした。
ロウソクに近付けるタイミングまで一致する。
「運命だな……結婚してくれ」
「先輩とは絶対にヤダ」
「悲しいなぁ……」
パチパチとはじける火花を二人で見つめながら他愛のない話をする。
適当な話の流れから、いつも間にかこの夏の話になっていた。
「まさか先輩とこんな関係になるなんて思わなかったなぁ……」
「それはこっちのセリフでもあるけどな」
ちょっと話したことがあるってだけだった後輩の恋人のフリをすることになるなんて、誰一人として想像することは出来ないだろう。
「ねえ、先輩……」
椛木乃が小さくつぶやく。
椛木乃の視線は線香花火でも、僕でもないどこかを見ていた。
椛木乃が何と言おうとしているのかは容易に想像がついた。
「今さら『ごめん』なんて言わせないからな」
「え……?先輩……?何で……」
「僕は椛木乃のことは何でも知ってるからな」
椛木乃の線香花火が落ちる。
それと同時に僕の線香花火も落ちた。
やっぱり運命なのかもしれない。
「夏は楽しかったか?」
「うん……いろいろあったけど……楽しかったよ」
「確かにいろいろあったよなぁ……」
ありすぎくらいな夏。
「先輩はどうだったの?」
「椛木乃のおかげで、いつもの夏よりも楽しかったと思うな」
後輩とウソの恋人関係になって、普段行かないようなところに『デート』として行って、陽キャ野郎とやり合って……。
あの日、椛木乃のことを助けるという選択をしていなければ、きっと僕なんかじゃ一生経験出来なかったような夏だ。
色々ありすぎはしたが、『楽しくなかった』と言うには無理があった。
「もうすぐ夏休みも終わるな」
「私たちの関係も……もうすぐおしまいになっちゃうね……」
「何だ?そんなに僕と恋人のままでいたいのか?」
「そういうワケじゃないけど……」
突然、椛木乃が思わずといった様子で笑い出す。
「何だよ?」
「いや……先輩はやっぱりいつでも先輩なんだなぁって」
「意味が分からん」
「分かられても困るからそれでいいよ~だ」
椛木乃の楽しそうな笑顔が月の光に照らされる。
「椛木乃」
僕の声に反応して椛木乃が顔をこちらに向ける。
それと同時にカメラのシャッター音が夜空に響く。
「あ、めちゃくちゃブレてるわ」
「おじいちゃん……」
「勢いよくこっちを向く椛木乃も悪いぞ」
椛木乃は見かねたようにスマホを取り出し、海を背にして僕の隣に立つ。
「先輩……身長でかい」
理不尽な不満をぶつけられてしまった。
「椛木乃……身長ちっちゃ――……うがっ」
ただ椛木乃の真似をしただけなのに、思いきり殴られた。
殴られ”た”っていうか、殴られ続けている。
現在進行形だ。
「悪い悪い……僕が悪かったから」
椛木乃の攻撃を受け止めつつ、僕は中腰の体勢になる。
「あ、そうだ。椛木乃あれやってみ」
「あれって?」
「あの……遊園地の観覧車で僕がやったやつ」
「あーあれね……」
あの日のことを思い出しているのか、椛木乃の顔が少しニヤつく。
「ええ、私がやるの?」
「やってくれなかったら笑顔作れないかもー」
「しょ、しょうがないなぁ……」
椛木乃が一息つく。
「……あ、アゴの下で……ピ、ピース……」
「椛木乃ー、声が小さいぞー」
「だってぇ……」
「はあ……しかたねぇな」
椛木乃からスマホを受け取り、自分と椛木乃の姿をフレームに収める。
そして、大きく二度深呼吸をする。
全力を出すための素振り的なやつだ。
「……打ち上げ花火だよぉ!たーまやー!三、二、一……」
やはり椛木乃のツボにピッタリとハマっているようで、爆笑する。
おかげで、とてもいい笑顔の写真を撮ることが出来た。
「やっぱり先輩は目が死んでるね」
「プリクラの方に注力してるからな」
「え?その顔のままあのセリフ言ってるの?」
「そうだが?」
残念なことに、僕には何かと何かを同時に行う能力は備わっていない。
「やっぱ先輩って変」
僕の返事を聞いた椛木乃は笑いを堪えているのか、再びプルプルと肩を震わせていた。
それから、僕たちはだらだらと帰る準備をした。
もちろん、しっかりと花火のゴミはビニール袋へ回収した。
「楽しかったけど……何か疲れたね」
「そうだな……とりあえず、風呂に入りたいな」
食べ物系の屋台のにおいと花火の火薬のにおいに加えて、海の潮風でベタベタだ。
「じゃあ、帰るか」
「うん、そうだね」
僕たちは誰もいない海水浴場に別れを告げる。
おそらく、もうここに来ることはないだろう。
真っ暗な海を見つめつつ、僕たちは帰路についた。
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