第21話『”ガチ”じゃん』

 夏はあっという間に進んでいき、気が付けば八月も中盤に差し掛かっていた。

 もうすぐ夏休みも終わりだ。

 やはり休みが続くと、一日の体感速度が速く感じる。


 今日は毎年恒例らしい納涼祭に椛木乃と一緒に行く約束をしている日だ。

 同時に、久しぶりに椛木乃とデート的なものをする日でもある。

 海に行った日以降、椛木乃に会っていなかったワケではないのだが、椛木乃の家の都合やらなんやらで、中々予定を合わせることが出来なかった。


 僕が待ち合わせ場所として指定された高校の最寄り駅に着くと、既に椛木乃は待っていた。


「よ、椛木乃。早かったな」


 駅前で一人待っていた椛木乃は、紺色の下地に白と淡い水色の花柄の可愛らしい浴衣に身を包んでいた。


「だって普段と違うから……ちょっと心配になっちゃって。念のために早めに家出たの」


 椛木乃は浴衣の裾を気にしながら答える。


「はあ……椛木乃……」


 僕は椛木乃の姿を一瞥し、口を開く。

 思わずため息混じりになってしまった。


「な、何……?」

「お前……マジでめちゃくちゃ可愛いな」

「べ、別に可愛くないから!」

「いやぁ……浴衣……めっちゃいいなぁ……」

「し、しみじみ言わないで!気持ち悪い!」


 椛木乃が僕の肩を割と強めに叩いてくる。


「そういう先輩も……それ、着てきてくれたんだ。結構似合ってるよ」


 僕もシンプルめな浴衣を着ていた。

 事前に椛木乃から、浴衣デートみたいにしたいと言われていたのだ。


「椛木乃がどうしてもって言うから、仕方なくだけどな」

「そんなこと言って、色お揃いじゃん」

「まあ……せっかくの浴衣デートだしな」


 やるなら徹底的にやってやろうということで、椛木乃の浴衣と同じ紺色にしてやった。


「じゃあ、遅くなってもアレだし、そろそろ行くか」

「うん、そうだね」


 人の波に沿って歩くこと約十分。

 夏祭りの会場である公園にたどり着く。

 高校の近くとは聞いていたが、思った以上だ。

 おそらく徒歩一分とかからずにここから高校に行くことが出来るだろう。


「ここ……めちゃくちゃ広いな」


 たくさんの屋台が立ち並べるくらいの広さを誇る公園が、普段通っている高校のすぐ近くにあったなんて。

 約一年半ほど通っているが、全く知らなかった。


「先輩、もっと周りに興味持った方が良いと思うよ」

「可愛くてえっちなお姉さんになら、めちゃくちゃ興味持ってるぞ」

「うーわ……」


 椛木乃が侮蔑の眼差しを向けてくる。


「安心しろ、椛木乃。一応、しっかりお前にも興味は持ってる」

「え、えっちなお姉さんからの流れだと、何かちょっと嫌だよ!」

「素直になれって」

「素直に嫌なの!」


 そんな問答やらなんやらをしながら歩いていく。


「あ」


 椛木乃が突然、僕の浴衣の裾を掴んで立ち止まる。

 視線の先には他の屋台と比べると、少し大きな屋台があった。

 看板には太字でしっかりと『射的』と書かれていた。


「ねえねえ先輩、勝負しようよ」

「射的で?どんな勝負だ?」

「五発以内に景品を取れた方が勝ちって勝負」

「どっちも取れなかったらどうするんだ?」

「そしたら……引き分け?」

「それは……勝負としてどうなんだ?」


 引き分けの確立が高すぎて、成り立っていない気がしなくも無いが。


「大丈夫大丈夫。まあ、見てなって」


 椛木乃が自信満々に列に並ぶ。

 僕もその後ろに並んでおく。

 そんなに自信があるんだったら、先にやらせてあげる方がいいだろう。


 しばらく待って椛木乃の番になる。


「よし……」

「お前……”ガチ”じゃん……」


 椛木乃が射的用の銃を、まるで歴戦の狙撃兵のように構える。

 それと同時に、椛木乃の雰囲気が少し変わったような気がした。

 あれ……?

 もしかしてコイツ……覚醒した?


「そりゃ、ガチだからね。じゃあ、いくよ」


 椛木乃が狙いを定めて、目の前にあるお菓子の詰め合わせに向けて一発撃つ。

 しかし、コルクの銃弾は景品を大きく逸れて、景品と景品の間へと飛んでいく。


「椛木乃?」

「ま……まあまあまあまあまあ……み、見ててなって」


 椛木乃は強がりつつ、さらに残りの四発を撃っていく。

 結果は……残念ながら一発たりとも掠ることさえなかった。


「椛木乃?」

「う、うるさいなぁ……」

「まだ何も言ってないぞ」

「”まだ”ってことは、何か言うつもりなんじゃん!」

「まあ……一発外しただけで動揺しすぎだってツッコもうとは思ってたな」

「そんなこと言うんだったら、先輩もやってみなよ。ここ立つとめっちゃ緊張するから」

「へいへい」


 僕は椛木乃から射的用の銃を受け取り、店主にお金を払ってコルクの銃弾を貰う。


「よいしょっと……んじゃ、あれ取るか」


 僕は対角線上にある薄っすらと中身が見えているビニール袋の景品に狙いを定める。


「え、遠くない?」

「まあ、五発ありゃいけるだろ」


 僕は先程の椛木乃の構え方を真似してみる。

 想像以上にやりずらかったので、普通に戻して撃っていく。

 四発掠り、最後の五発目で景品の真ん中に命中して倒れる。


「先輩、上手いね」


 賞賛の言葉とは裏腹に、椛木乃はどこか不服そうな様子だ。


「椛木乃がヤバすぎただけだぞ」

「それは……そうかもだけど、先輩も上手だったよ!」

「そうか?そりゃどうも」


 僕は店主から景品を受け取って射的の屋台から離れる。


「この勝負は僕の勝ちということで、何か椛木乃にお願いでも聞いてもらおうかなぁ~」

「ええ!?そんなの聞いてない!」

「今言ったってことで、ほい」


 僕は椛木乃に景品を渡す。


「な、何?」

「中見てみ」


 おそるおそる椛木乃が袋の中を見る。


「あ……花火だ」

「僕からのお願いな。一緒に花火しないか?」


 椛木乃が一瞬固まり、三度ほどまばたきをする。


「先輩……何か……」


 そこで椛木乃が言葉を止める。


「何だよそれ」

「いや……何か分かんないけど、ちょっと不思議な気持ちになっちゃって」

「そうか……椛木乃も思春期なんだなぁ……」

「うわ……なんかキモい……」

「キモがられたところで、他にどっか寄りたいところあるか?」

「あ、リンゴ飴食べたい」

「おっけ。じゃあ、行くか」

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