第20話『エロいな』

「あ、先輩」


 僕が普段利用している方向とは逆方向の電車に乗ると、先に乗っていた椛木乃とちょうど一緒になる。

 今日は海デートの日。

 海水浴場行きの電車で合流する約束をしていたのだ。


「ふう……良かったぁ……先輩、ちゃんと来てくれた」


 椛木乃は僕の顔を見るなり、ホッと安堵の表情を浮かべる。


「そんなに信用ないのか?」

「そういうことじゃなくて。先輩、ちょっとぼんやりしてるからさ。もしかしたら、合流出来ないんじゃないかって思ってさ」

「言っておくが、今のところ僕が椛木乃との約束に遅れたことはないぞ」

「それは……そうなんだけどさ」


 返事をする椛木乃は、何だかソワソワとしている。


「どうした?そんなに楽しみにしてたのか?」

「え?うん、そうだけど」

「おお、素直だな」


 そんなくだらないやり取りを繰り返しているうちに、電車が目的地にたどり着く。


 駅から出た僕と椛木乃がやってきたのは、駅から徒歩五分とかからずに着く海水浴場。

 とても大きく広い砂浜は、毎年この時期になるとたくさんの人で賑わう。

 例に洩れることなく、今年の夏もこの場所は人でごった返している。

 そんな人の群れをかき分けながら歩いていく。


「人……多いな……」

「でも、なんか夏休みって感じがして良くない?」


 そんな言葉とは裏腹に椛木乃の表情は疲れている。


「それもそうかもな」


 僕たちはやっとの思いで更衣室前に着く。

 そこで一旦椛木乃と別れると、海パンに履き替え、Tシャツを着る。

 脱いだ服を適当にロッカーに入れて、外に出る。

 椛木乃は既に着替え終わって待っていた。


「早くね?」

「まあ……服の下に着てきたから……」


 少し俯きがちに椛木乃が答える。

 椛木乃が着ている水着は、この前一緒に行ったショッピングモールで僕がオススメしたワンピース型の水着だ。


「そうなのか。僕もそうしてくれば良かったかな」


 椛木乃がどれくらい楽しみにしていたのかが良く分かる。


「んじゃ、行くか」

「ちょ、ちょっと……?先輩……?」

「どうした?」

「そのぉ……水着……どうかなぁ……って」


 椛木乃が上目遣いで僕のことを見てくる。


「……エロいな」


 率直な感想を口に出す。


「え、エロいって言うな!」


 椛木乃は自分の身体を抱きしめる。

 露出度の高めな水着だからこそ、なんとなく倍エロくなった気がしなくもないが……。


「じゃあ……まあ、可愛いと思うぞ」

「か、可愛くもないし!」


 僕がしっかり『可愛い』と言い切る前に、椛木乃が食い気味に否定してくる。

 ちょっと言葉に過敏に反応しすぎだと思う。


「いやいや……可愛くないは水着を作った人に失礼なんじゃないか?」

「う……それはそうかもだけど……」

「だろ?じゃあ、今日も椛木乃は可愛いということで、海に入るか」


 僕はくるっと海の方に向き直る。


「もう水着関係なくなってるじゃん!」



◆◇◆◇◆



 幾分か海らしい遊びをした後、昼食には海の家で焼きそばとフランクフルトを食べた。

 もちろん、しっかりと写真も撮っておいた。

 いい具合にお腹も膨れたで、椛木乃を連れて波打ち際へと移動する。


「なあ、椛木乃。甘い物食べたいか?」

「食べたい」

「よし……じゃあ、一つ勝負をしよう」

「勝負?」

「ああ。ちょっと待ってろ」


 僕は砂をある程度かき集めて山にする。

 その砂山の頂点に先程食べていたフランクフルトの棒を刺す。


「もしかして……山崩し的な?」

「おっ、よく分かったな」


 山崩し……。

 砂を盛った山を両腕で囲い、立てられている棒を倒さないように砂を取っていく遊びだ。


「倒した方、かき氷奢りな」


 チープではあるが、やりやすいうえにわりかし勝敗の付きやすい勝負事だ。


「負けないからね」

「それはこっちのセリフだ」


 三ターンほどあって……結果は椛木乃の勝利で終わった。

 椛木乃のギャンブラーすぎる大胆な行動がかなり勝敗を分けた。


「あのな椛木乃、こういうゲームはもうちょっと慎重にいって、ハラハラ感を楽しむものだぞ?」

「時には大胆になることも必要だよ」

「何かそれ……エロいな」

「バカなこと言ってないで。私、メロンシロップね」

「分かった分かった」


 ゲームの楽しみ方うんぬんかんぬんの話をしたところで、僕が負けたことに変わりはない。

 椛木乃ご要望のメロンシロップと、僕用のブルーハワイシロップのかき氷を頼む。

 手をかじかませながらかき氷を持って椛木乃の元へ戻ると……。

 椛木乃がチャラチャラとした男に声をかけられていた。


「あーあ……」


 椛木乃がナンパされ体質なことをしばしば忘れてしまう。

 まあ……もう慣れたっちゃ慣れたことだ。

 僕はなんとなく彼氏風を装って椛木乃とナンパ男に近付く。


「その……私……彼氏いるので……」


 これは……正直驚いた。

 椛木乃が、椛木乃自身の言葉でナンパを断っている。


「そういうことなんで」


 僕も一応ではあるが、援護射撃的に参戦しておく。


「ちっ」


 ナンパ男は悪態……主に僕の対する悪口的な吐き捨てながら、僕たちの元から去っていった。


「椛木乃……」

「な、何……?」

「立派に成長したな……お父さん、嬉しいよ」

「こんなお父さん嫌なんだけど」

「そんなこと言わないでくれよ」


 突然突き放されてしまっては、流石の僕でも悲しい気持ちになってしまう。

 いや……僕が悪いんだけど。


「その……もう助けてくれる先輩とはお別れになっちゃうからさ。これくらいは自分で何とか出来ないと」

「そっか」


 何だか少しだけしんみりとした空気になってしまった。

 耐えきれず、僕は椛木乃の華奢な腕にそっとかき氷の入ったカップをくっつける。


「きゃっ、冷たい!ちょっと先輩!」

「はい。僕の奢りのかき氷。味わって食べろよ」

「その言い方なんか嫌」



 日が傾き始めた頃……僕と椛木乃は電車に揺られていた。

 長期休みの夕暮れ時ではあったが、幸いにも座ることが出来た。

 椛木乃は僕の肩に全体重を乗っけて、穏やかな表情で寝息を立てている。


「はあ……」


 一つため息を漏らしてしまう。

 別に今日の海デートや、今の状況に何か不満があるワケではない。

 ただ……少しだけ寂しい気持ちが沸きあがってしまった。

 あと一か月ちょっとで椛木乃とはお別れになってしまう。

 椛木乃は自分の力でナンパを解決出来るように成長していっている。

 椛木乃は……少しずつではあるが前に進んでいる。


「ん……んん……」


 大きな揺れによって目を覚ました椛木乃と目が合ってしまった。


「どうしたの……?」

「いや……椛木乃は寝顔まで可愛いんだなぁって思って」

「そっか――……って、可愛くないから……」


 寝ぼけた状態の椛木乃がギリギリのところで僕の軽口を拾っていく。


 その後、椛木乃と適当に話しながら僕たちはそれぞれ帰路についた。

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