第13話『お家デート?してみました②』

「せんぱ~い、開けて~」


 扉の向こう側から椛木乃が声をかけてくる。


「ちょっとめんどいかも~」


 椛木乃にしっかりと声が届くように、少し大きめの声で返事をしておく。


「ねえ!先輩!そうやって意地悪すると、ご飯抜きにしちゃうよ!」

「それは……ちょっと困るかもな……」


 小さい子を𠮟りつけるお母さんみたいなことを言われてしまった。

 空腹のままで夜を越すのは、とてもではないが無理なので、おとなしく開けてあげることにする。


「めんどくさいことしないで早く開けてよ~」


 僕が扉を開くと、両手に皿を持った椛木乃が文句を言いながら入ってくる。

 皿の上にはオムライスとスプーンが乗っていた。


「じゃあ、お腹空いたし早く食べちゃおっか」

「そうだな」


 椛木乃は机の上に皿を置くと、僕の正面に座ってくる。


「オムライスか……」

「文句があるなら食べなくてもいいけど?」

「いや、文句があるってワケじゃない。ただ……椛木乃ってメイド服似合いそうだなぁ……って思ってただけだよ」

「ちょっと!変な妄想しないでよ!」

「『萌え萌えきゅーん♡』ってやってくれよ」

「やらないよ!やるワケないじゃん!いいから早く食べて!」

「分かった分かった。じゃあ、いただきます」


 僕はスプーンでオムライスを一口サイズにして食べる。


「どう……かな……?」

「椛木乃はメイドよりもお嫁さんの方が似合いそうだな」

「な、なにそれぇ……」

「要するに、美味しいってことだよ」

「はあ……良かったぁ……」


 椛木乃は安心したような表情になる。

 実際、お世辞でも何でもなくめちゃくちゃ美味しい。


 黙々と二人でオムライスを口に運ぶ。


「……ねえ、先輩。先輩って学校がお休みの日って何してるの?」


 そんな沈黙の空気に耐えきれなくなったのか、椛木乃が話しかけてくる。


「うーん……バイトしてるか、寝てるか……だな」

「何かみたいだね」

「何だよそれ」


 椛木乃の口から謎な単語が飛び出してきて、思わず吹き出しそうになる。


「じゃあ、現役限界女子高生の椛木乃は、休みの日は何してるんだ?」

「別に私は限界なんかじゃないよ」

「十分限界だと思うけどな」


 友人に無理やり合わせていたり、よく知りもしない赤の他人の目までも気にしてしまうような椛木乃が、”限界女子高生”じゃないワケないだろう。


「えーっとね……お休みの日は……美憂ちゃんたちからオススメされた動画とかドラマとかを観たり、美憂ちゃんたちとおでかけしたり、美憂ちゃんたちと電話したり……かな」

「お前、美憂さんたちお友達のこと大好きだな」


 友人関連の話しか出てきていない。


「だって友達だし……っていうか、これくらい全然普通のことだと思うけどね」

「まあ、付き合いとかあるんだろうけど、ほどほどにしとけな。人に合わせすぎて自分を壊さないようにな」

「何か……映画のセリフみたいだね」


 ……なんとなくバカにされたような気がしたので、僕は椛木乃の頬をぐにぐにする。


「うわぁ!久々にそれされたぁ!やめてぇ!」


 椛木乃が暴れて抵抗してきやがったので手を離す。


「ちなみに、おふざけとかじゃなくて真面目な話でな」

「うん……でも、大丈夫だよ。心配してくれてありがと」

「はいはい、どういたしまして。でさ、僕ばっかりが聞かれてるのが癪に障るから、僕からも椛木乃に質問させてくれ」

「いいけど……え、えっちなのはダメだからね!」


 最近、僕が何か言うとすぐに椛木乃が身構えるようになってしまった。

 ちょっとセクハラしすぎてしまったのかもしれない。


「別にえっちなことを聞くつもりはないよ。ただ、椛木乃は気になってるヤツとかいないのかなって、ちょっと気になったんだよ」


 かれこれ半年の付き合いになるが、椛木乃はを見せたことがない。

 当然、僕も聞いたことがなかった。


「いないよ」


 椛木乃は即答する。


「いないのか。つまんないな」

「逆に先輩はいないの?」

「椛木乃のことは好きだぞ。良いヤツだし」

「そういうことじゃなくて!恋愛的な話で!」

「そっちは……」


 僕は言い淀んでしまう。


「そっちは?」

「……いない」

「ふーん……つまんないの~」


 椛木乃は興味を失った様子だ。


「椛木乃も同じような感じだろ」

「それはそうなんだけどさ。先輩だったらもうちょっと変な答え方すると思ったんだけどなぁ~」

「しょうがないだろ。いないもんはいないんだから」


 いないものは……『いない』のだから。



◆◇◆◇◆



 椛木乃の大きな風呂は、とても気持ちよくて快適だった。


「先輩、おかえり。何か長風呂だったね」

「そうだな。いつもここに椛木乃がいるんだなぁ……って考えてたら、長くなっちゃった」

「うっわぁ……先輩、きんもぉ……」


 椛木乃の声色的に、これはだ。

 先程、もうセクハラをしないと決めたというのに。

 とりあえず、弁明をしておこう。


「いや、別に興奮してたワケじゃないぞ。ただ、ちょっとだけ感慨深くなってただけだよ」

「それはそれで気持ち悪い!」

「えぇ……」

「『えぇ……』じゃないよ!何で先輩の方が不服そうなの!?」


 幾分かくだらないやり取りをした後、椛木乃も風呂を済ました。

 多分、椛木乃の方が長風呂だったと思う。

 部屋に戻ってきた椛木乃と、配信サービスで見付けた面白そうなドラマを適当に再生しながら、ダラダラと過ごした。

 本来の目的であった勉強はというと……あれだけいろいろと椛木乃に言っていた僕の方のやる気が消失してしまったので、今日はもうやめることにした。

 椛木乃もそれに大賛成だった。


 しばらくして、ふと時計に目をやると、既に時刻は零時を回ろうとしていた。


「ふわぁ……」


 ちょうど、椛木乃が大きくあくびをする。


「明日も学校あるし、そろそろ寝るか」

「そうだねぇ……」


 とろんとした目の椛木乃がゆったりと返事をする。


「よいしょっと……僕はリビングのソファーで寝ればいいのか?」

「う、うん……」

「どうした?一緒に寝るか?」

「ね、寝るワケないでしょ!」

「照れるなって」

「照れてないから!バカ言ってないで早く出てって!」


 この時間帯だと近所迷惑になってしまいそうな声量で罵倒されてしまう。


「えぇ……勉強教えてあげたのになぁ……」

「それは……感謝してるけど、早く出てって」

「はい。すみません」


 そろそろダル絡みはやめにしよう。

 僕も眠たい。


「おやすみ、先輩」

「ああ、おやすみ」


 僕は真っ暗な階段をゆっくりと下って一階まで降りる。

 そのままリビングに行くと、部屋の中央辺りに置かれているオシャレで大きなソファーに寝転がる。

 ふかふかで柔らかくて、とても寝心地がいい。

 もしかしたら、僕のベッドよりも寝心地が良いかもしれない。


 僕が目を瞑ると、意識はものの数秒で夢の世界へと移っていった。

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