第12話『お家デート?してみました①』

 駅から出て、一戸建ての建ち並ぶ閑静な住宅街を歩くこと約五分ほど。


「ここだよ、先輩」


 椛木乃が指さしているのは、『豪邸』と言っても過言ではないくらいに大きな一軒家。

 一瞬、何かの冗談を言っているのかと思ったのだが、大理石の綺麗な表札にオシャレなフォントでしっかりと『KABAKINO』と刻まれていた。

 第一、椛木乃はそういう冗談を言うような性格ではない。


「椛木乃ってお金持ちだったんだな」

「私がっていうよりかは、がね」

「なんだよ、それ」


 椛木乃は細やかな装飾の施された大きな門を開き、石畳の長い道を歩いていく。

 やっとの思いで玄関まで辿り着くと、椛木乃が鍵を開く。


「上がって」

「その前に確認したいんだけど、親とか兄弟とかは大丈夫なのか?」


 僕から言い出したことではあるのだが、流石に突然押しかけてしまっては迷惑になってしまうだろう。


「別に大丈夫だよ。私は一人っ子で兄弟いないし、親はどっちも外国にいるから。忙しいんだってさ」


 椛木乃はどこか寂しそうだ。


「そっか」

「じゃあ、上がって」

「あ、あともう一つ確認したいんだけどさ」

「何?まだあるの?」


 椛木乃が面倒くさそうな顔をする。


「もう一個だけだからさ」

「いいけど」

「ヌルっと僕が泊まることになってるけど、椛木乃は大丈夫なのか?」

「大丈夫って何が?」

「一応言っておくが、僕は”男”だぞ?」


 さっきはなんとなくで流してしまったが、やっぱりその辺は気になってしまう。


「別に……大丈夫だよ」

「何をってだ?」

「さっきも言ったけど、先輩はえっちなことばっかり言ってくるけど、とかはしてこないって信じてるから」

「それはどうか分からんぞ?」

「まあ……それならそれで……いいケド……」


 椛木乃は何かぶつぶつとつぶやいていたが、よく聞き取ることができなかった。


「椛木乃が良いならいっか」


 実質の家主がウェルカムな状態であるならば、僕が何か言うことはない。


「じゃ、お邪魔します」


 これまた広い玄関には、靴は一つも置いておらず、どこか寂し気な雰囲気が漂っていた。


「上行って目の前の部屋が私の部屋だから。入って待ってて」

「はいよ」


 僕は言われた通りに階段を上がって、正面の部屋に入る。


 僕はなんとはなしに部屋を見回してみる。

 椛木乃の部屋は、シンプルながらも女の子らしさを感じることのできる、可愛らしい部屋だ。

 扉には可愛らしい女の子のイラストポスターが貼られており、棚にはアクリルスタンドが飾られていた。

 何かのアニメのキャラクターだろうか?

 ちょっと気になってしまったので、椛木乃が戻ってくる前にサクッと調べてみることにする。

 僕はスマホを出してポスターの写真を撮る。

 そして、検索アプリを開くと、先程撮った写真を検索ボックスに挿入する。

 こうすることで、画像検索として調べることが出来るのだ。

 とても便利な時代になったものだ。


「えーっと……電脳……イヴ……?」


 このキャラクターの名前は『電脳イヴ』というらしく、どうやら”バーチャルアイドル”というものをやっているらしい。

 そして、動画サイトや配信サイトで活動しており、フォロワー数はデビュー半年現在で三桁万を超えているらしい。

 デビュー半年ということは、ちょうど僕が高校二年生になる頃くらいだ。


「まだまだ僕の知らない世界があるんだなぁ……」

「お待たせ――……って、うわぁ!?びっくりした!!」


 何かよく分からない親近感を勝手に湧かせていると、コップの乗ったおぼんを持った椛木乃が部屋に入ってきた。


「ちょっと先輩!?ドアの前で何やってるの!?」

「いや……ここにいたら驚くかなぁ……って」

「驚いたけど……」


 椛木乃はコップを机に置くと、僕の対の位置に座る。


「まあいいや……。じゃあ、始めよっか……」

「おっ、意外とやる気あるんだな」

「やる気なんて微塵もないけど……やるしかないからね……」

「その心、大事にしような」


 やりたくないことでも無理やりにでもやる気を出せるのはとてもいいことだ。

 是非、大事に持っておいてほしい。


「んじゃ、始めるか」

「はあ……」


 とても大きなため息が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。



◆◇◆◇◆



「もうヤダぁ~……やぁりたくなぁいよぉ……」


 さっきの心意気はどこへやら、椛木乃は机の上に突っ伏して溶けている。


「頑張れ頑張れ。まだ三十分も経ってないぞ」

「そんなのウソだよぉぉ……もう三日くらい経ってるよぉぉ……」

「体内時計バグってるな」

「だって、嫌なことは時間の進みが遅いって言うじゃん!」

「まあ……確かにな。じゃあ一旦休憩にするか」

「やった!」


 椛木乃が歓喜の声を上げる。

 こんな意気消沈とした状態じゃ、勉強した内容もまともに頭に入ってこないだろう。

 適度に休憩をすることも大事だ。


「ねえ、先輩。先輩の親ってどんな人なの?」

「どんな人……ねぇ……。まあ、だいたい椛木乃んとこと同じ感じだよ」

「同じ感じ……?ってことは、先輩の親も外国にいるの?」

「父さんだけな。母さんは確か……日本の西側の方にいるよ」

「そうなんだ。寂しかったりしないの?」

「全然。まあ、最初はちょっと心細さとかはあったけど……今はもう慣れたよ」


 人間なんてのはそんなものだ。

 置かれた環境に適応して、その環境に納得していく。


「じゃあさ、先輩は親のことどう思ってるの?」

「特にどうとも思ってないな。強いて言うんだったら、もうちょっとだけ休みを取ってもいいんじゃないかとは思ってるな」


 父さんも母さんも、もう一年近く帰ってきていない。


「ふーん……」

「逆に椛木乃は親のことどう思ってるんだ?」

「えー……うーん……」


 椛木乃はしばらく考える素振りを見せる。


「どうもこうもないかなぁ……。強いて言うなら、もうちょっとだけお休みを取ってもいいんじゃないかなぁ~……って思ってるかな」

「そうか。一緒だな」


 椛木乃が導き出したのは、僕と一言一句同じものだった。


「じゃあ、そろそろ休憩は終わりにして勉強再開するか」

「うわぁぁ……嫌だぁぁ……やりたくなぁぁい……」


 椛木乃は再び机に突っ伏すと、力ない断末魔を上げる。


「さてと……じゃ、教科書開けー」

「うわぁぁ……先輩、先生みたいなこと言ってるよぉぉ……嫌ぁぁ……」

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